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春 11節

 彗星のごとく現れた新人楽士の活躍に、ラシック・アリーナは異様な盛り上がりを見せていた。シャウトの後にも、数多の先輩楽士を下しながらフレディはトーナメントの頂を目指す。一方のゼンも、難なく諸戦を制し、かくして2人は決勝の舞台でぶつかることとなる。


そうなることを信じ、期待していたウェイド達も、いざ時がくると浮き足立ち、各々顔を見合わせた。一方、控室のフレディはこの上なく冷静だった。連戦によって高ぶる神経を抑えるべく、深く息を吸って、吐いた。横隔膜の収縮に伴って、少しだけ肩の痛むような感覚がある。どうもやはり、剣の重みに身体が負けているらしい。だが、次の一戦に挑む上で問題は無いだろうと踏んでいる。


「なぁに、そんなに気負うコトも無ェでしょう…。出来る事、キチンと出し切るまででさァ」


自分に言い聞かせ、腰に下げた(ヴィオラ)の柄頭をポンポンと叩く。フィールド側の出口から楽士に声をかけられ、「はい」とだけ応答したフレディは精悍な表情で最後の試合へと向かった。


 フィールドの上を照らす太陽は、正午を回って少し傾いた。そんな些細なことも気になってしょうがない。ありとあらゆる物が戦いを左右する要素となり、それをどれだけ活かせるかが勝敗を分ける。この1日で徹底的に叩き込まれた教訓は、勇者の前に立つときの強力な支えになってくれていた。一方勇者は腰の発電機からどうどうと音を轟かせながら、挑戦者を心底嬉しそうに出迎えた。


「まずはお互いに約束を果たせたこと、嬉しく思う。楽士ワンダ」


「勇者ゼン…ようやく"お会いできやしたね"。ここまでブッ通しで戦ってきて、スタミナとか色々、心配ごとはありやしたが……」


フレディは数メートル先のゼンの両目をしっかりと見据える。若干見上げるような格好にはなっているが、彼にとっては、まるで豊かな平野から山のてっぺん目掛けて、闘争心が逆流のように押し寄せるように感ぜられた。


「今、めちゃくちゃ元気でさぁ。覚悟しててくだせぇ」


不敵に笑う挑戦者。ゼンはいよいよ、自分の眉と口角が、どう誤魔化しようも無いほどに吊り上がってゆくのを自覚するしかなかった。発電機のエンジンと心臓の拍動が同期しそうなほどワクワクする。


「そのようだな。だが、俺とて負けず嫌いなのさ…必死に、かつ全力以上を振り絞り、其方と戦う事を誓おう」


お互いのボルテージが高まり、客席のウェイドからは夥しい殺気の塊が押し合いへし合いしているように見えた。そこに、コート中央の審判が試合を始めるべく右手を差し出し遮るが、彼の表情は強張っていた。


 選手は各々所定の位置に立つ。

そして、ついにシューティングホルンが鳴った。


フレディが抜刀しつつ走り出す。その剣先は地面を少し擦っており、刀身がほのかに青い光を帯び始める。


一方ゼンは得物たる「電音双剣(スパーダ・エレットリカ)」を引き抜くや否や、即座に刃を交差させ、フレディのいる所へ振り開いた。初戦で見せた電気を帯びた衝撃波に加え、赤い閃光(おそらく電撃だ!)が幾条も走る。フレディは、自分に当たりそうな電撃だけを、自らの剣に貯めた僅かな低音の響きでいなし、衝撃波には思い切り剣の腹を叩きつけて相殺した。その(さま)にゼンは目を見開き、横に広がりきった口の中では舌が踊っていた。おおよそ、勇者のする顔では無かった。


 「なるほどね、ヴィオラで騎士のアクトを……」


顎を撫ぜながら、サマルが呟いた。

元々、フレディの動きには、彼女の地元における武官「騎士」たちの技が取り入れられていたが、それでも使用しているのはヴィオラ・ダ・スパーダ。響きを貯めることで真価を発揮するこの刀剣は速攻性に劣るという特徴を持つ故に、全てを落とし込めたわけでは無かった。それを彼女は今、力任せにヴィオラを振ることによって無理矢理解決したのだ。


当然、身体には大きな負担がかかる。だがしかし、目の前の「強敵」には、持てる全てを使い尽くさねば、勝つのはおろか、近づくことすらままならない。


 (そう、この新人は…本気で俺に勝ちに来ている!!!!)


ウェルカムドリンクを飲み干されてしまったゼンは、両手の剣をそれぞれ一回転させると、刃同士を撫ぜるようにカチ合わせた。エレキギターの弦を擦ったような音を鳴らし、たちまち刀身を真っ赤に染め上げる。そして剣を水平に構えると、身体に捻りを効かせ振り抜いた。刃先から飛沫のように、人ひとり行動不能にしてしまう程の電気を帯びた光球が二つ駆けてゆく!!


(アイツは"受けられない"、だったらァ!)


フレディは口をぱっと開いて、肺に霊気を送り入れる。足の裏へと意識を向けると、胸から爪先にかけて微かに火照るような感覚がする。それは霊気が筋肉に刺激とエネルギーを与え、準備を完了したことの証しだ。


「だらっしゃア!!!」


掛け声と共にフレディが跳躍し、頭の上に剣を振りかぶる。最初の光球は彼女の足の下ギリギリを通り抜け、次が胴体を目掛けて迫る。そこへ、薪を割るかのように刃を振り下ろした!!


爆発と見紛う強烈な放電が起き、観客は一瞬目を閉じた。そして、目を開けると黒焦げになったフレディがいるのでは無いか…と不安がったが、全くの見当違い、杞憂であった。彼女は華麗に着地を決めたばかりか、そのヴィオラは真紅に輝いている!!


 「どぉ〜いうこっちゃあ!!?」


クロウが、顎が外れんばかりの勢いで叫ぶ。ウェイドにも何が起こっているやらさっぱりだ。そこへサマルが、コートから一切目を離さないまま説明する。


「騎士のアクトは、高速で打ち込むことで刃の周りの霊気を圧縮しているんだ。それが防護膜になって電気からフレディを守り、そして……」


「あれだけの霊気の塊に打ち込んだ音鋼(ハーモナイト)が、一気に高音の響きを獲得したのですわ…ですが、あのままでは……」


続けたエコーズが、不意に立ち上がった。両手は胸の前で硬く組まれており、少し白んでいる。大きなルビーのごとき双眸はフレディを、そして彼女と共に戦うヴィオラを捉え、いつもよりも明るさを落としていた。


 光球を捌き、攻勢の準備を整えたフレディは一気にゼンへと距離を詰める。一方ゼンは腰を落として剣を構え、迎え打つ姿勢を取る。

フレディが息継ぎをして、踏み出した右足に力を込める。直後、地面にくっきり足跡の残るほど強烈な踏み込みから一気に加速し、勇者へと襲いかかる。弾丸と化した彼女の突きを片方の剣で防ぎ、もう片方で斬りかかるが、フレディは刀身を滑らせてそれを弾く。そしてやはり自由になった方の剣を振るが、それはダッキングで回避され死角へ回り込まれる。


死角、とは言うものの、周辺の霊気を半ば支配しているゼンには見えなくても感知できている。背後から打ち込まれた一撃を容易く防御すると、振り返りざまに打ち込み返すが、そこにはもうフレディが居ない。今度は右脇腹へ迫る気配へ向けて刀身を"置き"、手ごたえを感じたら、すぐさまもう一太刀で挟み、動きを抑え込んだ。正面には、瞳をギラギラと輝かせ、次の手をどうしてやろうかと思考をフル回転させるワンダ・フレデリカの姿があった。


「ククク…そうだ、ようやく"会えた"な…好敵手(かみそりおんな)ァ!!!」


フレディのヴィオラを押しやり、打ち上げる。そのとき、自らの剣も擦り合わせることで、衝撃波を伴う大音量が炸裂した。彼女は咄嗟に身体を捩らせ、刀身に蓄積した響きの力でもって衝撃を相殺する。これにより、剣が帯びる紅は幾分か控えめなものになってしまった。


(攻勢に回らせたらヤバい、やるなら今か!!)


フレディは右手を背後に隠し、左手の二本指を眼前に突き出す。手首を軽やかに回転させ、一気に正面へ振り抜いた。


三連斬符(トリプレット・タリアーレ)!!!」


ほぼ同時に発射される、三つの斬撃。ウェイド相手に放ったときよりも至近であったにも関わらず、勇者は見事に打ち消し尽くす。だが、既に背後を取ったフレディの刃が、その身に迫っていた。


しかし、勇者は信じがたい速度で身体を反転させると、カウンターに斬撃を繰り出した。二つのヴィオラが正面からぶつかり合い、これまでに聴いたことのない不協和音を響かせる。


(対応されるとこまでは織り込み済みでさぁ、このまま押し続ければァッ!)


フレディが柄に力をかけて、ゼンの体勢を崩さんとする。するとピキン、と、初めて聴く音がした。


続いて、ミシミシ。

そして、ジャリ。

音鋼は、途端に色褪せていく。

魂が抜けていくように、大事なものが、零れていくように。


ゼンが刃を押し返すと、煌びやかな小石のような物が散っていくのが見えた。

フレディのヴィオラ・ダ・スパーダのかけらだと、気がつくのに少しだけ時間がかかった。


ゼン・クロークの肘が伸びる。

フレディの目の前で、ヴィオラは真っ二つに折れた。

激しく、ともすればグロテスクにも思える光景なのに、響く音は、ウィンドチャイムのように涼やかで、高らかで。


やがて、背景はゼンからパンナップして、青空になる。

横からの日差しが、砕け散る礫を一層煌めかせた。


思わず、持ち手から離れていってしまった剣先に手を伸ばす。しかし、それは遠ざかるばかりだった。遠ざかっているのは、フレディ自身だった。まもなく彼女は、背中から地面に落ちた。


 右手を突き出したまま、フレディは天を仰いだ。何が起きたかはちゃんと分かっている。分かってはいるが、分かりたくない。そんな気持ちにも、喇叭(らっぱ)の合図はキチンと線を引いていった。審判がなにか喚いてるのが聞こえて、もう認めるしか無かった。「ああ、自分は負けたのだ」と。


まるで血が通わなくなったみたいに、急に力が抜けて、右腕がくにゃりと倒れた。

肩が痛い。…いや、よく考えると全身が痛い。頭も少しクラクラする。受け身を取り損ねているんだろうか。


なんだか思考が忙しなく脳を駆け巡っている。きっと細胞たちが梯子を外されて慌てふためいているんだろう。そんなフレディの眼前に、腕が現れた。


どこから生えているんだろう。視線で追う。

根元には勇者が居た。「そりゃ、そうか」と、フレディはぼんやり思った。


 左手を伸ばしてゼンの手を取ると、力強いその腕で上体を起こされた。背中にも腕を添えてもらい、立ち上がらせてもらえた。少しのあいだフレディは俯いていたが、やがて顔を上げると、勇者の笑顔があった。


厳ついような、優しいような。

彼がその表情で送り届けてくれているものは、「激励」と「勇気」であると、フレディは理解した。


「ありがとう、楽士ワンダ。其方の戦いぶり、見事であった。…また来年、其方にがっかりされぬよう、俺も励まねばな」


ライデンの勇者は、まさしく、フレディが憧れたイメージから1ミリもブレず、そして未だなお、彼女より高いところにあった。そのことが分かると同時に、自分は今、そこへ続く一段目に足をかけた、ということも実感した。なんて、なんて高い一段だろう。次の段はどれだけ高いのだろう?

想像もつかない…つかない、が。


「…へへ、ありがとうございやした、勇者ゼン。ますます、目指したくなりゃあした、勇者を」


固い握手は、同じくらい固い約束と、絆の証であった。

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