春 12節
フレディがアリーナの選手入場口へと戻ると、既にウェイドたちが待っていた。みんなに色々伝えたいことはあったが、まずは、最初に謝らなければならないと思う人がいた。
「姫様……」
少し、声が震えるのが自覚できた。今、自分の右手には響きの刀剣の柄が握られていて、左手にはその刃先を持っている。これは、エコーズの家で製作され、エコーズが一振り一振り大事に想っている刀剣だったのだ。それを、激戦の中でとはいえ、破損させてしまった。機能を失い、輝きを無くしていく音鋼は、本当に剣が死んでいくようで、胸が痛い。
エコーズが歩み寄る。せっかく自分の前まで来てくれたのに、フレディは彼女の顔を見れず、ずっと、自分の相棒の亡骸を見ていた。
「すみません…ヴィオラ、折っちまいました。アタシが、至らねぇばっかりに……」
普段のフレディからは考えられないような小さく、絞り出すような声。その返答にエコーズは、両腕を彼女の背中に回して、力一杯引き寄せた。フレディの鼻腔に、薔薇の香が訪ねてきたかと思えば、顔が、身体が、温もりと柔らかさに包まれた。
「…え?」
「貴女も、その子も、本当によく頑張りましたわ。二人で限界に挑んだからこそ、勇者に肉薄できたんだもの……」
「姫様……」
胸の中から、順番に、目頭へ向かって、何かが緩んでくような感覚に気がついたときには、フレディはぼろぼろと涙を流していた。特訓に明け暮れた思い出、勇者に迫った興奮、剣を失った悲しみが、混ざり合うとも違う、ぶつかり合いながら出口を争うように去来して、いよいよ止まらなくなった。
「アタシ…悔しいです、申し訳無ェんです、姫様ァ!」
わんわんと泣き続けるフレディを優しく抱きしめながら、エコーズはその背中を摩った。
「大丈夫よ。貴女と一緒に戦えて、貴女に、十全に力を引き出して貰えて…その子は、きっと報われた。だから、きっと大丈夫。これからもっと強くなる貴女の、側に居てくれる」
「はい…エコーズぅ……」
やり取りを後ろで見ていたウェイドたちは、お互いに顔を見合わせると、少しだけ頷いてその場を離れた。会場のメインゲートを目指して歩いていると、ちょうどゼン・クロークと出くわすことができた。
「いよぉ〜お、勇者殿ぉ〜。相変わらず強いねぇお前ェ〜」
最初に声を掛けたのはサマルだった。勇者はこちらを向くと、少し眉根を寄せた。
「誰かと思えば、勝ち逃げした方の剃刀女じゃあないか。すっかり教育者ぶりおってからに」
先ほどとは打って変わったようなフランクな口調に、ウェイドとクロウは面食らった。
「そういうお前さんはイヤミ言うのを覚えたってぇワケかい? けっ、シティボーイぶりやがってよぉ」
サマルは両の手のひらを上に向け、首を左右に振って見せた。いちいち行動がシットコムめいた人だとウェイドは思っている。
「…まぁ、後進の育成が順調なのは喜ばしいことだ。流派のしがらみさえなければ、是非とも楽士ウェイドとも、一手願いたいものだな?」
急に自分に矛先が向いたので、ウェイドは少し飛び上がった。こいつも大概、リアクションが過剰なんだと、クロウが呆れた目で見ている。
「ボクなんかはまだダメダメですよ。今日の大会を見て、改めて修練に励みたいと思いました。…それが、模倣不可能な技巧使いの責任である、とも」
聞いて、ゼンは深く頷いた。
「成る程、いい弟子を持ったな、サマル?」
「でっしょぉ〜? あげないよっ」
ゼンとサマルが不敵に笑い合う。これが、かつて鎬を削り合ったライバル同士の友情であるらしい。そこへ、カツカツカツと、高いヒールの駆け足が聞こえてきた。
「ゼン〜! 何処にいらっしゃるの〜!?」
どことなく聞き覚えがあるようにウェイドは感じた。声と足音の出所を見ると、武を競い合う場には酷く不釣り合いな、しかしながら、それ単体は極めて華やかなドレス姿の貴婦人がこちらへ駆けてくる。
「ホーミィ、こっちだ!」
「ハートさん、ご無沙汰だねぇ!」
ホーミィ・ハート。
その名前を聞いて、ウェイドの記憶の引き出しが飛び出てきた。
「あぁ!? この間のダンスの先生!?」
そう、いつぞや(春 3節)階段から落ちそうなところをウェイドが助けた、アウティーヤの貴婦人、ホーミィ・ハートだ。彼女はゼンの元まで来るや否や、その広々とした彼の胸に飛び込んだ。ゼンもまた、彼女を受け止めると、その場で軽やかに一回転してみせた。
「ごきげんよう皆様〜! …あら、楽士ウェイド、あなたもいらしてたのね!」
「あり、面識あったん?」
サマルがこっちへ振り向く。「まぁ、はい」とウェイドが答えると、クロウが肘で脇腹をつっついてきた。
「…ウェイド、どちらさんじゃあ?」
「ホーミィさん。ダンスの先生なんだってさ」
「んで、ゼンの婚約者さんだよ」
「「ええ!!?」」
新人楽士二人仲良く、驚愕の声を上げる。
まさか、カルナバルいちの武人の婚約者が、こんなにも朗らかな人だったとは。おまけにウェイドは、このお嬢さんがおっちょこちょいであることも知っているので尚のこと驚いた。
「ゼン、ウェイドさんにはね、この間レフタイですっ転びかけたところを助けていただいたのよ」
「何、また俺の見ていないところで走ったのかい? まったく危なっかしいやつめ。…楽士ウェイド、危機を救ってくれて、本当にありがとう」
深々と頭を下げるゼンに「大袈裟ですよ」と声を掛けたいところだったが、そうでもなさそうなのは分かる気もしたので、苦笑いしかできなかった。
「お礼と言ってはなんだが、皆で食事でもどうだろう? 楽士ワンダたちもお誘いしてさ」
勇者はホーミィと、ウェイドたちの顔を見て聞く。彼らが返答を返すより早く、ホーミィが「まぁ!」と手を合わせて跳ねた。
「素敵よゼン! ぜひそうしましょう! 私からもお礼に、ウェイドさん、あなたにダンスをお教えさせて頂戴!」
へぇ!?と間抜けな声を上げる。本日何度目かも分からない。「ボクが、ダンスですかぁ?」と聞くと、ホーミィはキラキラの目で「だってぇ」と続ける。
「もうすぐ夏の霊鳥祭があるでしょう? それまでに踊れるようになったら、きっとアウティーヤ中から注目の的になれるわ!」
訳のわからないが押し寄せて、ウェイドは目でクロウに助けを求める。しかし、クロウも似たような顔をしているのを見て諦めざるを得ず、ありがたい申し出には「はい、よろしくお願いします」と答える他無かった。
ウェイド・ビーツの周辺は、まだもう少し騒がしいらしかった。
2章 春 完。




