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2本の尾  作者: ジャニス・ミカ・ビートフェルト
第一部 ”みけ”
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月曜日の朝に

  6月も終盤に来ても、空は未だに蒼く晴れ上がり今年は梅雨を忘れたかに思う。

 ただ、暖かくはなってはいると言ってもまだ6時前だから十分に寒い。

 夜中の間、嫌な思いをした熱気も明け方の太陽が全て持って行ったからだ。


  今日は月曜日だ。

 16歳のあたいにとって義務とも権利ともいえる高校への一週間の通学の始まりだ。

 学校の巡回回収バス(あたい達はそう呼んでる)を待って、

 コンクリート4階建てのチンケな雇用促進住宅が立ち並ぶ団地の前の大きな樹の前で立っていた。


 あたいの通う”三谷澤実業高校”は基本が通学バスだから学校から遠いこの地区だと

 こんな6時前の時間に来ることになっている。

 そう言うわけで朝飯は食わないことが多い…まあ、あたいの他作る奴はいないからね。

 母親っていう名の色キチガイは、飯を作る訳ないからだけど。

  本当なら家出でもしたいほどクソな環境だけど、

 高校だけは何としても出してやるって高い授業料を必死で稼ぐ親父さんと、

 自分の馬鹿さ加減の落とし前の為に頑張って早起きして通学している。

 親父はいい加減で遊び人だけど、母親に比べてそこだけは尊敬できる…家には滅多に帰らんけどな。


  あたいの横には、中学時代に頭が悪いって虐められていた牧君がぼっと立っている。

 昔はあたいも尻馬に乗じて虐めていたけど、

 今の様な同じ穴の狢になれば、そんな事をしたことの後悔しかない。

 牧の奴は、頭は悪いけど…


「 よう、おはよう…朝飯食べたぁ? 菓子パンで良ければ食べる? 」


 って、今もあたいに貴重な朝飯をくれる。

 最初の登校時に、糞みたいな底辺校に通うことで精神的にひどい状態で、

 朝ご飯を作る余裕すらなかったんで、この場所でお腹の虫が鳴って困っていた時に

 牧君が遠慮がちにパンをくれたのが始まりだった。


 ひどい事したよ私はさ…バケツに水を汲んでわざと転んでひっかけたり、

 物を隠したり、同級生と一緒に卑劣ないじめをして同級生の仲間から離れない様に

 ただ自分の保身のためにやっていたんだけど…

 第一志望に落ちて、仕方なくこの学校になってから一言も口をきいてくれなくなった。

 幼馴染の智彦は変わらず付き合ってはくれるけど、寂しかった。


 そんな時、牧にご飯もらったんだ…あれだけ虐めてたのにね。


「 へえ、シナモンロールと…うぐいすパン…か悪いねいつもさ 」


 正直、変な組み合わせって思うけど、2つのパンって事は

 最初から私専用で用意してくれたって事だから、文句など言えるわけがない。

 空きっ腹には本当にありがたい。


「 遠慮するなって、いつもの事だし 」


 で、それ以上は特に牧君は言わずに笑っていつもの様にガードレールに腰かける。

 で、特に話すことも無くあたいはムシャムシャとパンを食うだけ。


 小学校の時から背はひょろ長いけど不細工で弱虫で…あたいの嫌なタイプだったけど

 今はそんな偏見は無い。

 腹をすかして困っている女の子に無償で朝飯くれる男が悪い奴の訳ないからな。


 朝日を浴びてオレンジ色に光りながら学校のバスが来る。

 後藤先生が眠そうに鼾をしているだけのバスの中に二人で入っていつもの場所に座る。

 あたいは後部の2人掛け…後から隣に座る奴の為に開けておく。

 牧は前の方の一人掛けの椅子に座ってバスが発車する。


  大して難しくも無いが、進学という将来は無い思い出作りみたいな学校へと

 バスは走り出す。


  昨日と一昨日の夜はバイト先で、いろんなことが起こった。

 泊りがけでのバイトって初めてだったし、そこの仲居頭の家に泊まるのも想定外。

 あたいに粉かけた外人さんと揉めたし、

 ”限界知らず”って飲み屋のママと知り合いになれたし、人生の教訓まで教えてくれた。

 っま、九鬼さんの一人暮らしは流石に怖かったな…

 あれを見たらさ、30前までには石にかじりついてでも結婚しなけりゃって思ったわ…

 相手が智彦なら最高だけどね。

 じゃなきゃあ、牧の様に体の奥が優しい奴がいいな…頭が悪くてもさ。

 後は、昨日、クライン社のベスさんに頭を揉んでもらった事か…

 

 ”変な気が抜けて、勉強もちゃんと出来るように頭が良くなりますから ”

 って眉にいっぱい唾つける様な出来事だったけど、

 実際、頭は軽く楽になったし変に歪んでいる背筋もピンとなった気がする。

 有名なプロの先生ってのは凄いなぁって感心したわ。


 そうそう、久しぶりに女将さんが帰って来る話も聞いたわね…

 外国に社長と一緒にラブラブ旅行ってのは羨ましいけど、

 やはり、あの旅館は女将が居なけりゃあ締まらない気がするわ。


 後は…明け方までしぶとく飲んでた九鬼さん達に驚いたことかな~

 5時半まで飲んで、3時間寝て10時には済ました顔で出勤してたし

 愛さんに言たっては休憩なしで、ご自慢の車で帰って

 3時にはしゃきっとした顔で”限界知らず”にご出勤だもん。

 ほぼ三十路っていうのに高校生並みの体力だわあの人…



  20分ぐらい過ぎて、そいつは忙しそうにバスに乗って来た。

 家族4人分の食事を作って弁当作って、洗濯もの干して…

 あたいなら音を上げる事を毎日欠かさず頑張ってやりこなしてくるあいつが。


「 ほいほ~い 」

 あたいはいつもの様に手を上げて、大きな目の痩せた女の子を呼びにかかる。


「 おはよう~ 」

 朝なのに、一仕事してきて疲れたのか気の抜けた返事でそいつが私の隣に座る。


 御山 みけ…猫の様な名前をした、猫の様に可愛らしい生き物で

 頭が完璧に悪いけど、

 牧の様に体の奥まで優しい上に、怪我をするかもしれないのに必死に私を助けに来た

 私の友達が。




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