宴会
予定通り7時になって、本館の宴会場”春雪”の間では宴会が始まった。
宴会での私の仕事は
厨房から登って来る料理を台車ごと引き出して宴会場の前まで持ってくる係だった。
頭は使わないし、気が楽だけど80人分の料理だから結構重い。
それにドジしてひっくり返したら…何もかもお終いだから緊張する。
こんなの男のバイトにやらせりゃあいいじゃん!って思うけど、
さっき厨房で魂が抜けた顔で、怒鳴られながら走り回っていた智彦君や
もっと凄い力仕事している男のバイトさん達見たら…言えないよね。
時給930円!今日は5000円の特別ボーナス付きだもん…
皆、必死。
瞳なんか宴会場で、大人のおじさん達相手に配膳してるもの…
要領が悪い私には出来ない仕事だし、それに比べればこの仕事は大したことないしね。
私はニキキって細い腕に力込めて台車を引っ張り出す。
「 ああ、良かった…これもついでに 」
配膳室からやっとの思いで出したと思ったら、仲居の桐木さんが追加のビールを乗せて来る。
「 温くならないうちにお願いね~ 」
と言ったかと思うと、直ぐに踵を返して冷蔵室に走って行った。
しかし…1ケースも簡単に置いてくれるわ…
私はお尻をプルプルさせながら宴会場まで押して歩く…
その後も
お吸い物、刺身、煮物、焼き物はお肉とお魚、揚げ物、蒸し物…んで酢の物なんかを運ぶ。
会席のお料理は種類も多いし、板長の決めた順番で
熱いものは熱いうちに、冷たいものは冷たいうちにが決まりだから、
私は何度も台車を押しては運ぶ。
ついでだからって追加のお酒もビールも運ぶ…
途中でバランスを崩すたびに「 あわわ… 」と声を出す。
仕事が増えると困る仲居さん達に睨まれて必死に体勢を立て直すので、
体中に力を入れないといけないときが多い…
最後に御櫃に御味噌汁の寸胴、お椀に追加の湯呑やグラスを運んで、
力尽きて宴会場の前の廊下で壁にもたれていたら、
九鬼さんが別館の方の部屋だしを一段落させて走って来る。
「 何やってんのよ! 中に入って手伝いお願い。
今は、お客さんの相手をコンパニオンさんが上手く回してるからさ
使える仲居さん達と交代して! 」
そう言うと、へべれけの私の腕をとって宴会場に入っていくと、
ベテランの仲居さん2.3人連れて出て行こうとする。
「 あれ?瞳はどうしたんですかぁ? 」
宴会場で配膳係している筈の瞳の姿が見えない。
「 ああ、瞳ちゃんね…あの子使えるから、さっき携帯で別館の方に応援で行ってもらってるの
大丈夫、今日は酒癖悪そうなお客さんいないから… 」
今年の始めの時に、
酔っ払ったお客さんにお尻触られて、切れて膝蹴りした瞳は要注意なんだけど
普段は客あしらいが上手いし頭もいいから
九鬼さんは何かと瞳を使いたがる…
力仕事や簡単な仕事が多い私だけど、瞳に嫉妬なんかはしない。
だって、人使いがきつい九鬼さんの下で
臨機応変に対応する接客なんて私にはまだ無理だもん…体が疲れたほうがマシ。
「 みけちゃん、みけちゃん…そこで座ってな。
今日は追加も多いし、台車運びも疲れたろ? 後はうちらが上手くやるからさ 」
よくお菓子くれるコンパニオンのお姉さんに小声で言われ、
「 大丈夫、片づけが始まるまで寝ててもいいよ。カラオケは…我慢してだけど 」
フラフラの私を見て苦笑いして桐木さんが言ってくれた。
「 あ、はい。ありがとうございます んじゃあ… 」
私は、カラオケの舞台の直ぐ近くの3畳ほどの控えの間に入っていく。
中には休憩用の座布団の付いたパイプ椅子が3脚…
倒れるように座り込むと、あっという間に眠気に襲われた…
直ぐ近くで下手くそな演歌を歌う声が聞こえて来るが…疲れて子守歌にしか聞こえなくなった。
「 しかし、みけちゃんて頑張るよねぇ…ちょっと抜けてるけどさ… 」
桐木が隣で宴会場を見つめている他の仲居に話しかける。
「 まあね、サボらないし一生懸命だもの。
覚えは悪いけど、絶対端折って何かするって事ないから信用できるし
まあ、でも16の子供だね あの顔は…本当、可愛いわ 」
カラオケを歌いにベスが舞台に上がって横を見ると、
ドアが閉まっていない部屋の中に
椅子の背もたれに液体の様に体を寝かせて眠りこける”みけ”がいた。
”まあまあ、涎垂らして…疲れ切ったのかしら一生懸命にやっているものねぇ。
斜に構えて落ち込んで世の中に絶望していたあの子がねえ…
ジャニスのやったことは褒められたものじゃないけど、
間違ってはいなかったみたいね… それに、あの猫ちゃんも… ”
ベスはそう思いながら、あまりに平和そうな顔で大口を開けている”みけ”に
思わず微笑んだ。
で、ベスはお気に入りの演歌をいい気分で歌えることが出来た。




