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2本の尾  作者: ジャニス・ミカ・ビートフェルト
第一部 ”みけ”
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別館の牢名主

  本館のロビーの光は、既に通常の営業時間を過ぎて少し暗くなっていた。

 こう言っては何だけど、あたいは暗いのは怖い…そんなちょっと不安な中でそれは起きた。

 

 「 いやあ、瞳ちゃん…久しぶりじゃんか 」


 背中側から急に声を掛けられた…

 少し鼻を赤くして私に話しかけて来る外人…ジンギ何とかって言ってたけ

 良く知ってる人だけど、

 名前は故意に覚えない事にしているから最初の三文字しか覚えない。


 「 久しぶりじゃあありません。毎週顔合わせてるじゃないですか 」


 「 そう?でもさ、ちょろっと会釈するだけで話なんかしないじゃん? 」

 お酒に少し酔っているのは分かる…まあ、いつもの事だけど。

 しかし、酒に酔っても日本語は流暢だねェ…母国語なんか少しも交じってない。

 

 「 会釈で十分です。 」

 いけ好かないけど、一応はお客さんだから…我慢して丁寧な言葉で返事する。


 「 ええ、つれないなぁ…僕と君の間じゃないかぁ 」

 

 「 そんなのありません! 犯罪ですよ何かあったらこの国では… 」


 イラっとした…いいお年の大人があたいみたいな高校生なんかからかうんじゃあないよ。

 あんた、30は過ぎてるし…お父さんにしか見えないんですけど。


 「 はは、きびっしいなぁ… 」

 男はそう言いながらふらふらと私に近づいて肩に手をやろうとしたので

 親指を曲げたまま、こいつの親指と人差し指の間のツボに叩きつける。


 「 オウ、痛~ 。いいじゃんか肩を抱くぐらいさ~減るもんじゃ無し 

  スキンシップ大事よ!瞳ちゃん 」

 手を押さえながらもヘラヘラ笑ってる…馬鹿かこいつ。 

 


 「 うっさいな~ だから酒飲みは嫌いなんだよ。

  ちったあ、年相応に落ち着いたらどうなんだよ馬鹿!

  いつまでもいつまでもうちの旅館に泊まりくさりやがってさ~  」


 あたいは、本館でタイムカードを通した後でうざい奴に捕まった。

 多分、クライン社さんの2次会があるんで

 入りびたりの”限界知らず”から丁寧に追い出されたんだろう…しつこいわ。


  仕事だけど、さっきタイムカード通したから今はただの高校生の瞳だ。

 こんな馬鹿に付き合ってられるか! 

 気に入ってっるバイトだけど、我慢できないわ。

  あたいは、小学校から習ってる日本国拳法の猫足立ちで、前翅の構えを取る。

 古武術で伝承者も少ないマイナーな格闘技だけど、実戦にはすごく使える。

 あたいは、これで中学時代には何人もごつい男どもをのしてきたぐらいだった。

 両貫手の状態で、手のひらを上にして構え肘を緩く曲げたこの構えは、

 頸動脈や喉笛、更には眼球を抉りぬく構えで師範代からは実戦使用は禁止されてるけど、

 16歳の子供相手に言い寄って来るなら気持ち悪いから仕方ない。

 あたいはまだ、キスの経験も無いのでオヤジに迫られるのは我慢できない。

 

「 あ…ゴメン。ちょっとやり過ぎたわ…騒ぎ起こしたら瞳ちゃん困るだろうし… 」


 男はあたいの構えを見て鼻を押さえて頭を下げた。

 そりゃあそうだろう…2か月前にあたいの膝蹴りで折ったからさぁ。


「 まったく、なんで私にちょっかいなんか出すんです? 」

 ちょっと酒が抜けたのかヘラヘラしながら両の手を合わせている男を見て、

 この間みたいな騒ぎになっても困るんであたいは構えを解いた。


「 この旅館には美人多いじゃないですか…あたいみたいな子供相手にしなくても

  ほら、九鬼さんは…年上ですけど凄い美人だし

  歳も近い新藤さんとか浅間さんとか…色々いるじゃないですか… 」


 他にも…群を抜く美人もいる。

 人妻だけど、ここの女将さんとか…あたいなんか足元にも及ばない美人さんだ。


 ジンギなんとかさんは、その言葉を聞いて寂しそうな顔をした。


「 いやだなあ…分かってるくせにさぁ。俺がここにいる訳。

  2か月も別館に泊まってるんだからさぁ… 」


 背中に冷たいものが走った。

 分かってる、分かってるけど…勘弁してよ。

 うちの安くない別館に泊まり続けて早2か月…週ごとの清算も18万はする。

 長湯治で来るようなお年寄りでもないし、ましてや病気があるわけども無い。

 ”牢名主”って言われながらもここに泊まっているのは…間違いなくあたいが目的だ。

 それは分かる…でもさ、

 いくらハンサムで格好良くて女扱いも上手いだろうって分かってるけど

 あたいには好きな奴がいるし、そいつ以外にあたいの体に指一本だって触れさせたくないもん。

 

「 た、助けて…みけ… 」


 多分、殴り合ったら半殺しにでもすることは可能だと思うけど

 奇妙な気持ちにさせる真っすぐな眼差しにどうしていいか分からない私は…

 何故かその名前を口に出した。


「 みけ? 」


 ジンギなんとかさんの顔が少し傾いたところで

 ”シャー”って声を上げながら空中回転しながら人影が男の肩めがけて覆いかぶさって来る。


 ドカンと大きな音がしたかと思うとニエエエと悲鳴を上げて床に男が転がって

 その背中に丸まった格好でみけが座っていた。

 ハニャアアアアって猫の様な雄たけびを上げながら

 固く握った拳で、猫のパンチの様に背中に振り下ろしていく。


「 ああ、みけ…そんな事したらぁ 」


 自分の事より、学費の為に頑張って働いている”みけ”の事を考えて必死に止めようとした。

 だけど、

 私の肩を誰かが抑えたので思わず振り返った。


「 いいのよ、瞳ちゃん…このぐらいいい薬だわ 」


 振り返ってみた顔は、一瞬誰かと思う程若く見える九鬼さんだった。


「 でも、みけちゃんって、あんなに感情的になるんだ…いつもボケっとしてるのに 」


 九鬼さんの言葉に頷きながらも、

 ただの知り合いって思っていた自分が恥ずかしくなった。

 女の子のくせに、私を助けようと飛び込んでくれるんだもの…


  みけの猫パンチが雨あられと体中に受けたジンギなんとかさんは

 その後、私たちに土下座して謝った。


 ただ、別にこの”別館の牢名主”が私に何かしたわけでないことをその時に気が付いた。

 単に私をからかって…いただけじゃないんだろうか?


 そう思ったら、みけや九鬼さんに頭を下げて無かったことにして貰うしかなかった。


 でも、感謝の言葉を述べながら抱き付こうとする牢名主には

 出会った時の様に、頭を抱え込んで膝蹴りを叩き込んだけど…

 


 

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