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第5節

 夜、クレイバン近郊の丘陵地帯にウェイドの姿はあった。

「満天の星空」という言葉が文字通りに当てはまるほどの夜空のパノラマでは、この惑星の月たちの内の2つが地面を照らし、その光はウェイドが川岸で焚いている火にも負けないほど輝かしく、美しい。昼間とはうってかわって、川で冷やされた風はうんと涼しく、ショートマントを羽織っているウェイドでさえ肌寒さを感じるほどだった。


昼間といえば、化物による子供たちの襲撃事件のあと、皆は無事にそれぞれの家へと戻っていった。

少しだけ元気を取り戻したシーナの顔を見たキキ夫人は、娘の気付かない程度にウェイドに目くばせをして、頭を下げた。肩の音符の刺繡に手をあてて、一礼を返した彼はその足でリンジーの元へと向かい、彼の工房から、火を焚くのに最低限必要なだけの薪と、村の名産だという一本のアコースティックギターを買い取った。


今、焚き火のそばに小さな折りたたみ椅子を広げてくつろいでいた彼は、ふいに懐中時計を取り出して時刻を確認すると、「さて…」と小さく呟いて、傍に寝かせたケースから先ほどのギターを取り出した。

一度撫ぜるようにかき鳴らして、音の出を確認する。といっても、チューニングは別に丁寧に行う必要はなかった。これから大事なのは、「いかに自分が楽しくやるか」ということなのだから。


今度は明確に爪弾いて、そのメロディに合わせて詞を載せた。それは、「空を飛ぶ夢」を見た高揚と感動を歌った詞であり、かつては「青く塗られた青の中で」というタイトルが有名だった。が、今ウェイドの歌っているヴァージョンは「ジプシー・キングス」によるカヴァーであり、それよりももっとテンポが早い。ウェイドは飛行への憧れと回顧をリズミカルに、かつ伸びやかに諳んじる。


そして、歌詞がいよいよ「空中へ飛び上がる」シーンに差し掛かったとき、ウェイドは激しく弦をかき鳴らし、たまらず立ち上がった。そうして高らかに歌いだしたサビはまさに、飛行中の感動を表現しており、ここから「ボラーレ」の題は取られている。


1回目のサビを終え、なおも高度を増していくさまを歌い上げている最中、ウェイドの歌声と焚き火、そして夜空だけだった世界に、ふいに来客が訪れた。


「…ォォォオオオオ!!!」


わざとらしい不協和音は、男とも女ともつかない声のコーラスによって奏でられ、明確に悪意を持っているようにすら思える。今のウェイドには、それが「そういう風に生まれてきた」生き物だからだということが、理解できていた。


「来なすったな、待ちわびたよ」


ウェイドはギターを下ろして、丁寧にケースにしまって椅子の傍に置いた。そこから数歩離れて、懐から昼間にも使った管楽器「シューティング・ホーン」を取り出すと、夜空に目標を捉え、吹口に息を集めた。


ベルを飛び出した衝撃波は夜の闇を駆け抜けて、遙か上空にいた"目標物"に迫る。だが、それの持つ探知能力は昼夜を問わず鋭かった。身を捩って空気塊を回避すると、そのまま急降下でウェイド目掛けて体当たりを仕掛けてくる。月を体躯で覆い隠され、視界的に不利に陥ったウェイドは咄嗟に左側へと飛び退くが、昼の戦いを経験した彼女は対応策を用意していた。

着地地点に右前腕を突き立て、左の後ろ足を思い切り蹴り出したことで推力を得た彼女は、左腕を薙ぐように振り抜いた。あまりにリーチの長いその腕の軌道に、ウェイドはすっぽり収まってしまっていたのだ。


ムチが空気を切り裂くような鋭い、暴力的な音色が丘陵地帯の静寂すらをもズタズタにした。彼女はそのこと自体に、そしてその行為がもたらしたであろう結果を想像し、小汚いシミのいくつも浮かんだシーツ様の顔面に、新たにシワを作った。そこへ、不意に青白い光が差す。


「へぇ、高等な表情もできるんだな」


一転、化物の脳内は警戒と恐怖ではち切れんばかりになったが、時すでに遅かった。光源たるウェイド・ビーツのバックラーの打面はシーツお化けの"にやけ面"を捉え、力いっぱいのスイングが余す所なく衝撃を与えた。バックラーは光を発散し、先に化物を軽々と持ち上げた波動は迂闊な彼女をなす術も無く野原に転がした。土煙を上げながらなんとか地面を掴み、回転を止めた化物は、頭を振りつつ立ち上がった。


「オロロ…ホロロォォォ……」


再び視界に捉えたウェイドは、ちょうど腰から剣を抜き放っていた。夜の漆黒に紛れてしまう程暗い刀身はしかし、彼がバックラーと打ち鳴らすことで、あの自らを吹き飛ばした忌々しい蒼の光と重低音を纏う。


「「他人が楽しそうにしていると、それを邪魔したくってたまらなくなる」…それが君の性分か。でも、ここまでだぜ「バーンナップ」。君の暴走はここで止める」


ウェイドは自らの愛刀、「重低音の剣(スパーダ・ディ・バッソ)」の切っ先を、彼がバーンナップと呼んだ化物へと向けた。


「「君」を救うための戦いだ。ちょっと痛いけど、我慢してくれよな」


ウェイドの言葉に、「馬鹿にするな」と言わんばかりの咆哮をあげたバーンナップが、猛スピードで突っ込んでくる。それをウェイドは、バックラーで撫でつけるように敵の攻撃を受け流すと、飛び上がって綺麗な3回転捻りを決めて着地した。盾の輝きは剣が放つものと比べて、なお一層強いものとなり、そこから発せられる重低音はさらにボリュームを高めている。


化物に向き直ったウェイドは、剣と盾を、シンバルを鳴らすような身振りで打ち合わせた。2つの輝きは均一になり、ステレオ的に響き渡るテューバ様の音色は彼女をさらに威圧する。バーンナップはその煩わしい音色を一刻も早くかき消すべく、長い前足を忙しなく振り回す。しかし、彼女が必死になればなるほど、それはウェイドの思う壺だった。2本の鞭のように飛んでくる猛攻は、一心不乱故に彼にとっては単調な動きに見え、一撃一撃を盾や剣でいなす度に、彼の得物が持つ光、響きはどんどん高まっていった。輪郭までくっきりとわかるほど輝くバックラーの淵には、彫り込まれたパノラマ風景の装飾が際立って美しい。


そして遂に、疲れを見せたバーンナップは大ぶりな一撃を的外れな方に振ってしまう。彼女の右手は地面を深く抉り、その中にしっかりと埋まってしまった。すぐに引き抜こうにも、土の重さが邪魔をする。腕の長さからくる遠心力に、それを制御している筋力、その2つのもたらした結果が今、彼女を地面へと釘付けにする。


がら空きになった右の脇腹へ、ウェイドはバックラーを叩き込む。バーンナップを打ち付けるなり光の粒子を発散しながら、大きなホールで鳴らしたような重低音を響き渡らせる。くたびれたシーツのような皮膚は微細に波打ち、とうとう化物の体は完全に浮き上がった。


「キャアアアア!!!」


明瞭な悲鳴を上げながら、バーンナップは吹き飛ばされた。ケンカに負けたカブトムシのように無様にひっくり返って、ろくに受け身も取れないまま、背中から落下する。


「ホオッ!!!」


上肢、下肢ともに持ち上げるような力は既に無く、起き上がることもままならない彼女は最早、辺りの地面を撫でまわして藻掻くことしかできなかった。その光景を見下ろしながら、ウェイドはバックラーの打面に刀身をあてがう。


「ここまでよく頑張ったね。君には気を失ってもらわなきゃいけないから、これが最後の我慢どころだ」


刀身を弦楽器の弓のように引いていくと、コントラバスの音色を発しながら剣は輝きを失い、逆に、先ほどすべての光を発散してしまった盾が明るさを取り戻していく。バーンナップを殴る前と同程度に輝き、響きを放つバックラーを、ウェイドは彼女に向けた。


「それじゃあ、おやすみ」


持ち手の引き金を引き、(マレット)がバックラーの裏面を打つ。衝撃波はバーンナップに着弾するなり、今までで一層強い光を放つ。それは、怪物の身体を構成していた生命の源である「霊気」が、彼女の意志の昏睡をもって行き場を失い、その中に収めていた「人間」の戒めを解いた証だった。


今や、一つの村を恐怖に陥れた人外の脅威が鎮座していた場所には、やせ細った、青白い顔をした女性が気を失って倒れているのみだった。これが、バーンナップの正体である。ウェイドは女性の傍まで寄ると、その身体を担ぎ上げた。そして先ほどの焚き火の近くに来ると、女性に毛布を軽く巻いてやって、自身の荷物を枕に寝かせた。


「ふぅ」と一息ついて、ウェイドは自分も少し休もうと、折りたたみ椅子の背もたれを掴んだ。そこへ、遠くから複数の声と足音が聞こえてきた。振り返ると、丘の向こうから、複数の松明の明かりが、列を成してこちらへ向かってくるのが分かる。やがて、先頭を切っているのがリンジーであると判別できるくらいの距離までくると、彼から声をかけてきた。


「楽士様!!」


たちまち、リンジーら村の男たちはウェイドの周囲を取り囲んだ。ウェイドが一礼すると、頭を下げて返したリンジーは、松明を毛布の簀巻きに向けて突き出し、眼鏡を持ち上げてその得体をあらためた。


「これは一体…どういうことです?」


目を丸くして問いかけてくるリンジーに、ウェイドはつとめて、冷静な口調で答える。


「此度の騒動を引き起こした怪物、バーンナップの依代となってしまった者です」


「なんと…! 我々を襲ったのは霊獣ではなく、人間だというのですか!?」


神経質な男の驚愕の声は高く、よく通る。ウェイドは彼をなだめるように、楽士として穏やかに言葉を続ける。


「厳密には、バーンナップは人間とも言えません。感受性の高すぎる人間に取りついた霊気が、生き物の形をとり、勝手気ままに暴走している状態で……」


「そういうことじゃ無いでしょうが!! 重要なのは!!」


ウェイドの言葉を遮って、リンジーが吠えた。


「私が聞きたいのはね、「コイツが犯人なんですか!?」ってコトなんです!!」


リンジーは松明で女性の方を指す。乱暴に振ったことで散った火の粉が、彼自身の肌に当たっていても、今の彼にはお構いなしだった。


「コイツが私の親友を、仲間たちを酷い目に遭わせて、皆の住まいを滅茶苦茶にしたんでしょうが!? で、あればだ、私たちは村の掟に乗っ取り、この女を断罪しなくてはならんのですよ!!」


彼の感情そのままの叫びに、同じ境遇を背負う村の男たちは感情を搔き立てられ「そうだそうだ」と同調を始めた。想定しうる「イヤな事態」への導線が敷かれつつある中で、ウェイドは警戒を強めた。


「それは出来ません。バーンナップの依代となった人間の処遇はセレモニア条約で取り決められています。まずはこの者を都に移送し、治療を受けさせなければなりません」


ウェイドが毅然と言い放つと、リンジーは目を見開いた。


「治療だと!? クレイバンの村人も決して十分な医療を受けられない状態なのに、この罪人は都で手厚く治療されると言うのか!?」


「罪人ではありませんよ、リンジーさん。この者もまた、霊気による災害に見舞われた被害者だ」


「納得いかん! 王国は悪戯に領地を拡大しておきながら、端っこに住まう領民への責任をロクに果たさないまま、化け物を丁重に扱うことで国際社会に媚びを売ろうとしているのか!?」


「責任なら果たしている。だからボクが派遣されてきたんだ。リンジーさん、どうか落ち着いてください!」


お互いに一歩も譲らず、会話のボルテージは上昇していく一方だ。村人たちも各々いらつき始める者、緊張感からくる恐慌を覚える者など、不穏な面持ちを示していく。その筆頭であるところのリンジーは、相も変わらず高い声で喚き続ける。


「楽士ウェイド、あなた様は確かに村の恩人だ。だが、これはクレイバン村の問題だ! 異邦人のあんたが口を出さんでくれ!!」


「今言ったばかりでしょうが!」


遂に、ウェイドが怒鳴った。


「これは国を跨いで定められた条約だ。アンタも大人なら、素直に従ってくれ!」


その一声が、リンジーの奥で一つの記憶を掴んだ。

それは、祭りの日の昼に、自身がシーナに言い聞かせたことだった。


「自分の立場がよく分かっているということも、君が目指す"立派な大人"の条件だぞ?」

櫓火(やぐらび)を組み上げる作業はとっても危険だ。だから、18歳にならないと参加出来ないのが"村の決まり"だ」


それらの言葉が指し示すこと。その先に、シーナに期待した成長。それは、自分で王国へと問うた「責任」を、彼女自身がきちんと果たすことだった。

では、今の自分はどうだったろうか?

彼女に対して、それを示せる言動だったろうか。彼女の手本となりうる人間だったろうか。

巡る思考の数々が冷媒となり、ヒートアップした感情を落ち着かせる。その過程で、彼の口から「シーナ…」と独り言が出たのを、ウェイドは聞き逃さなかった。


「そうだ、シーナはまだ9つだってのに大人の責任に憧れて、それを背負ってみようと頑張っていたんだ。アンタ達がその標でいてくれなきゃどうするんだ!?」


ウェイドの問いかけに、人々のざわめきは困惑、戸惑いをはらんだモノに変わった。

彼は、先ほどバックラーで化け物を押しのけてみせたように、尚も言葉を続ける。


「感情に任せて何でも物事を進めちまうんじゃ、それこそバーンナップと変わりません。…リンジーさん、どうか、賢明な判断をお願いします」


彼の双眸は、眼鏡のレンズ越しに自分の両目すらをも貫通して、深層心理を見極められているような気がして、リンジーはたまらず目を閉じた。具体的にどれほどかは分からないが、しばらくの時間逡巡してから、力強く握りしめていた松明を少し下して、村人たちを見た。


「…"怪我人"を、清潔な寝床まで運ぶんだ。楽士様にも宿をご用意して差し上げろ」


言われた男たちは、「押忍」とだけ返事をすると、各々静かに動き出した。

様々な表情をしつつも、皆、暴力的な意思は既に持っていない。それを確認できたウェイドはようやく警戒を解いて、肩の刺繡に手をかざしながら、深くリンジーに向かって一礼した。


「私はヴォイスの目となり、耳となり、口となる者。霊獣に代わり、貴方様の御心に感謝いたします

。…ありがとうございます」


「…へへ、とんでもない。こちらこそありがとうございました。楽士様がいなけりゃ、私たちはなーんにも解決できなかったかも知れない。まだまだ、学ぶことは無限にありますな」



そうして、2人は笑いあった。

夜はまだ長く、皆がこのことをよく嚙み砕き、消化していくには十分な時間が過ぎていった。

恐怖の夜で始まった事件の終わりは、きっと、寝心地の良い夜で終わりを迎えたのだった。

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