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2本の尾  作者: ジャニス・ミカ・ビートフェルト
第一部 ”みけ”
19/100

冷や汁と薩摩白波

  食材の詰まった段ボールを抱えて店を出ようとすると、

 九鬼さんがさっと横に来て箱を持ってくれた。


「 悪いわねェ…お仕事で疲れてるのにさぁ 」

 大見得切った昼間の事もあるんで凄く低姿勢だった。


「 大丈夫ですよ…食事作るの何て慣れてますから。

  ただ、夜も遅いんで大したものは作れませんけど 」


 九鬼さんは後ろで背中越しに見ている瞳に聞こえ無い様に耳打ちした。


「 構やしないよ、適当に出し作ってうどんでも作れば… 」

 

 段ボール箱の一番上にある、うどん玉を見ながら適当に決めたみたい。


 でもな~瞳は麺類は嫌だろう…さっきここに来るときも露骨に嫌な顔したし…

 ここはちゃんとした家庭料理にしようかと思う。

  

「 う~ん、鯵が1本あるし、キュウリが三本、豚バラに、キャベツ…は使うとして

  葱もあるし、玉葱も…結構手の込んだものも作れるけど…夏だしなぁ 」


 私が唇に指をあてているのを瞳がじっと見ている。気になっているようだ。

 よく見ると、段ボールの隅の方にミョウガがあるわね…


「 えっと、ご飯を炊くにして…無洗米とかあります?九鬼さん 

  それに、いりごまと…お味噌は赤でもいいんですけど白とかありますか? 」


「 ええ、そのぐらいならあると思ったけど…無洗米は一人暮らしには必須だし… 」


「 じゃあ、冷や汁にしようかな…さっと作れて美味しいし。

  それに卵があるから卵焼きも…卵焼き器が無くてもフライパンで何とかなるし

  豚バラが湯搔いて氷で締めて…ポン酢か醤油をちょっとかまって…キャベツを晒して

  冷しゃぶにキャベツのサラダ…ぐらい?

  ご飯を仕掛けて炊飯器で炊きあがりの間に全部できるし簡単だから… 」


 瞳が首をかしげている。料理したことないと分かんないんだよね。


「 冷や汁…なんでできるのよ。宮崎の郷土料理でしょ? 」

 

 ああ、ここにも料理下手の人がいるんだった。


「 別に定義なんてないですよ九鬼さん。赤だしを冷ましてだけでもいいんですから。

  ただ、ミョウガや紫蘇もいただいたし

  キュウリ、アジ時は半身にして焼いて裂いて…結構ちゃんとしたものにはなりますけど。


  あっさりして夏にはぴったりだし…ちょっと甘めの卵焼きに

  豚バラの冷しゃぶサラダなんておかずも作ります。

  定番だし作るのも簡単だからいいんじゃないですか? 」


「 簡単って…私には結構難しいって感じなんだけど… 」


 私は、首をかしげている九鬼さんにちょっとお願いをした。


「 先にこれをもって帰ってください…私後からちゃんと行きますから。

  無洗米があるのなら直ぐに仕掛けて炊飯してくださいね。

  冷や汁だし、多分…九鬼さんも気に入るようなもの他で用意できるはずですから 」


「 そう?他にって…もう、旅館のお店はお終いだし外にもお店なんかないし 」


 私は、笑いながら大丈夫というと九鬼さんたちは先に家に帰って行った。


 九鬼さんの姿が見えなくなると、お店の玉城さんが私の傍に歩いて来た。


「 そうか…冷や汁に合うっていえばあれだよなぁ…

  俺も帰りが車じゃなきゃあ、一緒にお呼ばれしたいぐらいだよ。

  しかし、愛ちゃん呼んだら眠れなくなるような… 」


 

 私もそうは思ったけど、明日は遅番でお昼からだし大丈夫じゃないの?




  九鬼さんの家は…一人で住んでるにしては大きな一軒家だった。

 この旅館に高校出てから住み込んで働いて、

 すっかり家族の一員の様に思っている女将さん夫婦の贈り物って聞いている。

 

 「 さあ、上がって…家の中は少し散らってるけど 」


  家に上がったけど、塵一つなく掃除は行き届いているように見えた。

 九鬼さんの後をついて居間に入ったが、

 あまりこれと言った家具も無く、必要にして十分程度しかなかった。

 だが、ソファーの上に寝そべっている縫いぐるみの数はちょっと多いような気がした。

 テレビは…無く、ソファーの前にある机にラップトップが無造作に置かれている…


 「 ゴメンね、テレビは無いのよ…見てると気持ち悪くなるから。

  ネットは出来るから暇だったら使ってもいいわよ 」


 あたいもテレビはあまり好きじゃない。

 一方的な情報でおせっかいにしか感じないし、

 興味もないお笑い芸人のどうでもいいような娯楽番組は虫唾が走るほど嫌いだしね。

 


 「 九鬼さんてず~と一人だったんですか? 」

 殺風景な部屋を見ながら、迂闊にそんな言葉を吐いて後悔した。


 「 ずっとじゃないわよ…恋人もいたことあるしね。 」

 九鬼さんが少し寂しそうな口調でそうはいったけど、事実の持つ重みを含んだ口調だった。

 だけど、それ以上は聞けない…何か怖い。


 台所からザラザラと米を入れる音と、水を注ぐ音が聞こえる…

 洗う様子も無くパチンと何かが閉まる音が聞こえた。

 恐らくは”みけ”が頼んだ無洗米を仕掛けた所だろう…

 しかし、こんな音が居間まで響いてくるとは静かすぎる。

 テレビも無し、ラジオも無し、外は山の中で旅館は防音だから喧騒は無いからなぁ。

 かすかに蛙の声が遠くからするだけ…

 

 「 シャワーでも浴びて来たら?私は後でいいからさぁ 」

 九鬼さんは居間に入ると、あたいの前のソファーに座ると静かにそう言った。

 嫌だ…何か怖い。

 昼間もさっきも、賑やかだった九鬼さんが急にしぼんだ感じに見えて怖い。

 

 私はお言葉に甘えて…と言うかいたたまれなくなって教えられたお風呂場に入る。

 湯船にお湯がいっぱいに張ってあって手を付けると丁度いい温度だった。

  お風呂場はユニットバスでもやや大き目で、脚が伸ばせそうだった。

 棚には少し可愛めのデザインのシャンプーと剃刀などがはいたコップ

 ありふれて入るけれど…シャンプーなんかが少し小さいのは一人暮らしの為だろう。

 うちなんかだと、綺麗に掃除はしていても小さなクスミやカビなんかがあるもんだけど

 ここには一切ない…

 多分、本館か別館で普通は入るのだろうから、あまり使わないのだろうけど

 執念をもって定期的に掃除しないとこんな風に維持できる訳が無い。

 一人で脱衣場で見た掃除道具でひたすら磨き上げているイメージが浮かんで

 更に怖い…あたいはそれでもしっかりと体を洗って…

 なんかいろいろ起きた一日の疲れを取ろうと折角の湯船に体を沈めていると

 外から大きな声が聞こえて来た。



「 よう!姉御~おひさぁ! 」


「 何よ愛、こんな時間に…ってみけちゃんが連れて来たの? 」


「 ええ、まあ…冷や汁作るしお酒がいるかなって思って…

  ”限界知らず”も営業が終わっていたんでお酒を貰おうかなって。

  

  それに、私たちは未成年だからお酒飲める相棒もいるかなぁ?って思ったんですけど…

  いけませんでした? 」


 どうやら…”限界知らず”のママを呼んできたようだった。


「 冷や汁にはさ、これがいいんですよ”薩摩白波”勿論、お湯割りす 」


「 お湯割りって…6月なのに? 」


「 いいですよ!焼酎はお湯割りが正式で美味いですから。

  故郷の島は九州じゃないけど南の方の島で暑かったですけど、夏でもお湯割りでした 」


「 へえ、そうなの? 」


 私は、旅館でも一番明るそうな愛さんが来て、九鬼さんの喜々とした声を聴いて、  

 少し胸を撫で下ろした。


 ”みけ”は明るいけど、

 ここでの九鬼さんのこの低いテンションには荷が重いから不安だったからだ。



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