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夏 2節

 カルナバルの街の玄関口、正門広場では一人の楽士が双眼鏡を覗き、空を見ていた。レンズの向こうにいくつかの黒点を見た彼は、手をおろすと、背後にいる仲間へ声をかけた。


霊鳥(ピクト)たちがご到着だ、門を開けろ!」


彼の指示で、強力な霊獣から街を守るための大門が、軋みを上げながらゆっくりと開く。その手前の通りには、これから現れる巨鳥、霊鳥(ピクト)たちの像が、誇らしげに並んでいる。


 間もなく、羽ばたきの音はハッキリと感ぜられるほどになってきた。迫る影は7つ。そのうち一つが軌道を外れると、強烈な風切り音と共に門へ急接近する!


「イヤッホゥ!!」


ドップラー効果で聞き取れたもんじゃない威勢の良い声と共に、一羽が門を猛スピードで潜り抜けると、上空を旋回してから広場へと着地した。霊鳥の中で一番若く小柄な、ツバメの「カンバス」だ。彼のもとへ楽士が一人駆け寄る。


「長旅お疲れ様でした、カンバス。今年も一番乗りですね」


「へへ、他のヤツがすっとろいのさ。せっかく久しぶりの故郷だってのによ!」


「よく言うわ、カンバス。貴方の荷物が一番軽いっていうのに」


上空から文句が聞こえて来たかと思えば、声の主は強かなはばたきを伴って高度を下げつつあった。白鳥の「スクリーン」は、掴んでいたダチョウの「フォーカス」を降ろすと、自身も優雅に、地に足を着けた。フォーカスはスクリーンの顔を上目遣いで見上げる。


「申し訳無いね、スクリーン。やっぱり僕も、自分の脚で歩くべきだろうに」


「とんでもない、お兄様。みんな嘴揃えて帰って来てこそじゃないですか」


「嘴を揃えたのなら、俺が一番乗りになるな」と、オオハシの「スコープ」が降下しながら口を挟む。彼も足に兄弟を抱えていた。ペンギンの「モニタ」だ。


「ありがとう、スコープ。次帰ってくるときは、カンバスにお願いしようかしら。そうしたらちょっとは大人しくなるわ」


ひときわ高い声で喋るモニタは、兄弟の4番目で長女にあたる。姉たちに散々な言われようの末弟カンバスは「ちぇ」と悪態をついた。


「ほらほら、そこまでだ」


次男、カラスの「アイズ」が着地すると、それに続いて長男のフクロウ「レンズ」が降り立つ。先に着いていた兄弟は皆、軽く会釈する。


「ふぉふぉふぉ、皆、久しぶりに語らえるとなれば気分も高まるじゃろうて。かつてはワシらもそうだったのう、アイズ?」


「ええ、あんまり昔のこと過ぎて、大司祭(タクト)パーチだって産まれてませんがね」


そういうと、二羽は笑いあう。そこへ、楽士がおずおずと尋ねる。


「ミラーのお姿が見えないようですが?」


ふむ、と言ってレンズが答える。


「あ奴は楽士フライヤと野暮用を片付けるから、少し遅れるそうじゃ。なあに、パレードには間に合うじゃろ。ささ、あまりここで溜まってしまっては、皆に姿を晒してしまって興を削いでしまう。早いところ、中に入ろう」


そうして、七羽はぞろぞろと、門を潜っていく。ついにカルナバル夏の祭典、霊鳥祭(ピクト・フェス)の幕が開けようとしていた。





 ウェイドの唐突な「妙案」の思い付きから数日後、彼の姿は外郭地域(アウティーヤ)の豪奢な邸宅にあった。白い塗料で塗られた外壁が煌びやかに夏の日差しを反射する様は、この家の主の羽織るマントを思い起こさせた。つまり、ゼン・クロークである。ウェイドを出迎えたホーミィ・ハートは、彼をすぐに一番大きな部屋へと案内した。


「んも~っ、ナイスタイミングだわ、楽士ウェイド!」


部屋へ入るなり、ホーミィはその場でくるくると回り始める。軽やかなスカートが咲き誇る花弁のように開いているが、全然下品な感じはしない。石畳の上とは違って、とても姿勢が崩れるとは思えないほど強い体幹であることが見て取れた。ウェイドは感心する一方で、終始困惑しながら「そう、なんですか?」と聞いた。回転を止めたホーミィは「そうよ!」と、重心と同じくらいまっすぐな声で返す。


「今から始めれば、どんなに上達が早くたって何処かに「隙」が残るわ。その方が可愛げがあって良いと私は思うのよね!」


「はぁ…なんとか可愛げで済むよう頑張りますので、よろしくお願いします」


ウェイドが深々と頭を下げる。ホーミィは彼の肩をがっしり掴むと持ち上げて、出てきた手を握ってブンブンと力強い?握手をした。


「こちらこそよろしくね、楽士ウェイド! ここには最新の設備もあるし、きっと上手くいくわ!」


「最新の、設備?」


テンションが置いてきぼりのままの生徒は首を傾げる。何しろダンスの知識なぞ地球のものすらからっきしであるので、一体どんな設備が要るというのか、というところから想像がつかない。しかしながらこの反応をホーミィは気に入ったようだ。早く見せたいと言わんばかりにウェイドを手招きして部屋の一角へ連れてくる。どうやら、踊ることも教えることも大好きでたまらないらしい。


 さて、目の前には赤いシルクに包まれた物体が鎮座していた。裾からテーブルの足が見えているので、一応卓上サイズのものらしい。この時点で「トレーニング機器」の線は消えたか?とウェイドは消極的なことを考えていた。ホーミィがうやうやしくその布を取り払うと、見覚えのある機械が姿を現した。


 本体は木材で作られていて、装飾が施された箱だ。ニスによって赤茶色に輝いており、側面と思われる部分からは手回し式のハンドルが飛び出している。箱の天面には黒い円盤状の機構が載っており、盤の上に接触するような位置で金属製のアームが伸びている。

そして何より特徴的なのは、本体から大きく上に飛び出た「ベル」だ。ちょうどホルンくらいのベルが朝顔の花弁のようにこちらを向いている。この装置をウェイドは直接目にしたことは無かったが、まさに「この機械に必要なもう1つの物体」に記されたレーベルデザインなどで死ぬほど見てきている。すなわち、


「蓄音機ですか!!?」


「あらぁ~、正解よウェイドさん! 貴方もお耳が早いのね!!」


 小さく手を叩いてはしゃぐホーミィの横で、ウェイドはターンテーブルのもたらす郷愁に涙が出そうだった。地球ではPCDJのコントローラーくらいしか触っていなかったが、かつてはレコードのターンテーブルにも強く憧れたものだった。


「これを何処で?」


「ゼンが王都から帰ってくるときにお土産で買ってきてくれたのよ~。これで好きな曲の好きなところを、何度だって繰り返して踊れちゃうわ~!」


きゃ〜、とささやかな歓声をあげながら、両頬を押さえてホーミィはくるくると回る。もはや彼女自身がレコードのようにも見えた。段々慣れ始めてきたウェイドは「それにしても」と続ける。


「驚きました。楽士ゼンのヴィオラもそうですが…王国は随分、電気の技術が進んでるんですね」


「霊気が薄い土地柄だから、早いところ魔法の代わりを探さなきゃならなかったのよ。今や騎士だって機械の力を借りようとしているみたい」


「へぇ……」


 この世界の生命の源、霊気。海から現れたそれは今や、内陸部にその残滓を残すのみだ。この星の人々はいつとも分からない昔から霊気と共に生き、活用してきたが、沿岸部の霊気は年々、加速度的に減少しているという。王都ガルバニアはもう百年のうちに、ウェイドの故郷である地球と同じ暮らしぶりになるのだろうか。逆にひょっとすると、かつては地球にも不思議に満ちた時代があったのかも知れない。


「ま、それでも私達のすることはしばらく変わらなくってよ、ウェイドさん。それぞれ自分の務めを果たして、その合間にしたいことをするんだわ。そして貴方は、人生の限られた時間の中で、私と同じく踊ることを選んでくださったのよ。踊りが好きで好きでたまらない私にとって、これほど嬉しいことは無いわ!」


ホーミィは深く傅いて、カーテシーをする。体幹に一切のブレはなく、指どころか爪の先まで彼女の意思が行き届いているように見える。その動きは先の大会での、シャウト・コズモの剣術を想起させ、ヴィオラ・ダ・スパーダと芸術が根底から強く結びついていることを、改めてウェイドに思い起こさせた。


「楽士ウェイド。このホーミィ・ハート、誠心誠意を込めて指南いたしますわ。どうぞよろしくね?」


この上なく恭しいホーミィの態度に、すかさずウェイドも、己の楽士章に手をあて、深く頭を下げた。相手が心よりの「うた」を己に聴かせたとき、楽士達は、適切な儀礼をもってこれを受け止める。それがヴォイスに代わり世界を見る者としての責任であり、義務だった。


「「私はヴォイスの目となり、耳となり、口となる者」。ホーミィさんの熱意に応えられるよう、良き生徒として、習得に励みます…こちらこそ、よろしくお願いします」


 義理と思いつきの結果、自分でも思わぬ領域へと足を伸ばしつつあるウェイド。「とりあえず一回、本気で打ち込んでみようかな」と思い始めたこの感情こそが、人間に「趣味」を芽生えさせる種だったと、後々彼は思い返すこととなる。





 そんなこんなで、ウェイドの日常はこれまでになく忙しないものとなった。朝から昼までは楽士として警らの業務と、ときどき祭の警備についてのミーティングに参加する。次にギーガー邸へ向かい夕方までサマルの指導を受け、それからクローク邸でホーミィにダンスを習う。詰めに詰められて一見充実したスケジュールはしかし、クロウやフレディとの語らいの機会を疎にしてしまうものであり、このところの動向は彼らでさえよく知り得ない始末であった。それを一番に気にし始めたのは、エコーズ・ギーガーであった。


「彼、稽古が終わるとどこかへ駆けていくんですの。フレディは何か知っていて?」


 テラスでの昼食中に突然そう言われて、フレディはフォークを咥えたまま首を横に振った。エコーズは「そう…」と呟くと豊かなロール髪の先を指で潰した。


「んな気になるんなら、本人に直接聞きゃあいいでしょうに。「せきにん」、なんでしょう?」


フレディはフォークを置くと、ニヤニヤと笑いかけた。それを見たエコーズはプイ、とそっぽを向いてしまう。


「もう、そういうイジワル、嫌いよ?」


「とんでもねぇ、これは私なりの友情でさぁ。それが仕事でも興味でも、聞きゃ分かるんなら聞いてみりゃいいじゃないですか。モヤモヤしたまんまじゃあ、色んなことに差し障りますよ」


「それは、そうだけれど……」


これじゃあ自分とどっちが歳上か分かったもんじゃ無いな、とフレディは思った。ウェイドにも同じような印象を持ち続けてきたので、ひょっとすると、かなり似たところがある2人なのかも知れないと彼女は勝手に考えている。

ところどころ情動が幼いフシがあって、それゆえ人との関わりに難を抱えている。そのような部分は、他の成熟した部分に成長を阻まれることが多いだろう。そうして覆い隠されるうち、本人も知らぬウィークポイントとなる。とはいえ、植物じゃあるまいし、弱点を剪定してしまうような真似はしないでいい。

フレディは身を乗り出してエコーズに顔を近づけると、非常にわざとらしくニヤついてみせた。


「私も、アイツが何をそんなに忙しそうにしてんのか興味あるんでさ。おつかいだと思って、頼みますよ、ねぇ?」


恥ずかしさだとか、気まずさとか、プライドとか。邪魔なものを掻き分けて、搔い潜って、そっとコアの部分に語り掛ける。そうしてやることで、伸び伸び育っていけるスペースを確保する。友達にしてやれることと言ったらこんなもんだろう、とフレディは考えていた。


「おつかいって貴女…んもう」


エコーズは立ち上がって、ため息を一つつくと、前髪を軽くかき上げた。


「でも、いいわ。そういうことなら…ワタクシが、確かめてみないとね」


彼女の、よく目立つ大きなルビーの双眸がフレディを向く。静かに「ありがとう」と言っているようなそれはしかし、普段のエコーズの態度からは想像し辛いほど弱弱しく、不安げだった。





 勤務時間は終わったというのに、日はまだ高い。エコーズが楽士舎から出ると、微かに草の香りを伴った涼風が通りすがっていく。それが、カルナバルに住まう人にとって夏を感じさせる瞬間だった。今から少し速足で帰れば、ウェイドとサマルが稽古を終える前には自宅に到着できるはずだ。フレディのためにも、エコーズは「おつかい」の完遂に乗り気である。あくまでも、フレディのために。


アウティーヤの、少し急な坂道を重力任せに進む彼女の対面から、3人の貴婦人たちが歩いて来た。遠くからでも聞こえてくる楽しそうな話声は、すれ違いざまに明瞭になった。


「ねぇ、霊鳥祭(ピクト・フェス)の舞踏会、誰と踊るの?」


「さぁね、今のところ目ぼしいのはいないし」


「そんなこと言って、聖堂で喋ってた楽士様はどうだったのよ」


神聖な霊鳥祭の夜会について、なんとも能天気な盛り上がりようだと聞き流すこともできたが、どうしても舞踏会という言葉は耳に残ってしまった。直近2回の開催ではフライヤがいなかったので、もう会場がどんな様子だったかもよく覚えていない。こんなこと同世代の女性楽士に言ったら驚かれただろうが、不幸中の幸いにも、そんな話をする相手はいなかった。


黙って歩き続けることに若干の苛立ちを覚え、更に歩く速度を上げる。周りにひしめく低層の建造物たちの移ろいはそれに合わせて加速していくのに、何となく目が行った。邪魔で不快な思考は、あの屋根に摩り下ろされていくのだ、なんてことを考えながら。


だから、曲がったカーブの先にフライヤ・イクスビーがいたことに心底驚いた。


「…っ!? フライヤさま!!」


声をかけると、フライヤはこちらを向いて、エコーズの姿をみとめると手を振ってきた。それだけで嬉しくて、ついに駆け足になる。が、彼の対面に巨鳥がいるのがすぐに分かったので、すぐに勢いを制した。おかげで、2人の近くに来るころには「楽士らしい」立ち居振る舞いになっていた。


「ごきげんよう、フライヤさま、霊鳥(ピクト)ミラー。長旅、お疲れ様でした」


ミラーと呼ばれた巨大な鷹は、翼を胸元に当てて軽く会釈した。


「やぁごきげんよう、楽士エコーズ。…いいレディになったからって、そんなに畏まるなよ?」


嘴だというのに、「ニヤけている」ことがはっきりと感ぜられる。エコーズは少し姿勢を楽にすると、「もうっ」とミラーに負けず劣らず口を尖らせた。


「そういう訳には参りませんわ。ピクトはこの街にとって大切で偉大な存在です。例えミラーおじさまと言えども」


「言えどもっておまえなぁ~」


「誇っていいと思うよ、ミラー。エコーズにここまで言わせる人も霊獣も、滅多にいるもんじゃ無いさ」


そして、3人は笑いあう。このミラーという霊鳥は兄弟の中で2番目に若く、歴史的にイクスビー家と関わりが深い。フライヤとエコーズは赤ん坊のころからの付き合いだった。恐らくこの街で誰よりも、何よりも、このふたりの若人に詳しかった。


「それよりエコーズ、お前さん急ぎだったんじゃないのか。えらく早歩きだったようだが?」


「ああ…見てらっしゃいましたの?」


なんだか自分でも、歯切れが悪くなるのを感じざるを得なかったエコーズは、精一杯なんでもないように振舞おうとする。この道を、何を考えて歩いて来たかなんて、どれだけ親しかろうと、この場で言える訳が無かった。ありがたいことにミラーには、気にする素振りは一切ない。


「空からな。俺たちも今戻ってきたところさ」


「正門から入るべきだと僕は言ったんだけどね。霊鳥レンズに話は通してるし、早くウチで休みたいと」


「やりたい放題ですわね」


呆れかえっているフライヤに同調するエコーズ。ミラーはわざとらしく大きな翼を広げて、見せびらかした。


「翼を持って産まれるってのはそういうことだぜ。どこまでも自由に、どこまでも奔放に、さ」


「何を仰るんだか。…ちょっと、早く、家に帰ろうという気分だっただけですわ」


それだけ言ってみると、どこか自分の行動も好き勝手は十分にしているような気がする。しかしながら、この不自由さは何だろうか? 自分の心には今、何がぶら下がっているのだろうか、絡まっているのだろうか? 答えを求めるために、ぎこちない口を、声帯を、恐る恐る動かしてみた。


「あの、フライヤさま? 霊鳥祭の当日は、街にいらっしゃいますの?」


「いや、またすぐに出るよ。今年はおじいさまもいないから、せめて僕だけでもパレードに出てくれって、コンサートマスターにせがまれてさ」


「そうですか……」


ひ弱な力で伸ばした腕は、やはり目当てのところに届かなかった。

文字通りにも、フライヤ・イクスビーは忙しなく、世界中を飛び回る。ヴォイスに仕える者の使命として。それは自分も楽士であるし、志は同じはずだったが、この男の信心と責任感と、それによって積みあがった求心力は、ひとりの女の子が手中に収めるにはあまりに大きすぎた。


得られた解は寂しいものだが、「問1」は、解けた。

それで、ひとまずいいや。そうエコーズは思った。


「どうか、お気をつけて。それでは失礼いたしますわ」


カーテシーをして、綺麗にショートマントを翻しながら、再びギーガー邸を目指した。

その背にフライヤとミラーの視線が付いているであろうことは、少し、考えたく無かった。




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