若返り?そんなのある訳ないじゃん
掃除機の音が響いて来て、は!と気がついて近くの時計を見る。
はああ?もう九時半だ…いやだ、40分は軽く寝てるじゃん。
私ってば勤務中に…あれ?お尻の方が冷たい…
うええ、疲れて寝落ちしたんで全身が汗でずぶ濡れ…みたい。
「 ほう…気が付いたかい”みけ”ちゃん 」
おっかなびっくりで濡れた髪をバタバタさせながら休憩室を出ると、
宴会場は閑散として、桐木さんと数名の人が掃除機をかけたり雑巾がけをしたりしていた。
尋ねると宴会はきっちり2時間で終わり、クライン社の皆さんは別館の露天風呂に行ったか
本館のパブ”限界知らず”で二次会で盛り上がっている様だった。
桐木さんは左手首を返して時計を見る。
「 ああ、もう9時45分か…”みけ”ちゃんはもう上がりなよ。
未成年は夜十時までしか働けないしさ… 」
「 あ…でも私、結構寝ちゃったし、それにまだ15分は働けますし…
ああそうだ、休憩した分のバイト代は要りませんから 」
申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
私が寝落ちしている間、そっと寝かせておいてくれて桐木さん達だけ働いて…
「 は?何言ってんの。一生懸命やったじゃないの…いいよそのぐらいさ。
しかし真面目だねェ…うちの”小遣いちょうだい”娘に聞かせてやりたいよ。
それに、タイムカードのリーダーまで歩きゃあ、
ちゃんと10時くらいになるから遠慮しなさんなって。
ということで”みけ”ちゃんはご苦労様だね 」
「 あ…どうもありがとうございます 」
「 そうそう…今日は仲居頭の家に泊まるって?
つい5分ほど前に九鬼さんから内線入ってさ、ここのマッサージ室にいるから
寄って来るようにってさ…
寝てるよって言ったら、2時間はそこにいるらしいからって 」
「 ああ、ベスさんの… 」
専務さんから貰た、ベスさんの特別マッサージの事を思い出した。
「 いいよね~あれ…私も前にクライン社の人にやってみてもらったけど。
終わって家に帰ったら、娘が”誰ですか?”って聞いて来るほど効くのよね~
真剣に”若返り”するから 」
へええ、若返り?そんなのある訳ないじゃん…ん?あれ?ちょっと…
桐木さんさっき、娘がどうとか言って無かった?
「 え~、桐木さんて娘さんがいらっしゃったんですか? 何歳ですか? 」
桐木さんの見た目だと…早く結婚してれば中学生ぐらいの…
「 それがさ~来年に卒業なのよ大学…物入りで大変だわ 」
「 って、失礼ですけど…桐木さんておいくつなんです? 」
桐木さんは、何か待ってましたって顔をして私の方を見てニヤッと笑った。
「 今年で…48歳だわよ。女将さんと同じ年になるかしらねぇ 」
「 嘘…40前ぐらいにしか見えないんですけど… 」
お世辞ではなく、本当に嘘としか思えないので確認したくなって声が大きくなる。
「 ありがとうね…嬉しいわ。しかし、嘘は無いでしょ? 」
そう言って豪快に疲れた私の体を上機嫌で叩いた。
まあでも、48で23ぐらいにしか見えずに若女将の妹さん?って間違えられる
化け物みたいに若い女将さんもいるしねェ…
タイムカードを読み取らせて、マッサージ室に入ると
照明はついていて明るいが、九鬼さんが寝ているベッド以外誰もいなかった。
九鬼さんの頭の方にベスさんが立ってゆっくりと顔を揉んでいた。
「 あら、終わったの?っていうか目が醒めたみたいね 」
ベスさんが私に気が付くと、そう微笑んでくれた。
「 ええ、でも2次会とか行かなくてもいいんですか? 」
「 ああその事ね…いいのよ。トップが一緒じゃあ気を使うでしょうしね。
ブラウンが一緒だから、何かあっても対応できるから。
それに、礼二との約束もあるし… 」
気持ちよさそうに目を閉じていた九鬼さんが目を開けた。
「 礼二との約束? 」
「 あら?起きたの…大した約束じゃないのよ…
いつも実験台の様にうちの新人さん達の研修がてらマッサージしてるじゃない?
たまには、私がやって欲しいって前々から頼まれてて約束していただけ。
あなたは、ここでは古株だし家族の様に信頼しているからって理由… 」
「 嘘… 」
おお、九鬼さんが泣きそうだ…
「 そう言うのはさ、私じゃなく礼二にしっかりお礼言ってよね…
それと、もう口を閉じて目を閉じて体の力を抜いてちょうだい…始めるから。
今日は私のやる事だし力入れて頑張るから…ヒルダ…じゃないわ女将に近いぐらい
まで出来る様にね 」
九鬼さんが何か体を震わせているように見える。
「 だから~動かないで。
まずは頭の中心…髪の渦の中心に…釣り上げられるイメージをもって… 」
その言葉の直ぐ後に、ベスさんの指が頭のてっぺんに…
ゴキュ、ゴキュ、バキバキ、メキメキ…グチャリ…
信じられないほどの大きな音が周りに広がり、
九鬼さんの頭が真面目に変形していくような風に見えた。
恐ろしい光景であったが、
九鬼さんの静かな寝顔がゆっくりと変わっていくのが更に恐ろしい感じがした。




