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夏 1節

 カルナバルの夏は涼しい。だから、楽士の夏服も長袖が採用されている。それでも王国出身のフレディからすると薄ら寒いような気がしていた。


 先の楽士団総合演武会(ダンザ・デラ・スパーダ)の後、ワンダ・フレデリカの日常には一つの大きな変化があった。それは、エコーズ・ギーガーとの関係だ。総演会での死闘の末に、相棒たる(ヴィオラ)を破損させてしまったことを詫びたフレディを、エコーズは力強く抱きしめながら健闘を讃え、そして慰めた。それからというもの、二人の間には友情が生まれ、今やお互いを名前で呼び合う仲だ。このことについてウェイドに自慢してやると、彼は「ちぇ、いいよ。ボクはボクのペースでやるからさ」なんて返してきた。どうやら「エコーズと友達になろう計画」の進展における自己評価は相当低いらしい。楽士団の誰よりも一緒にいる時間が長いだろうに。


 それから、折れた剣の代わりに、今のフレディの腰には二刀一対のヴィオラ、「高音の双剣(ソプラノ・スパーダ)」が下げられている。総演会の直後に、エコーズと共に彼女の父に直接挨拶へ向かい、お願いをして預からせて貰ったものだ。細身の刀身には責任という重さが乗り、手にしっかりと食い込み馴染む。

かつてはゼン・クロークも愛用したという逸品を新しい相棒に、フレディは今日も楽士の職務に励んでいた。


 「ただ、アレからシャウト先輩がめっちゃイジってくるんでさぁ。「準優勝者サマ、お荷物お持ちしましょうかァ〜?」つって。まったく、いつ楽士長に言いつけてやろうかって……」


ランチタイムの楽士舎のテラスで、フレディが愚痴をこぼす相手はエコーズだ。二人とも実戦部隊(アルト)の所属であるため、勤務シフトが被る事は珍しく無い。お互いに時間が合えば、昼食も共にしている。


だが、どうやらその話し相手は意識を遠くに飛ばしているらしいと気がついた。木漏れ日を受けて輝く綺麗なルビーの向いた先を辿っていくと、そこそこ離れた建屋の側に、男性が二人話し込んでいるのが見える。片方は誰だか知った事じゃ無かったが、もう一人はすぐに分かる。ウェイド・ビーツだ。


 彼は革張りのファイル(楽士間で命令などの重要書類をやり取りする際に用いる物だ)を受け取ると中身を改め、その内容について説明を受けているようだった。もうすぐカルナバルでは大きなイベントが行われるため、ウェイドの所属する「市内警備(ソプラノ)」はてんやわんやの大忙しと聞いている。おおかた、それに纏わることだろうとフレディは思った。


彼女からしてみれば「へー、やっぱ忙しそうっスね」でとっとと飯に戻る程度の光景だが、エコーズは本当に釘付けになってしまったようにそれを見ている。あんまりに長いので、見かねたフレディは声をかけた。


「エコーズ〜?」


「!?」


ちょっとおめめをパッチリさせて、彼女はこちらへ振り向いた。「ああ失礼、なんだったかしら?」なんて言いながら、サイドの豊かな縦ロールを弄る。いくらなんでも分かりやす過ぎる。


「いい加減認めちまったらどうです? 好きなんでしょう、ウェイドのコト?」


エコーズは黙り込む。眉と口が、困った風に波打つ。そして、目を伏せながら喋り出す。


「…いいえ、フレディ。ワタクシはフライヤさまからウェイドのことを任されているのよ。ワタクシには、責任があるの。特別な人からの期待が。だから、目を離してないだけ」


こんなに自信の無さそうなエコーズの声は初めて聴いたかも知れない。まるで自分に言い聞かせるような言葉でコレなんだから、内心はもっと揺れていることは想像に難くない。あるいは……。


(いや、まさかそんな、由緒正しい家柄つったって限度が……)


フレディは己の内に浮かんだ考えを、とりあえず風呂敷に巻いて脳の戸棚に置いておくことにした。あまりに友人に対して失礼な予想が、今後この生娘(おかた)と会話するたびに過ってくるなんて御免被りたかった。


 第二章、夏。これは夏祭りにかこつけて始まる、ふたりの朴念仁の物語である。





 「パレードの警備、ですか、ボクも?」


ウェイドは上司から受け取ったファイルの中を見て、思わず聞き返してしまった。「そうだ」と上司は答え、説明を続ける。


「本当はライタイ管轄だけでやるって話だったろう? だけど、観光庁から来た、今年の来場者数の試算を見て管理官が青ざめたらしい。おかげでレフタイ管轄からも人を出すことになったんだ」


「そりゃあまた…了解しました。しっかりこなして見せます」


ウェイドが楽士章に手を当てると、上司も同じようにして返礼した。


「せっかく霊鳥(ピクト)たちを間近で見られるチャンスだ。いい一日になると思うぜ。じゃあな」


言い残して、上司は建屋の方へ引き返して行った。ウェイドもファイルを閉じて胸に抱えると、鍛錬のためギーガー邸を目指して歩き始めた。


 彼らをこうまで浮き足立たせるイベントとは、3年に一度カルナバルで行われる霊鳥祭(ピクト・フェス)のことである。


音楽を司るヴォイス、その弟にして文学を司るノーブルを擁するこの街にはもう一つ、「視覚芸術」を司る存在がいる。それが八羽の巨鳥、ピクトたちだ。彼らは普段、世界中を旅しているが、3年ごとに生まれ故郷のカルナバルに集まり自分たちが見てきたものについて語らうのだ。その場こそが霊鳥祭で、トークセッションの日には多くの芸術家が聴衆として訪れ、インスピレーションを得ようと夢中になる。


 ウェイドがカルナバルで暮らして初めて経験する霊鳥祭となるが、ピクトと共にフライヤ・イクスビーも久々にカルナバルへ戻るとの知らせが入っており、むしろそっちの方が楽しみかもと思う程だった。なにしろフレディとの特訓を見にきたときから、またずっと国外に出ていたのだから。


毎度毎度、報告したいことは山のように増えていく一方で、それを伝えるだけで彼の時間を使い果たしてしまいそうになる。フライヤ以外と付き合いの増えている証左であるので彼自信はすごく喜んでくれるが、ウェイドとしては少し寂しく感じるところでもあった。


(そういえば……)


 今、自分の向かっているギーガー邸のご令嬢であるところの、エコーズ・ギーガー。彼女もフライヤとの付き合いは長いはずだが、ずっとこんな思いだったのだろうか?

そこから、さらに構ってもらう時間を奪ったボクのことは、さぞかし気に入らなかったろうな、と、エコーズとの初対面の頃を思い出して、苦笑いした。気性はともかく、彼女は見た目も整っているし、賢いし、家柄的にもイクスビー家と見劣りしない。そんな子がめちゃくちゃ言い寄って来ていたら、ボクだったらその気になってしまうよなぁと考えるが、フライヤはのらりくらりするばっかりで、あまり興味が無さそうに見えるのは、ちょっと不思議だ。


(もしかしてフライヤには、別に興味のある子がいるんだろうか…?)


しばらく色んな人の顔を思い浮かべるが、どれも該当しなさそうだ。そもそも、フライヤを惹きつけるような女性が、普段のウェイドの行動範囲にいるのかという疑問もあったが。かのゼン・クロークのフィアンセ、ホーミィ・ハートのように、外郭地域(アウティーヤ)で暮らしているような人なのではないだろうか。


 ホーミィといえば、彼女曰く、霊鳥祭の夜には大聖堂でダンスパーティも催されるらしい。このタイミングでフライヤが帰って来て、彼の気に入りそうな女性はきっとアウティーヤに住んでいて…。


(つまり、ダンスパーティに行けば、フライヤの新たな一面が見れるかも知れない?)


 初夏の陽気が、論理の飛躍をもたらした。もはや陰謀論であった。しかしながら、こんな物にでも乗っかっておかなければならない理由もあった。何しろウェイドは、例の「ボールルーム・ダンスの指南をさせて欲しい」というホーミィの申し出を保留していたのだ。


総演会のあと、実際にゼンの家で食事を振る舞われ、もてなされた以上、この提案だけから逃げ続けるのは失礼かもとは思いつつ、中々その気になれなかったウェイドは、一つこれを、自分の中のきっかけにしようと思った。もしくは、思い込もうとしているのだった。


(気が変わらない内に、逃げ道を塞いじまおう。ギーガー邸に着いたら伝声鳥(レックトゥー)を借りなきゃな)


ウェイドは少し口を開いて空気を取り込むと、石畳を礫が跳ねるように駆けていった。

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