表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

45/45

秋 2節

 アウティーヤ楽士堂の中枢は、この頃活発化している霊獣の被害によってにわかに騒々しい。実戦部隊(アルト)の長、ロスト・コズモ楽士長の執務室にはまた、新たな客が招かれていた。椅子に座ってもなお高く大きな図体は、その一部分だけが窓からの陽光を受け、鈍く輝く。"客人"が身じろぐたびに、カチャカチャ、チャラチャラと音がする。


「休暇中に呼び出して申し訳ない。何しろ、他のメンバーが出払っていてな」


机を挟んで対面の席に着くロストは淡々と言葉を発するが、そこには少し疲れが見えるようだった。それを察しているのかいないのか、「構わん。要件を話せ」と客人は催促する。その声は男性的な低い声だが、ボイスチェンジャーのような加工がかかっておりパーソナリティをはっきりとさせてくれない。


「街からかなり近いところに、大型の霊獣が現れた。季節が季節だからな…穏便に追い払いたいのだ。ちょうど、貴方が適任だろう」


「よかろう、承った」


"彼"は右手を、左の肩に当てて僅かに頭を下げた。


「お前のせがれと、ほかに使えるヤツを2、3人寄越すがよい。それで事足りる」


 *


 ウェイド達と駄弁った翌日。クロウは何人かの同僚と共にアウティーヤ楽士堂の一室へと招集されていた。なんでも街の外に出る、ちょっと込み入った任務とだけ事前に聞かされているが、おおかた霊獣が出たんだろうと分かっていた。彼らは冬に備えての食糧探しに躍起になって、山の中を歩き回るようになる。人の生活圏に近づいてトラブルになりがちなのはクロウの故郷でもよくある話だった。


(ちっきしょうめ。スランプ真っ只中でこう忙しくなっちまうとは、とことんツいてないわい)


ブリーフィングの開始を待ちながら、クロウは肩をがっくり落として息を吐く。せいぜい今のうちに落ち込み尽くして、現場へ出向く頃にはすっかり仕事に集中したいものだ。そう考えているそばから、部屋の扉が開く。慌てて背筋を伸ばすと、ショートマントの八分音符の刺繍に手を当て、直立不動になる。


 入ってきたのはクロウの直属の上司、シャウト・コズモともう1人。最初に見えたのは、天井スレスレに届く金属質のツノ。一歩一歩踏み出すたびに金槌を床に振り下ろしたかのような音が響く。入り口の上枠をくぐるように現れた全貌は、身長が2メートルを越すかというほどのフルプレートの"甲冑騎士"とでも言うべき人物だった。肩に掛かった黒いマントには赤い八分音符の刺繍がされており、とてもそんな風には見えないが楽士であるらしい。腰蓑と籠手の指先、兜の下のマスクはホログラム調の光沢を放っており、おそらくヴィオラ・ダ・スパーダと同じ音鋼(ハーモナイト)で作られているのだろうと察せられる。その答え合わせは「ラクにしてくれていい」という彼?の声が低く歪んだ音だったことで早々に済んだ。音鋼の性質を利用した変声マスクだ。


シャウトの「休め」の号令を待ってから姿勢をリラックスさせた一同は、しかし緊張の面持ちで大男を見やる。すぐ横でシャウトは「そりゃそーだよナ」という感じに鼻から息を漏らした。


「大事なハナシに集中してもらえんと困るので、先にご紹介する。彼はファースト・アンサンブル所属の楽士、ファド・パンチ殿だ。今回の作戦で先陣を務めていただく」


改めて説明されてもまだ楽士とは信じがたい。が、ファドは一歩前に出ると肩の刺繍に手を当て敬礼をする。その仕草はまぁ確かに我々の同胞だった。


というか、ファースト・アンサンブル…?

フライヤ・イクスビーやゼン・クローク、かつてはウェイドの師、サマル・ティーネージも所属していた楽士の精鋭集団である。そんな大物が出張ってくる事態となると、状況はかなり重たいのか。


「しびぃ顔してんな〜。まぁ、察しの通りってヤツさ。カルナバルからそう遠く無い森林でデカい霊獣がうろついてる。大木を何本も握り潰しちまうくらい気が立ってるから、縄張り争いに負けて逃げてきたんだろうって見立てだ。それを俺たちで鎮める。とはいえ、既に説明した通り楽士ファドが前に出られる。俺たちの役割はサポートだ」


よろしくお願いします、とシャウトはファドに敬礼をする。対してファドは「問題ない。お前らに手間は取らせん。霊獣が逃げ出そうとすれば牽制し、吾輩から離れられないよう仕向けるのだ」と頼り甲斐のある返答だが、いかんせん声色がずっと恐ろしい。素顔も全く見えないので、表情からご機嫌を伺うことすらできない。


ともあれ、こうしてファドを中心にシャウト、クロウ、ほか2名の楽士によるチームが編成され、すぐさま現場へと向かうこととなった。ブリーフィングを終えてシャウトとファドは部屋を出ようとする。が、ファドは唐突に兜の視線をクロウに向けてきた。


「おい、お前」


おどろおどろしい声で急に「お前」なんて言われては、流石のクロウも肩が縮こまる。「はいっ!?」と応答すると、彼はにわかに距離を詰め、浅黒い顔をじっと見はじめた。


「お前…何処ぞで会ったか?」


まっっったく心当たりがない!

そもそもこんな人物がファースト・アンサンブルに居たなんて初めて知った!

そう言いたい気持ちをぐっと堪えて「いえっ、お初にお目にかかります、クロウ・ワイトにございます!」と返す。ファドは「うん…?」と鎧の襟を撫でながら彼をまじまじ検めたあと、ようやく顔を離した。


「まぁ良い。お前はウトバの出身だそうだな。此度の任務では当てにしておるぞ」


部屋を出るファドを「はいっ」と敬礼をしながら見送る。ついて行くシャウトが顔で「お前ホントになんも無かった?」と聞いてくるので「こっちが聞きたいくらいですじゃあ!?」と同じく顔と身振りで伝える。釈然としない様子で彼も部屋を出ていって、ふたりの足音が遠のききったのを確認してから大きくため息をついた。すると、隣の楽士がニヤつきながら脇腹を小突いてきた。


「ウェイド・ビーツにフレディ…ファースト・アンサンブルの次のお気に入りは、お前さんかい?」


「お気に入りって…そんなポジティブな雰囲気じゃったかぁ? アレぇ」


クロウは同僚の胸を力無くどつく。確かにウェイドもフレディも彼らとの接点を持つが、片や模倣不可能な技巧(ユニーク・アクト)の継承者、片や今年の総演会の準優勝者だ。クロウには今のところ、楽士としての実績で目立つところは無い。


(…そう考えると、なんだか悲しゅうなってきたわい)


大仕事を前に気分を整える手筈は、こうして失敗に終わった。



 現場までの道中はトラブルも無く、順調に進んだ。落ち葉を踏みしめるたびにザクザクと鳴るのが耳に心地良かったが、霊獣がいるであろう場所が近くなると、皆忍足(しのびあし)に変わる。ほんの数年前までは生活の糧として狩りをしていたクロウはこの移動に特段煩わしさも感じていなかったが、同僚たちは少し苦戦しているようで、汗で頬を濡らしている者もいる。

ファド・パンチはあの重厚な装備の下で、どうなっているのだろう。意外とこんなふうに大汗をかいているんだろうか?

少し気になって彼の方を見やったが、姿勢を気持ち低めたまま悠然と物音を殺し進んでいる。流石はファースト・アンサンブルといったところか。そんな彼の腰には(ヴィオラ)が下がっていない。それとなくシャウトに訊ねてみたが返答は「これで良いんだヨ」とのことであった。どこまでも異様な楽士だとクロウは思った。


 右を見ても左を見ても樹木ばかりで、土地勘の無かったら容易に遭難してしまいそうな風景の中で、クロウはふいに「異音」を感じ、足を止めた。ほぼ同時に、先行していたファドも静止し、左の拳を上に向けて皆に見せ停止を命じる。全員の停止を確認したファドは腰の装甲の隙間に指を差し込むと、何やら引っ張り出した。金属製の小さな輪っかで、それはワイヤーで何かに繋がっているらしい。


彼が思い切りワイヤーを引っ張ると、音鋼製の腰蓑がフリップアップしてファドの前に並ぶ。彼はそれと平行に両手を構えた。


(ありゃあ、まるでピアノじゃあ…!)


クロウが思うが早いか、ファドは今しがた腰蓑から鍵盤に変わったモノに指先を叩きつけた。その音色は金属同士がぶつかっているにも関わらず、間違いなくピアノだった。鍵盤の上で彼の指のホログラムの光沢が波打つと、早く激しい旋律を奏でる。各鍵が響きを溜めて色づいたかと思えば、すぐに打たれてエネルギーを発散していく。それらは最初ファドの周囲を(もや)のように漂っていたが、次第に領域を広げて背後にいたクロウ達をも包み込んでいく。この突然のリサイタルと不自然な霊気の流れに、「彼」はついに反応した。


「ウオォォォ!!」


ファドのはるか前方から3、4メートルの体高がありそうな毛の塊が猛スピードで迫ってくる。ぱっと見は類人猿をそのまま拡大したようだが、両腕はより大きく、下半身はより小さくデフォルメされたような見た目をしている。現に彼の速力は二つの拳によって得ているらしく、両足は補助的に地面を蹴っているのみだ。実質三足歩行のようなものだろうか。唯一毛に覆われていない顔は、樹皮の仮面を被ったかのように硬くゴツゴツしており、額から短く平たい角、あるいは装甲のような物が少し伸びている。牙を剥き出しにしているので、間違いなくご機嫌はナナメらしい!


冷静に分析してみたはいいものの、目下の危機はこのまま彼が走ってきたならば、全員まとめて轢き潰されるということだ。しかしファドは一切動じていない。まるで自分が「彼にそう仕向けた」とでも言う様な余裕すらある。ファドは右手を鍵盤の左端にかざしつつ、ギリギリまで霊獣の接近を待つ。クロウ達はあまりに楽士らしく無い彼がこれから行うことを信じて、その場を動かずに構え続ける。


ついに、霊獣は射程の中にファドを捉えた。拳を振り上げ鎧の楽士をぺしゃんこにしてやろうとしたそのとき、ファドは鍵盤の左から右にかけてを掻き鳴らした!


巨大なパイプオルガンすらをも連想させる荘厳な音色と共に、周囲の霊気は淡い光を伴って活性化、筋肉質な巨獣がこれまでに稼いだ勢いを相殺してなお、彼をひっくり返してしまう程の衝撃波を発生させる!


「ブオォッ!?」


背中が地面に落ちるだけで軽い地響きがして、周囲の枝がバサバサと揺れて葉を落とす。見事な倒れっぷりだが、彼の筋肉量と体型ではすぐに起き上がってしまうことだろう。チャンスは今しかない。シャウトが「抜刀!!」と叫ぶとクロウ達はヴィオラを抜き放ちながら素早く霊獣を取り囲んだ。そして、各々(ケース)の反対側に下げていた(マレット)を取り出す。これは大型の霊獣に対抗するための装備だが、作り自体は銅鑼(どら)やバスドラム用の物と大差ない。これをヴィオラの刀身に打ち付けると刃はただちに鮮やかな青の輝きを手に入れ、威圧的な低音を継続的に鳴らす。四方を音鋼の唸り声に囲まれた霊獣は身体を起こしたはいいものの、逃げ場を塞がれて忙しなく辺りを見回す。


「見事な働きだ。後は任せろ」


ファドは再度、鍵盤に向かって両手を構えて奏で始める。が、その旋律は先ほどとは真逆の、緩やかで暖かい、優しい音色だった。子守唄にも思える心地よい振幅を最初、霊獣は拒もうと頭を震わせたりしていたが、次第に聴き入っていく。肩をリズムに合わせて揺するようになり、最後にファドが一音鳴らすころには、すっかり腰を落ち着けてしまっていた。


「…納刀」


シャウトの号令で楽士達はヴィオラの響きを指で止め、鞘に戻す。周囲の支配者は霊獣から静寂へと変わった。ファドも鍵盤を掌で撫ぜて不活化させたのち、折りたたんで元の腰蓑に戻す。


「お見事です、楽士ファド」


「郷愁と安息の暗示をかけた。放っておけば、此奴は住処に戻るであろう」


シャウトはファドに敬礼をして、楽士達を呼び戻す。霊獣の背後まで回り込んでいたクロウは少し駆け足で皆のもとへ向かうが、彼の横を通り過ぎたあたりでなんだか鼻がムズついてきた。


(なんじゃあ、この臭い…?)


中規模程度までの霊獣の相手は、クロウはカルナバルに来てからも日常的にこなしている。この森に来るのも別に今日が初めてでは無かった。ゆえに、狩猟民としての感覚はこの土地というものをかなり把握できていたと思っていた。背後を振り返り、陶酔したような類人猿を見る。いかにも山のヌシという感じで、これなら縄張りも相応に大きいのだろう。今居るところを含めた周辺の地域はこいつのものに違い無い。


だからこそ、気になる。

こいつの身体には何か、「余所者」の臭いが付着している。縄張り争いをしたにしても、あまりに突飛な、遠く離れた地から来たものと争ったような、決定的な場違い感がある臭いだ。


「…どうした、楽士クロウ?」


違和感に足を引っ掛けられて止まっていたらしい。ファドに声をかけられ、ほんの少し地面から離れた。


「いんやぁ、コイツ、ここに来る前は何と戦っとったのかと……」


クロウがファドへ振り返ってまもなく、森のどこか遠くから「ヒョオロロロォ〜!!」と甲高い遠吠えがこだまする。明らかに生き物が発したと分かるのに、無機質さが中途半端に混じった不気味な声だ。そんな不快感に1番敏感であろう存在…霊獣が、勢いよく立ち上がって声の発信源を向く!!


「ウオオオオッ!!!」


丸太のような腕でドラミングをかました霊獣は拳を地につけ、肘を曲げて屈む。そのバネを十二分に活かし、彼は大きく跳躍した!


「なっ!?」


クロウとファドが後ずさる。彼の動きに反応しての行動だったが、これから起きることさえ分かっていれば、もっと下がっていたことだろう。なぜならこの大ジャンプによって蹴り出された地面が崩壊を始めたからだ!


「なんじゃあッ!!?」


言い切るより早く、大穴が口を開ける!

土、落ち葉、樹木も岩も、全てを飲み込む勢いにファドもクロウも流されていく。


「ファド殿!! クロウ!!」


シャウトがぱっと口を開いて肺に霊気を取り込まんとするところを、「間に合いません、巻き込まれます!!」と部下の楽士が腕で制する。


「んぐああああ!!」


鎧が邪魔をして脱出どころでは無かったファドがなす術なく落下する。ワンテンポ遅れて同じ運命のクロウは、その一瞬で思考を巡らせると、鞘から再びヴィオラと枹を引き抜いた。


「命令違反じゃが、お許しくだせぇ!」


とうとう自由落下状態に入るクロウ。ヴィオラの刃に枹を叩きつけると、ファドと落下タイミングを合わせるべく空気抵抗の少ない姿勢を取ると、彼との距離を詰める。そして、無茶苦茶にもがく彼の腕をしっかりと握り、「楽士ファド!」と呼びかける。クロウの声に気づき兜の目線が向いてくる。


「一か八か、かなり手荒い着地をやりとう思います。ワシの背中を抱えて、絶対放さんようしてもらえますかいのぉ!?」


ファドは無言で頷き、クロウの胸に手を回して彼を抱え込む。一方クロウは真っ青なヴィオラを頭頂へ振りかぶった。ここまでのやり取りの間に、地面がもうすぐ迫っている!!


「ウトバ(だましい)、ここで見せちゃるっ…おらぁ!!」


激突するその寸前に、ヴィオラが振り下ろされる。ウェイドの重低音の剣(スパーダ・ディ・バッソ)にも匹敵する蒼さを持っていた刃は、その輝きの全てを発散する。この響きが解放されたとき齎されるのは「面」に強く作用する、強烈な衝撃波だ!

スフォルツァンドで鳴らしたテューバのような音がはじけても、それより下に押し下げる物が無いエネルギーは、一撃を打ち込んだクロウたちに反動となって吹き上がり、身体を浮き上がらせる!


「ぐうううっ!!」


自分たちがどれくらい落ちてきたのかは分からないが、十分に加速した勢いを殺してなお余りある力に視界が眩む。


(とんでもなく…ツいてないわい…っ!)


今度は緩やかに重力に引き摺り込まれていくのを感じながら、クロウは意識を失った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ