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春 10節

 戦いの一部始終を間近で"感じた"フレディは震えていた。緊張でも、恐怖でも無く、興奮に。

自身の憧れた勇者ゼン・クロークは、戦いの中で動きこそ少なかったが、決して手を抜いたり、手加減をしてはいないとフレディは見ていた。かつて彼女が目の当たりにしたエキシビションでは、激しい動きも繰り出していたのだから、まずはあの電撃を切り抜けないことには先に進めないんだろうと踏んでいる。


そして、試合後の仕草。

あれこそ、自らに進路を決定せしめた、祖国を代表する英雄としての振る舞いだった。


 気持ちが逸る一方で、別れ間際のゼンの一言もフレディの頭にはきちんと残っていた。「まずは、初戦を勝たねば」ということだ。だから試合に夢中になっていても、背後から運営スタッフに声をかけられて彼女が動揺することは無かった。


「お待たせしています、楽士ワンダ。どうぞ出場口へ」


へい、と答えて、薄暗く細長い通路を後に続く。コートに近づけば近づくほど、外光は強く、歓声はボリュームを増す。あらゆる刺激が肌と、網膜と、鼓膜を程よく圧迫し、少し緊張で固まっていたかも知れない身体を解してくれるようだった。


 そして、通路を抜け切り、荒涼とした戦場へと姿を現したフレディの口角は、不敵に上がっていた。試合のスタート位置に着くと、真正面の対戦相手も同様のようだった。クロウ以上に色の濃い肌と、ドレッドヘアーの印象的な若者は、笑顔で彼女へ語りかける。


「お前も楽しそうじゃんか、フレディ? やっぱ、楽士ゼンってスゲーよな」


「そうっスね、シャウト先輩。あなたも勇者のファンだったとは初耳でしたが」


シャウト、と呼ばれた若い楽士は「まぁな」と言って髪を少し掻き上げた。


「ウチの"オヤジ"もそうだが、どうやら俺の血筋ってのは、強い人を見ると居ても立っても居られなくなっちまうらしい。…フレディ、お前にもめっちゃ期待してんだぜ?」


シャウトは両手の人差し指をフレディへ向けた。それは彼が、話し相手へ言及する際の癖のようなものだった。フレディはお返しとばかりに、手をひらひらさせて振り払うような仕草をすると、「へっ」と笑った。


「口説いてんスかぁ、先輩? また"偉大なるお父上"に怒られますぜ?」


「上等。この世の全ての「強者」が、俺の興味の対象サ」


 そうして、2人は(ケース)と柄に手をかけ、試合開始の合図を待つ。一方観客席では、クロウが驚愕の声を上げていた。


「しゃ、シャウト小隊長ゥ!?? あの御仁もダンザ出とったんか!?」


聞き馴染みの無い名前に、ウェイドは「知り合い?」と聞く。勢いよく振り返ったクロウの顔は分かりづらいが、若干青い気がする。


「知り合いもクソも、フレディとワシの、直接の上司じゃあ。歳はそんなに離れとらんが、滅茶苦茶に強いぞ!」


「なんてったってコズモ楽士長の息子だからねぇ。あの子の同期ん中じゃ、ファースト・アンサンブル入りも夢じゃないくらいの実力だよ」


サマルがなんでも無さそうに口を挟むが、この段になってウェイドにもようやく事の凄さが伝わり、「えぇ!?」と声を上げた。


 楽士団の中にも、ウェイドの所属する市内警備(ソプラノ)、クロウとフレディの所属する実戦部隊(アルト)などの様々な部署(楽科という)があるが、これらの取りまとめを行う集団の長が楽士長である。現在アルトの楽士長を務めるロスト・コズモは、ファースト・アンサンブルの在籍経験こそ無いものの、それに肩を並べるほどの大剣豪と称される楽士で、さらにその息子がシャウト・コズモという訳だ。


 そうこうしてる内に試合開始の合図が鳴る。双方(ヴィオラ)を抜き放ち、フレディは左脚を曲げて大きく一歩踏み出し、剣を持った右腕を引き、左腕を前に出す構えを取る。突き出された左手は人差し指と中指が揃えられ、シャウトから見ればちょうど彼女の顔が隠れて見えづらいようになっている。目線や剣の握り手の情報を隠し、奇襲に秀でるのが、ライデン王国流の剣術の特長だ。


一方のシャウトは、剣を両手で持ち、脚は半歩分くらい前後に開いてどっしりと構えている。剣先(けんせん)は腰のあたりからフレディの方へ、斜め上に向いている。つまりは、ウェイド達が最初に習う楽士の基本の構えだった。そういえば、エコーズもこの構えだっけ、とウェイドは思い出した。


「シャウトは生まれも育ちもカルナバル。ヴィオラの基本を徹底的にコズモ楽士長から叩き込まれてるから、ユニーク・アクト使いだって決して油断できるモンじゃない。ウェイドも、よぉく見ときなね」


そう言うサマルも、フィールドから目を離さない。シャウトの実力の程は彼女も注目しているようだ。


 先に仕掛けたのはフレディだ。予備動作を一切感じさせずに突進が始まっている。予知にも近い能力を持つウェイドとの特訓で、少しでも殺気を悟られまいと努めたことが彼女を成長させていることは明らかだ。


ところが、対峙するシャウトは冷静に、飛んできた刃を弾き返す。2つの音鋼から高音が響き、紅い輝きを放つ。切先を逸らされたフレディは「これが通じないことは織り込み済みだ」とでも言うように軽やかに体勢を整えると、シャウトの背中側に回り込んで再び構える。既に彼は向き直っており、鋭く期待のこもった眼差しを部下へ放っていた。


なるほど、サマルがウェイドに「よく見ておくように」と言ったことの意味は分かる。シャウトはキチンとフレディの動きを見極めた上で自身の行動を選択しているのだ。以前、彼女との特訓中に感じた「能力に頼り切った防御」への危機感を取り払うために、彼から学べることは多そうだ。客席からの距離は遠いが、それを必死に目に焼き付けようと、ウェイドも自然と前のめりになった。


 そうして焦点を合わせたシャウトの口がぱっと開くのがすぐに分かった。急速に肺へ霊気を取り込んだ楽士は、その筋力を強化し、たった一歩から強烈な加速を得る!


身体がバネ仕掛けで出来ているのかと思うほどの速さでフレディに迫った彼は、その勢いのまま一閃を放つ。鍛え上げられた身体から、全くブレの無い、ため息の出るほどに美しい剣戟をフレディは器用に受け流す。そして、彼女の刃の紅い輝きは少しばかり薄れた。音鋼に蓄積された「高音の響き」は点に向かって作用する。振り下ろされた金属塊の衝撃を響きによって緩和したため、刀身がエネルギーを消耗しているのだ。


シャウトは受け流された攻撃を、返す手で次の斬撃へ転換する。次々に繰り返される指揮棒を振るような華麗な技を、フレディは半拍ほど遅れてなんとか捌いていく。


 「あれこそが、カルナバルで生まれた原初の剣術です。ヴォイスへ捧げる儀式として成立した頃のね」


ずっと黙って見ていたエコーズが口を開く。


「今でこそチームでの運用や、諸外国からやってくる楽士の影響で武術としての性格を強めているけれど、本来ヴィオラ・ダ・スパーダは美しさと強さを兼ね備えてこそ、十全の力を引き出せる」


フィールドでは、なおもシャウトが"舞っていた"。

肩や背中に張り詰めた感じは無く、高度にリラックスと収縮をコントロールされた筋肉が効率良く攻撃を繰り出しているようだ。体組織に取り込まれた霊気の消耗は、動きの激しさとは裏腹に緩やかな筈だ。

対して、フレディは霊気の薄い海沿いの生まれで、ただでさえ肺から取り入れることのできるエネルギーが少ない。当然身体への蓄積も少なく、このままでは先に「バテさせられる」ことになるだろう。だが、そんなことは本人が一番良く分かっていた。


 連撃を防ぎ、すっかり紅から青に変わった刀身を、フレディはシャウトの振りにかち合わせるように振り抜いた。コントラバスの弦を鳴らしたような、重厚なハーモニーを伴って、衝撃波を生む。物体の"面"に強く作用する「低音の響き」の力が、シャウトの剣を弾くばかりか、彼の身体を持ち上げた!


「っ、マジかよ!?」


シャウトは自身に降りかかった霊気の脅威を上手く利用し、空中で一回転してバランスを整えようとする。その隙に、フレディは息継ぎをして、彼の着地点へ向かって突進を仕掛ける。当然、ベテランたるシャウトはその一撃を防御するが、ひっくり返した攻勢を、新進気鋭の武人は決して無駄にしない。


刀身の重みを利用して、手首の回転によって苛烈とも言える剣戟の嵐を浴びせる。見る間にフレディの剣は紅く色づき、フィールドの中央には薔薇の花が咲いたようだ。そして、その花弁はさらに大きく開いてゆく。彼女は腕、肩、腰をフルに使って、ヴィオラ・ダ・スパーダを一回転させた。


顫音斬(トリロ・タリアーレ)!!!」


響きのエネルギーを全て放出し、刃の描いた軌跡から次々と衝撃波が飛び出して行く。さながら、斬撃のマシンガンだ。もはやシャウトは防御に手一杯で、それでも反動に耐えきれず、徐々に後ずさっていった。


 ついに、喧しい高音が鳴り止んだころには、シャウトの背中に一筋の、硬い感触があった。そして、少女の荒い息遣い。


「…へへ、まさかこんなに強いとはな。降参だ。あんま飛ばし過ぎんなよ?」


「対ありでさぁ、先輩。ご忠告、痛み入ります」


2人の会話に遅れて、審判がホーンを鳴らす。新人楽士の鮮やかな活躍に、すぐさま会場は沸き上がった。


「すんげぇ、フレディ、勝ちよった!!」


クロウも思わず客席から立ち上がる。ウェイドも続いて、2人で拳をぶつけ合った。エコーズは無反応かと思いきや、安堵した表情でフレディを見つめている。


サマルも、拍手をフィールドへ向けて送る。しかし、その眼差しはいささか厳しさが混ざっていた。


(ありゃあ、"身体が先か、剣が先か"、だな)


元「剃刀女」の心配をよそに、以降の試合でも、フレディとゼンは順調に勝ち進んで行った。その末に、武人たちの"約束の時"を迎えようとしていた……。

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