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夏 5節

 数日後。メインストリートである「ロングタン通り」の両脇は、国内外の見物客でごった返していた。

普段は大人しいレフタイの街も今日ばかりは喧騒に包まれており、ウェイドはこれを捌ききるように要求されていたライタイ地区の管理官に同情した。両地区の合同でなければ、到底制御できる規模では無い。


人が一人通るのもやっとな程であるが、にも関わらず何処からか音楽が聞こえてくる。マーチング隊のものでは無いはずなので、近くの民家が窓を開け放って賑やかしているんだろう。実にカルナバルらしい。


しばらくは駐在所の屋上から人だかりを眺めるだけだったウェイドのもとへ、極彩色のレックトゥーが「デンレー! デンレー!」と喚きながら飛来する。彼を右腕に止まらせてやり、後頭部を撫でるとメッセージを再生してくれた。


「先頭がサーヴィング大橋の中央を通過! まもなくレフタイ側に入るぞ、以上!」


メッセージを聴き終えたウェイドはポケットから乾燥させたベリー類の実をひとつ取り出すと、レックトゥーに与えた。橋の方を見やると、沿道の人々が大きく手を挙げて振っているのを確認し、また鳥の首筋を撫でる。クックッと二度、低く鳴いたのを確認して話し始めた。


「こちら噴水広場。間もなく先頭がレフタイへ入る。各自持ち場を厳重に監視されたし。以上」


吹き込み終えたら腕を空へ掲げる。すると伝声鳥は翼を大きく広げ、先の言葉を伝えるべき人間の元へ飛び立った。見送るのもそこそこに、山車の一団が大橋を渡り切ろうとしているところへ目を戻すが、心の隅には白い羽がちらついていた。



 エコーズの様子がおかしかった日の夜に、ウェイドの部屋の窓を一羽のレックトゥーがノックした。楽士団で飼われているのと同じ白い羽毛で(伝声鳥には様々なカラーのバリエーションがある)、一瞬、緊急事態かと身構えたが、すぐに足首にリングをはめられていることに気がついた。よく見るとそれにはギーガー家の家紋が彫り込まれていたので、ウェイドは安心したような逆に落ち着かないような心境で窓を開け、彼を招き入れると伝言を聞いた。声はエコーズのものだった。


「ウェイド…さっきは、御免なさい。ワタクシの身勝手に貴方を巻き込んでしまって。…いや、今回だけじゃありませんわね。今までにもいろいろ、貴方には迷惑をかけました。…それでねウェイド、どうしても直接伝えたいことがありますの。貴方さえよろしければ、霊鳥祭の夜、大聖堂までいらして。では、ご機嫌よう」


途端に、部屋がしんとする。レックトゥーはかすかにクルクルと喉を鳴らして、ウェイドの瞳を覗き込むように首を傾げた。愛くるしいまばたきを二、三回見た後で彼は「あっ」と言って、早足で戸棚に向かい、そこからドライフルーツの入った包みを取り出した。そこから一粒を手のひらに出して嘴にさしだしてやると、鳥は器用にそれをついばむ。人間の手がゆっくり下されても、レックトゥーはその場を動かず、片足を上げて後頭部を掻いた。とても、何か言いたげに。


(もしかしなくても、これは…夜会の誘いだよね?)


流石の鈍ちんでもこのぐらいのことは分かった。分かったが、故に非常にびっくりしたので考えられたのはこれっぽっち。開けた窓の向こうの月をぼうっと見続けている。試しにレックトゥーの眼前へ指を差し出してみると、彼はそこそこの強さで突っついた。


「いてっ…夢じゃ、無いんだ」


クェと鳴きながら、翼を大きく広げる。今は彼の方がウェイドより賢そうだ。大きく息を吸い込みながら板張りの天井を見上げて、ゆっくりと吐いていく。


とりあえず、返事は「はい」だ。

鳥の頭をちょちょいと撫でて、話しかける。


「こんばんは。夕方のことは気にしないでくれ。ボクは大丈夫だから。話を聞くよって言ったのも、ボクの方だしね。だから、大聖堂にも行くよ。警らの仕事が終わったらすぐに。じゃあ、おやすみ」


今度は3回後頭部を撫でる。レックトゥーは「やっと帰れるぜ」という感じにクルル…と小さく唸ると、姿勢を整えて窓の外へ飛び立っていった。彼を見送ると、ウェイドは部屋の物をどかしてあるスペースの一角に立って左腕を高く、右腕を低く構えてゆるりとステップを踏み始めた。ホーミィによって指導を受けた動きは、見様見真似でもそれっぽく出来ている。このマイペースに身体を動かすということが考え事をするのに心地良い。


しかし驚いた。まさかエコーズから自分に誘いがくるなんて。更に「今まで色々迷惑をかけた」とは。やはり色々思い詰めることがあって、ついに炸裂したのが今日の出来事だということは明らかだろうけども、その「色々」の中身についてはさっぱり考えが及ばない。いやまぁ、フライヤは少なくとも関わっているんだろうが、ちょっとそのことについては深く掘り下げたく無い。一旦フタをしておきたい。


ただ、ごちゃごちゃとした物事の先に、シンプルなひとつの結果だけはある。「ウェイド・ビーツはエコーズ・ギーガーから夜会に誘われた」ということ。この事実に立ち返ったとき、ウェイドのステップはピタリと止まり、案山子のようになった。


つまり霊鳥祭の夜は、エコーズと踊るのだ。

誰が?

いいや、ボクでしょ?


そうして、ウェイドは尻餅をついた。


えボク、エコーズと踊るの!? 本当に?

誰が誘ったの? えぇっ、エコーズ!?


訳がわからなくなり、這這(ほうぼう)の体でベッドへ向かう。よくよく考えなくたって一大事じゃないかこれは。なんて返事したっけ? そうだ行くって言ったんだった。なら一旦良いか。


マットレスに寝転び、一息つく。とりあえずは当日までに、ちゃんと踊れるようにしておこうと強く思った。それだけじゃない、ホーミィに作法全般を叩き込んで貰わないと、やっと自分を頼ってくれたエコーズに恥をかかせてしまう。そんなのは嫌だ。


「これでやっと、ちょっと恩返しかな」


瞼を閉じれば、エコーズにさんざん世話を焼いてもらった記憶がよみがえる。彼女の期待に応えたいと、気持ちが高揚してくる。その証拠に、段々こめかみは熱くなるし、心臓は高鳴るし……。


「…ん?」


起き上がって、胸に手を当てる。心拍が確かに早いことを認めると、思わず吹き出して「そっかぁ」と独りごちた。


「ボクにもまだ、こんな気持ちってあったんだ」



 そうして迎えたのが今日の霊鳥祭であった。

ウェイドは珍しく髪型をオールバックに固めている。これは事前にホーミィに聞いて、夜会に出るにあたり自身に似合う髪型を見繕ってもらったものだったが、今朝は同僚の楽士に面白がられた。「なんだ女か?」という言葉にウェイドは「まさか。たまにはフォーマルを意識するってだけだよ」とすっとぼけた。


 話を戻そう。山車はそれぞれが馬によって引かれており、先頭から霊鳥たちが年功序列で並んでいる。最初に見えてきたのはフクロウのレンズ、カラスのアイズだ。彼らはヴォイス・ノーブル兄弟には及ばないまでも、かなり長い時を生きているという。二羽とも街から街へ旅することを好んでおり、アイズが昼、レンズが夜の街を得意としている。人との関わりが多い彼らの話術は巧みなもので、この後聖堂で行われる座談会では仕切り役的なポジションもこなす。彼らが姿を現すや否や、沿道からは次々歓声が上がる。


それから続くのはダチョウのフォーカス、ペンギンのモニタ、オオハシのスコープ。各々砂漠に凍土、ジャングルといった局地を好んで旅をする。彼彼女らがもたらす独特の植生についての物語はアーティストだけでなく、博物学者もかじりつく。


ついに最後の山車。白鳥のスクリーンと、鷹のミラー、そしてカルナバル楽士団の象徴、フライヤ・イクスビーである。スクリーンは巨体を活かして別の大陸まで渡ることを得意とし、ミラーはその機動力でもって、戦場や霊獣の縄張りなどの危険な場所を見てきている。フライヤと行動を共にすることが多いのには、こういった事情も関係しているのだろう。


ウェイドは声こそ上げないものの、フライヤとミラーに向かって力一杯腕を振った。すぐさまふたりも気付いて、振り返してきてくれる。


しかし、どうも違和感がある。霊鳥(ピクト)たちの数が合わないような…?


「〜ィィィヤッホウ!!!」


強烈な風がストリートを吹き抜ける!!

ドップラー効果のかかった声を発しながら、衝撃波の出ないギリギリの速度で宙返りをキメるのは霊鳥の末弟、ツバメのカンバスだ。本来彼はフライヤと同じ山車に乗っていた筈だが、我慢できずに飛び立っていたらしい。派手な演出に物見客たちは盛り上がり、規制線からはみ出そうとする者がいるのを、レフタイの楽士たちが大慌てで制する。「あっちゃあ〜」とウェイドは首から下げた喇叭(らっぱ)を手に取ると、目一杯息を吸ってから吹き鳴らした。マーチングも歓声も、一瞬かき消すほどの重低音は何度も聴きたくないため、一発鳴らしてやれば、だいたいみんな大人しくなる。


「ちぇ、お堅いでやんの!」


カンバスは上空でくるりと小さく旋回すると山車へ戻った。着地してまもなく、スクリーンに頭頂部を突かれる。


「痛ッてェ!何すんだよアネキ!」


「逆に聞きますけど、あんなコトして何も咎められないとお思い? そんなに落ち着きが無いから行き場所も定まらないのよ」


「フン、ほっとけぇ!」


ウェイドは不安の眼差しで彼らの口喧嘩を見守るが、諸先輩方からは、これは毎度の名物であると聞いている。スクリーンが述べた通り、カンバスは特に専門を持たず、大陸中の空を気ままに飛びながらそのとき興味を持ったものを観察することにしている。どんな話が聞けるかは、霊鳥祭ごとのお楽しみなワケだ。


 多少のゴタゴタはありつつも、パレードの列は無事にレフタイを通過し、アウティーヤへと入っていく。引き続きウェイドは街の警備と、これから楽士堂の大ホールで行われる座談会へ向かう人々の誘導を担っていた。かつてハルの起こした霊気酔い騒動よりも長く、忙しない状況を必死でどうにかしているうちに、みるみる太陽は傾いていった……。



 本当の本当にいつぶりだろう。着飾って屋敷の門を出るなんて。ガス灯に照らされたエコーズは、遥か遠くからでも強く輝く恒星のようだった。彼女の瞳と同じ紅のドレスは、肩までしっかりカバーしていて、シルエットそのものは非常に貞淑だ。だからこそ、仏頂面をやめて、これからを期待するような年相応の表情をする彼女の整った顔立ちは、いつも以上に目立つ。小さな歩幅でナイア大聖堂へと進む間に、何人もの人々が、いっとき立ち止まった。

歩調に合わせて弾む金糸のロール。チャームポイントのルビーのごとき両目は前髪を少しだけ切ったので良く目立つ。アイラインはいつも目尻から少し斜め上に向けて引いていたのを、瞼の淵に沿った延長線上に引いてみた。おかげで普段と比べると幾分幼い顔になったかも知れなかったが、今日はそれで良かった。


 大聖堂に着くと、大扉の前の階段を登るのが、ほんのちょっぴり覚束なかった。履き慣れてない靴で来た訳では無かったが、珍しく緊張しているらしい。自分の気持ちを俯瞰してみることはできるものの、だからといって身体まではなんとも思い通りにいかない。そんなことがワタクシに起きるなんて、とエコーズは我ながら不思議に感じていた。



 大ホールに溜まり続けるトークセッションの客の追い出しにはかなりの時間を要した。既に霊鳥たちはナイア大聖堂での夜会へ移動してから15分くらい経っただろうか。ウェイドは襟元と髪だけ手でちゃっちゃと直すと、解散後に駄弁っていた同僚たちに一言挨拶して聖堂へと駆け出した。霊気の力を借りて坂道もなんのその、あっという間に大扉まで辿り着くと、階段をひとっとびで上がっていった。思わず通り過ぎそうになった受付の前で踵を突き立て急停止し、八分音符に手をあてて略式の礼をすると、気持ち早歩きになりながらロビーを見回した。


ホールの中では、既に演奏が始まっているらしい。防音扉一枚隔てたこちら側では耳に心地良いBGMのようだった。あまり人の密集していない一角に、エコーズのイメージカラーとも言える紅いドレスを見つけると、ウェイドはすぐさま向かった。


「エコーズ!」


声をかけると彼女は肩を震わせる。リコリスの花が開いていくようにまつ毛が立ち上がり、その奥に嵌め込まれた灼熱の宝石がウェイドをまっすぐに捉えた。有り余る熱は波動となって彼の胸を叩き、驚いたウェイドは足を止める。初めて会ったときに感じた「眩しさ」が、今度は自分の瞳孔を焼き尽くしてしまいそうだったが、そうなっても構わないからずっと見ていたいと思わせられる。

一方そんな彼の元へ飛び込んでしまいたいような気持ちのエコーズだったが、この()もやはり足が動かなかった。格好はいつもと同じ楽士の制服なのに、ちょっと髪を上げただけのウェイドからどうしてこんなに、目が離せないのか。他に違うところはないか、気になって隅々まで見てしまう。やがて、走ってきたせいで整髪料が弱くなっていたのか、前髪がほろりと垂れるのを見て、エコーズは胸を押さえた。

ふたりがどれほどそうしていたかは誰にも分かったものでは無かったが、先に動けるようになったのはウェイドだった。「ごめん、結構待ったんじゃない?」と聞くと、エコーズは静かに首を横に振った。


「トークセッション、盛り上がり過ぎて時間が押したと聞いてますわ。お疲れ様。…一日中大変だったでしょうに、こんな早くに来てくれるなんて。それだけで、すごく嬉しい……」


いつになく声は小さく、言葉は辿々しい。しかし、あちこち飛んでいく視線や、お腹の前で組んだ手が忙しなく動くのを見て、自分がちゃんと彼女の期待に応えれたらしいことは分かった。いつも"ぷい"とそっぽを向いて、手を隠してしまう彼女の癖は、きっとこれを見られたく無かった故のことなのだろう。ウェイドの中でも、彼女に対する"愛おしさ"がどんどん膨れ上がるのを感じた。


「ねぇウェイド。改めて…この間も、いままでも、ワタクシのただのわがままで貴方を困惑させて、御免なさい」


豪奢な一輪の花が、重さに負けてしまったかのように枝垂れてくのを見て、ウェイドは慌てて止めた。


「ボクなら大丈夫だから、頭をあげてくれってば」


「でも、どうしても伝えたくって。ワタクシがおとな気ないことばっかり続けて、貴方を嫌ってると思われたり、貴方自身に嫌われてしまうのが、とても、怖くなってしまったから……」


みずみずしい紅玉による上目遣いは、それまで見てきた何よりも美しい。ウェイドの頭の中では、今までほどんど使ってこなかった部分が活発になり、額に熱をもたらす。それに当てられたのか、言語野が短絡を起こして、何か言わないとと急かしてくる。喉のフタは緩まって「そんなこと思わないし、ボクはエコーズのこと好きだよ?」と口走る。


「えっ…!?」


エコーズが自分の喉元を抑える。濃い霊気を吸ってしまったみたいな驚きように、ウェイドは一旦冷静になって付け加えた。


「あぁっと、え〜、なんだ、そもそもエコーズが勉強教えてくんなきゃ、ボクは楽士になれなかったし。エコーズが重低音の剣(ウェイト)と練習場所貸してくれなきゃ、ボクは自分に何ができるのかも分からなかったろうし。そりゃあ、初めてぶん投げられた時は、苦手だ〜なんて言ったりしちゃったケド」


「ふふっ、そうでしたわね。それもごめんなさい」


しどろもどろでも、ウェイド自身の声で彼の心境を聞けたことで、エコーズは止まり木を見つけ出せたような気持ちになった。頼りない足でやっと掴まり、一度深呼吸をした彼女は、もっとその先を見てみたくなった。肩を、肘を、緊張で動きの渋くなった関節を押し広げ、かつて考えもしなかったほど優しく、ウェイドの手をとった。


「ほら、せっかくここまで来たんですもの。踊っていきましょう?」


ああ駄目だ、声に芯が通らない。喉から出ていく息が熱い。指先の感覚がいやに鋭敏で、彼の皮膚の微細な凹凸まで分かってしまいそうだ。すぐにでも顔と手を隠してしまいたいが、もう、ウェイドの前では絶対にしないと覚悟を決めてきた。恥ずかしさや好意がどれだけ表情から漏れ出て無様なことになっていても、決して引けない。ウェイドを見ていたい。ウェイドに見せたい。この時間を、絶対に彼と過ごしたい!!


痺れて、力の入らない指先からウェイドの手がするりと抜けると、すぐにふんわりと握り返される。下から掬い上げるように手を胸元まで持ち上げると、ウェイドは軽く一礼をした。


「せっかくこういうの、勉強してきたんだ。ちゃんとやれるハズだから…行こう、エコーズ?」


そのまま手を引いて、ホールまでエスコートを始める。着くまでふたりとも一言も発さなかったし、発せなかった。繋いだ手から伝わる熱と震えだけが電気信号のように行ったり来たりを繰り返していて、それを感じるだけで精一杯だった。


ホールの扉の前へ来ると、ドアマンを務める楽士たちはエコーズを見て少し驚いたような顔をする。しかしすぐに「もてなし」の笑顔に戻ると、若いふたりの為に扉を開けた。


 途端に、それまでBGMだったものは、ウェイドたちを飲み込んでなおホールを支配する上位存在へと変わったようだった。当然だ。ここは霊獣ヴォイスへ音楽を捧げる場であり、それが踊るためのものであっても例外では無い。そして今夜ウェイドとエコーズは、敬愛する大いなる偶蹄に見守られながら、踊るのだ。


既に何組もの人々が悠々と舞っている光景にウェイドは若干気圧されかけたが、自身の指をきゅっと摘まれたので、振り返る。エコーズもかなり緊張しているのは変わらないらしいが、それでも今の眉には、彼を挑発してみせる「らしさ」が表れている。正直、勇気づけて貰うのに、これ以上のことは無かった。


「うん、大丈夫だよ。ありがとう」


目尻を緩やかに下げて微笑む、なんて事が彼にできる事を初めて知ったエコーズは急いで目線を下へ逸らした。自身の得意とするカウンターがクリーンヒットしていたことに気づかないままの17代目は、そのまますり鉢状のホールの下まで彼女を導いた。


あらためて向き合い、右手をエコーズの背中に回し、左手で彼女の手を取って、肩より高いところで支える。エコーズは左手をウェイドの肩に添える。いよいよ見つめ合って、オーケストラの拍子に合わせて目配せしてステップを踏み始めた。最初の3歩を踏み出して、同じリズムで数セット。ターンを一回してみてからの次の3歩で、エコーズはハッキリとステップが踏みやすくなったことに気がついた。


「へぇ…。ねぇウェイド、いつからホーミィさんのところに通ってましたの?」


「ひと月前くらいからかな。霊鳥祭で夜会があるって知ってから、ちょっと興味が出てきてさ」


「ふーん。誰かお目当てがいたのかしら?」


「まさか。ホーミィさんからのレッスンの申し出をずっと保留しちゃったし、夜会にかこつけてお願いしようと思っただけさ。でも……」


「でも?」


「おかげで今日、君と来れたから。習って良かったなって思う。誘ってくれてありがとう」


「どういたしまして。…なんてね。ワタクシ、今日は謝りに来たのに、どうしたのかしら」


「大丈夫だよ。緊張、解けてきたんじゃない?」


「なにそれ、貴方に言われたくありませんわ。部屋に入るとき、少し躊躇してたじゃない?」


「お、いつものエコーズだ」


「んもう…。ウェイドこそ、今日はなんだか違って見えたのに、あっという間にいつものウェイドですのね」


「違うって、何が?」


「ふん、しーらないっ」


焼けつきそうなほど早い鼓動も、指先の震えも、すっかり落ち着いていた。その代わりに胸の奥は、穏やかな温もりが広がっていた。ふたりの動きはより軽く、より活発なものになっていく。手を繋いだままエコーズはくるりと翻り、スカートの裾が花開く。


小さな高揚は、徐々に周囲へ伝播する。老いも若きも踊っていた男女は皆、負けじとまでは思わずとも、もっと華美な動きへとシフトしていく。それを察すると演奏隊は曲のテンポを少し早め、ついには激しい曲へとクロスフェードの如く変えてゆく!


人々の興奮はすり鉢の外周で歓談していた霊鳥たちにも伝わる。ツバメのカンバスはそれを見て「おおう、良いじゃねえか!もっとやれ!」と、片方の翼を振り上げて煽る。その横で、カラスのアイズが目を丸くしていた。彼は同卓を囲んでいた人々に「失礼」と一言ことわりを入れると、その場を離れ長兄レンズの元へと向かい、耳打ちした。


「ホホホ。気づいておるよ、アイズ」


老フクロウはシャンパンのくれる心地よい微睡みに目を細めながら、首だけを背後のアイズに向ける。


「この霊気の振るわい。まさしく"タクト"の片鱗じゃな。故郷に帰ってくる甲斐があったってもんじゃ」


そんな霊鳥たちのやり取りを知る由も無く、ウェイドとエコーズは舞い続ける。曲のラストスパートに合わせウェイドはエコーズの腰を支えると、最後の一音と共に彼女が飛び上がる!


盛大な拍手の中で、ウェイドに掲げられるような格好のエコーズ・ギーガーは、霊鳥たちを差し置いてこの場の誰よりも、"鳥"だった。ふたりは見つめ合い、屈託のない笑顔で笑い合う。遠くから眺めていたミラーは、ささやかな拍手を送りながら、どこか寂しげな視線で遠くを見つめていた。

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