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7 「俺自身が殿下は命をかけてお守りするに値するお方だと信じてる」






 デビュタントと婚約式を終え、第七師団は帝都から新領地への移動を順次開始していた。 アレクシスの父親も、まだ社交シーズンは残っているものの、妻のビアンカを帝都において、領地に戻るという。

 

 「領地に戻るのは少し早いのではないのですか?」

 「新しい農作物が気になってな。社交はビアンカに任せている」


 夫婦として役割分担だとフリードは呟いた。


 「お前のところは害獣だけでなく魔獣も出るからな。農作物の育成も大変なんじゃないか?」

 「北部はそれまでも魔獣の被害にあっていたので、対策はたてて、農作業を行っていたようです」

 「先人の知恵か」

 「俺もできるだけのことはするつもりです」


 アレクシスの言葉にフリードは頷く。


 「しかし……アレクシスは素晴らしい姫を頂いたな」

 「は?」

 「先日の夜会で、領地のことをよく質問していただいた」

 「ああ……殿下は、知的好奇心が旺盛な方だから……第七師団にも妻帯して子供を帝都の学校に通わせている者の話を聞いて……」




 ――学校、作りましょう。大きいの、その街だけが全部学校なの。第七師団の方のお子様だけではなく、領民の子も通えるように。北の領地だって子供はいろんなことを学びたいって思ってるはず。いままで領民の子が勉強したいなら帝都の学校に通う子もいたはずです。こっちでも作れば家族と距離も遠くなくて済むでしょ? 大人の研究者も文字も覚えたい子供も、他国の人も、その街ではいろんな人がいろんなことを学べるの! ね? なんにもないところに、なんでも作れるってすごいと思いませんか? 黒騎士様。




 菫色の瞳をキラキラさせて、アレクシスにそう語ったヴィクトリア。


 「俺はその発想がすぐさま出てくるところがすごいと……」

 

 フリードとビアンカは顔を見合わせる。

 

 「……まあ普通の16、17歳の貴族の令嬢の発想ではないな……魔力を持つ皇族の者としての教育か……もともとの資質か……」

 「陛下のご意向は、帝位継承権争いに、ヴィクトリア殿下を担ぎ出されないよう、俺を護衛につけて北部へ置くと最初は思っていたんですが。今は帝国の国力を上げるために、殿下を北へ配したように思いますね」

 「まあどちらも陛下はお考えの上での、今回の降嫁だったのだろう」

 「ええ」

 「でも、それではアレクシス様のご結婚は……形だけのものということですか?」

 

 家令の呟きにアレクシスと両親は視線を合わせる。

 それまで両親と自分の間で交わさなかった会話を家令が切り込んできた。

 アレクシス自身は、そのつもりだった。

 褒賞を蹴ろうと思ったこともあるのだから。

 両親はアレクシス自身の問題であるから、そこは敢えて口にしないできたのだが……


 「多分……まあそういうことになるな」

 「そんな……フォルクヴァルツ家の跡継ぎは」

 「俺の代で終わりと思っていい。そんなに気落ちするなヨハン、皇女殿下の外見は幼く見えるから、俺の両親から見たら孫と思っていいだろう」


 淡々と話すアレクシスに、遠回しながらビアンカが言う。


 「それはちょっと……私、まだ若いつもりなのよ? いますぐは無理でも先々はわかりませんよ?」

 「年の離れた娘ならわかるが、孫は言い過ぎだぞ、アレクシス」

 

 両親には僅かながらの期待があったのかと察しはしたが、そう言われてもこの結婚はそういう意味合いはないのだとアレクシスは肩をすくめた。


 


 「この日程で順次、新領地の軍官舎に移動を開始してくれ。3日後、俺も出発する。個人的なことですまないが、父親が領土に戻ると言っているので道中は同行することになる。この日に移動する隊は了承してくれ」

 「わかりました」

 「了解です」


 会議室を出ていく幕僚たちと入れ違いに、伝令の者が一礼して入室してくる。


 「閣下をお訪ねに、ハルトマン伯爵がお見えです」


 アレクシスは眉間に皺を寄せる。


 「カールが?」


 傍にいたルーカスがその様子を見て先日の夜会のことを思い出した。

 先日の夜会、ルーカスは会場警備を担当しており、一部始終を把握している。


 「なんだろうな……」

 「……」

 「ハルトマン伯爵お一人か?」

 「はい」

 「わかった、すぐ行く、ルーカス。昼食はしばらく待っててくれ」

 

 ルーカスは了解の意味をこめて、親指と人差し指で輪をつくり、視線は書類にむけたまま、アレクシスを送り出した。

 軍官舎の簡素な応接室にいたのは、アレクシスの幼馴染であるカール・フォン・ハルトマンだった。


 「いきなりで悪かった。アレクシスが、すぐにでも拝領された新領地へいくという噂を聞いて……行く前に一言詫びが言いたくてね。先日は妻が失礼した」

 「まあ、俺は何を言われてもかまわないが……詫びは俺ではなく、ヴィクトリア殿下に言うべきでは?」

 

 先日の夜会での彼の妻、イザベラの言動は、幼い貴族の令嬢を侮るような態度だった。

 しかし、その相手は幼いデビュタントしたばかりの普通の貴族の令嬢とはわけが違う。 帝位継承権がある皇族の第六皇女殿下だ。


 「いや、お前がイザベラに懸想してるなんて噂も広がっているから、社交界になんて前回の夜会まで碌に顔を出さなかったお前が耳にしてたらと思って、それも含めて」

 「まさかそれ、本当にイザベラ殿本人が?」


 困惑と申し訳なさそうな表情を混ぜたハルトマン伯爵の表情に、アレクシスは訝しむように彼を見つめる。


 「それに、カールがなぜ謝罪に来る。イザベラ殿がヴィクトリア殿下に謝罪するならわかるがな」

 「……イザベラは、謝罪などしないだろう。彼女はわかってないんだ。自分が誰に何を言ったのか」

 「は?」

 

 彼女は何か心の病でも患っているのかと、アレクシスは一瞬思う。


 「ああいう夜会では、自分が誰よりも一番と思ってるんだろう。グローリア殿下が南国にお輿入れされてからその傾向は高まった」

 「どういうことだ?」

 

 カールが言うには、数多の信奉者が列をなし、自分を持ち上げてくれる状態で、自分が社交界で一番の女性であるとイザベラは思っているらしい。

 グローリア殿下がいた時は、社交界、夜会において紳士だろうと淑女だろうと、その注目の的はグローリア殿下が一番だったが、その殿下が南国に行かれて、この国で一番夜会で注目されるのは自分だと。

 公爵の奥方や侯爵家の娘だろうと、社交界の注目度は自分が一番であると。

 イザベラと親しくしていた同性の友人たちは、そんなイザベラの態度を諫めたが聞き入れず「羨ましいから妬んでるのね」などと言われれば離れていくのは自然の成り行きだったといえる。

 男性からは相変わらず人気はあるが、最近女性からは誰もイザベラに近づかない状態だということらしかった。

 そして現在、彼女の周りは彼女をもてはやす男性しかいない。


 「夫であるお前が注意しなくてどうするんだ」

 

 陛下の勅命で結婚は決まっているものの、アレクシスは現在独身だ。

 それでなくても夫婦や恋人同士の相談などは苦手としている。

 だが、さすがにこの言葉が出た。


 「アレクシスは、もし、自分の妻が……ヴィクトリア殿下が間違った道へ行こうとしたら諫められるのか?」

 「当たり前だ」


 迷いなくきっぱりと即答した。


 「相手は自分よりも地位のある立場の方でも?」

 「当たり前だろう。俺は一生独身で妻帯する立場に立つことはないと思っていたがな。殿下が間違った道を選択するとは思えないが、もしそうなったら、俺は一命をかけて止める。それが結果的に殿下をお守りすることになる」

 「聞き入れず、逃げ出されたら……そう考えないのか?」


 「殿下は逃げ出すことなどされない。そういう方だ。例にあげられても比較ができないだろう」


 あの殿下は、諫められても逃げ出すことはないだろう。

 反省するか、もし自分の中でその提案を納得しなかったら、その場に踏みとどまって戦う人だ。

 自分に甘く優しい場所に逃げを求めたりはしない。

 幼くあどけない無邪気で可憐なその容姿の中には、リーデルシュタイン皇帝の血が流れている。


 「……すごいな……」 

 「何が?」

 「アレクシスは殿下を信じているのか」


 「当たり前だ。俺自身が殿下は命をかけてお守りするに値するお方だと信じている」


 「殿下がお前以外の男の手をとろうとしても?」


 この結婚は白い結婚だ。

 殿下はまだ若い。

 恋も知らない。

 その殿下が恋を知ったら?

 アレクシスは息をのむ。


 「……」

 「僕はそれが怖いんだよ……イザベラは人を惹きつける、でも彼女は数多の求婚者の中から何か秀でてるわけでもない僕を選んでくれた……」

 「それは、やはり求婚者の中でお前を一番いいと思ってくれたからだろ」

 

 アレクシスの言葉にカールは自嘲する。


 「一番いいか……彼女を束縛しない、自由に振舞ってもとがめない……早くに爵位を継いで親兄弟もいない、口うるさく彼女を窘める親族がない……彼女にとって一番条件のいい相手と思ったからなんだろうな」

 「カール?」

 「結婚して僕の妻になったのに……彼女に群がる男は結婚した後も絶たない……でも、イザベラはまだ僕の傍にいてくれる。どうしてだと思う?」

 「……」

 「彼女を束縛しないからだ。そうすることで、彼女はまだ僕の傍にいてくれる」

 「……お前、それでいいと思ってるのか? 違うんじゃないのか? そして彼女がやった非礼をお前が詫びにくることも、彼女にとっていい条件に含まれているってことか?」


 そんな女とは離縁しろと、咽喉まででかかる。

 貴族の結婚は政略ありきだ。

 だが、カールとイザベラはそういった政略的な背景は薄い。

 離縁しても、あの女性は別の条件に合う男をすぐさま囲いこむだろう。

 幼馴染で、優しく思いやりのある大人しめなこの男には、ずいぶんと難しい女性を妻にしたものだとアレクシスは思う。


 「彼女に逢った瞬間、心を全部持っていかれた。どうしても彼女を自分の傍に置きたかったんだ」


 「だからって、お前を殺していいわけがあるか!」


 「アレクシス……」

 

 彼が結婚した時、幸せそうだった。

 その時から比べ、今の彼にその幸せそうな片鱗は見えない。


 「ありがとう……僕にそういうのは君ぐらいだ。忙しいところ、悪かったね。殿下にも申し訳なかったと伝えておいてほしい」 

 「カール……」

 「北は寒いからな、身体には気を付けて……て、君なら大丈夫だね」

 「おい、カール、悪いことは言わない。彼女以外にも、必ずお前の幸せがある」


 自分が白い結婚を課せられたとしても、決してそれが嫌ではないのだから。


 「別れた方がいい」


 アレクシスの呟きに、カール・フォン・ハルトマンは、曖昧にほほ笑んで応接室から出て行った。




 それからしばらくして、ルーカスがドアを開けて応接室を覗くと、アレクシスは憮然とした表情で、ソファに座っている状態だった。


 「おい、アレクシス、俺メシにいくぞ……」

 「カールの奴はバカだっ!!」

 「うをっ、びびったあぁ、んだよ、いきなり!」 


 ルーカスはその声量に驚いて、一歩後ずさる。


 「ハルトマン伯爵、なんだって?」

 「先日の夜会での夫人の非礼を詫びにきていた。俺から殿下にもその旨伝えてほしいと。まったく、あいつがなんで頭を下げて回るんだ!」


 ――顔は厳ついが、こういう同性に対して同情的というか思いやりというか、そういうところがあるから、アレクシスは野郎には人気あんだよな~。


 「うーん……だって、ハルトマン伯爵は奥さんに惚れてんだろ」

 「わかるが、それとこれとは別だろ! いくら惚れてるからって、なんでも言う通りで非礼の詫びとかをなんでカールがやるんだっ」

 「貴族の結婚だから、ほいほい離縁できんだろ」

 「だからって……バカだろ……」

 「例え毒だとわかってても、常用する者がいるのと一緒じゃね? ハルトマン伯爵の結婚の背景は知らんが、お前ほど政略ガチガチってわけじゃねーんだろ。切ろうと思えばできるが、それをしないってことは、それは彼が望んだことなんだ」

 「だが……」


 ルーカス自身は、目の前にいるこの男が、一歩間違えばハルトマン伯爵と同じ道をたどるかもしれないという不安があった。

 なにしろ、まともに恋愛なんかしたことがなさそうな男だ。

 そんな男が、毒婦に入れあげて足を踏み外してしまえば、誰にも救えない。

 いま、アレクシスがカールに対して歯がゆく思っているように、ルーカス自身がその立場になったはずだ。

 この陛下勅命の政略で、その要素がなくなったのは幸いだと思う。

 第六皇女殿下の為人はまだルーカス自身は知らないが、少なくとも、ハルトマン伯爵夫人のような性質ではないはずだ。

 あのタイプがごろごろいたらたまったものではない。

 例え、この結婚の後に、二人のうちどちらかが、別の誰かに恋をしたとしても、プラトニックなもので終わる。

 道を踏み外してまで進もうとはしないだろう。

 

 「お前が、そんな変な女に捕まる前に、結婚が決まってよかったよ。たとえ白い結婚だとしてもな。メシいくぞ」

 「ルーカス、お前はそんな変な女につかまるんじゃないぞ」


 「お前に言われたくねーわ。俺は普通に、可愛くて、ちょっと気が強いけど泣き虫で、しっかりしててでも時々天然にボケる普通の女の子と、普通に恋愛して結婚する」


 「ルーカス……お前……そういうのが実は一番ハードルが高いんだぞ?」


 アレクシスの言葉に、ルーカスは即座に叫んだ。




 「だからっお前にだけはっ、言われたくねーよ!」






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