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春 9節

 ラシック・アリーナの中央のコートでは、たちまち激しい「うた」の応酬が始まった。体格の差、性別、人種、国籍、どれもが勝敗には大きく寄与しない。己の信念が研鑽への原動力となり、楽士自身の特性の理解と、それを有効に活用する術を否が応にも身に付けさせる。故に、この場で行われる試合の勝敗は、終わってみるまで分からない。


 先に鎬を削り合っている選手達を、フレディも緊張の面持ちで見つめる。勝ち進めば、あの中の誰かと当たる可能性もあると思うと、少しでも相手の知識を得ようと目が離せなくなる。


(多少、コッチの体格で油断させられるだろうと思ってましたが、こりゃあ付け入る隙はなさそうですねぇ……。正真正銘、技量のぶつかりあいじゃあねぇっすか)


 もうそろそろ、ガラスと鼻先が引っ付きそうな勢いで窓枠に食いついていたフレディだが、控室のドアがノックされたので急いで振り返った。はい、と返事をすると、楽士が一人入ってきた。普段見慣れない腕章をつけた彼女は、この大会の運営スタッフを担当しているようだ。


「楽士ワンダ、あなたの試合が間も無く始まります。出場ゲートまでご案内いたしますので、こちらへ」


「へいへい、どうも!」


もうそんな時間だったか、といそいそと女性楽士に着いて歩き、先ほど入場のときに並んだゲートまでやってくる。薄暗い空間へ入っていくなり、フレディの喉の奥で小さく高音が鳴った。壁際に設置された長椅子に先に腰掛けていたのは、ライデンの勇者、ゼン・クロークだったのだ。


「ワンダさんの出番は次の次になりますので、楽士ゼンの隣へお座りください」


運営から言われたらしょうがない。強烈なプレッシャーのなか、脛くらいまである水たまりを歩くように、ベンチまで進んで行って、ゆっくりと腰を下ろした。膝、くるぶし、爪先をぴたりと閉じて、腿の上で両手を硬く結び合わせる。なんだか道祖神みたいな格好になったフレディの方へ、ゼンの視線が向いた。


「緑の楽士章…其方(そなた)か、楽士ウェイドの同期というのは?」


まさかそんな風に声をかけられるとは思ってなかったお地蔵様にピシっとヒビが入る。ついでに破片を押し除けて心臓が出て来るんじゃないかとフレディは思った。


「へいい!? そうです、ワンダ・フレデリカであります!!」


「フッ、そう固くなるでない。だが仕方あるまいな。此度の大会、其方の他は皆、ベテランの楽士で心細かろう?」


恐る恐るゼンの顔を見る。色付きグラスの奥の瞳は、想像していたよりずっと穏やかだった。フレディは心の中で小首を傾げた。

そしてふと、「折角だから、どこまで間合いに入れるか試してみよう」と考えた。


「そんなんじゃありゃあせん。私は今日のために、誰にも負けないように準備をして来やした」


ほう、と相槌を返しながら、ゼンの両瞼が微かに動くのを認めた。まだだ、まだ踏み込める。


「楽士ゼン、…いや、勇者ゼン。私は王都の出身で、子供の頃からあなたのファンです。そして私も、勇者になりたいと思ってやす。その為には、あなたに並び立てるか、それ以上に強くならなきゃいけない」


まだ、ゼンの顔に変化はない。フレディの言葉を一つ一つ、聞き手として受け止めている。それはとても光栄なことだった。いちファンとしては。だが、「勇者を目指すワンダ・フレデリカ」は満足していない。


「こんな独り善がりな目的のために、一人じゃなんも出来なかった私に、多くの人が力を貸してくれやした。その人たちに報いるためにも……」


最後の一言を言う前に、フレディは大きく息を吸った。


「ゼン・クローク、あなたに勝って見せます」


 少し、頬が痺れるような気がした。

それが自分の緊張からきているのか、それとも、目の前の武人が表情を変えたからなのか、まだ判別がつかない。

先ほどまでの彼の目は、完全に「営業用」だったらしい。自分より何センチも視線の低い小娘を「対戦相手」と認識した途端、目つきは鋭く、口角は愉快そうに上へ曲がった。ついに、フレディの見たかった顔が出てきたと感じた。


「フフフッ。楽士ワンダ、勇ましいヤツが俺は何より大好きだよ。だがまずはお互い、初戦を勝たねばな」


 そう言うとゼンは立ち上がった。そこへ、運営スタッフの楽士がちょうど入ってきた。まるで彼は、それを事前に感じ取っていたように。


「楽士ゼン、出番です」


「うむ」


ゼンは腰の機械装置から飛び出たリングに指をかけると、それを勢いよく引っ張った。リングからは紐が伸びており、機械装置の内部に繋がっているらしい。一度引っ張っただけでは、少し犬が唸ったくらいの反応しかしていなかったが、二度、三度目で高い引き笑いのような音とともに装置が起動し、「ドッドッドッ」という音が鳴り続けるようになった。


何をしているのかフレディには分からないが、とにかく準備を終えたらしいゼンは彼女へ振り返った。


「また、コートで会おう」


そのまま、スタッフの誘導に従って彼は出て行った。



 再び、会場内に巻き起こった拍手と歓声に、ウェイドは鼓膜が破れるかと思った。ナイア大聖堂が大司祭(タクト)によって繊細に制御できる楽器であるとすれば、ラシック・アリーナは掻き鳴らせばどんな音がするか予測の難しい、危うい楽器のようにも感ぜられる。

しかしながら、この楽器には一つだけ確かなことがある。ボリュームを上げられるのは、武に優れた者のみということだ。


 別に客席から身を乗り出すことも無い。ゼンの試合が始まるのだと言うことは明らかだった。先ほどまでずっと退屈そうにしていたサマルも、目を擦ってあくびをすると、コートへ真っ直ぐに視線を向けていた。


長方形の白線の中へと入ったゼンと、その対戦相手は、お互いに肩の刺繍へ手をあてて一礼すると距離を取り、審判の号令を待つ。


そして、伝令管(シューティングホルン)の音が響いた瞬間に、両者共に(ケース)からヴィオラを引き抜いた。


 エレキギターの弦を撫ぜたような音がすぐさまアリーナ中を伝わる。普通のヴィオラなら、刀身が(ケース)内の響き止めから離れた程度では、こんな音は鳴らない。


こんな威圧を初っ端に喰らって、相手も一瞬動きが止まりかけたのがウェイドにも分かった。が、そこは楽士の中でも剣に励む強者。すぐさま攻勢へ出るべくヴィオラを構え走り出す。真正面から睨む勇者は、2本の刀身を擦り合わせた。たった、それだけの動きなのに、アリーナの中に居る全ての人間に音が視えた。


航空機のエンジンほどの音量がゼンを中心に吹き抜ける。衝撃波は「邪魔だ邪魔だ」と空気を乱暴に押しやり、逃げ出すように震え出すそれらが観衆の頬と鼓膜をバシバシ叩き、皺を作る。そんな痛みの中に、質の違う、便乗犯がいることに気がついた者もいるだろう。その正体とは電気だ。


アリーナの端ですら肌が微かに痺れるなら、中心にいた人間はどれほどの電流を感じているのだろうか。それは防御姿勢のまま吹き飛ばされ、ぎこちなく立ち上がる対戦相手の姿からある程度伝わってきた。だが、その楽士は果敢にも、向かってくることをやめない。彼の闘志が依然、旺盛であることを勇者が認めたとき、今度はウェイドだけが、ゼンの中から湧き上がる膨大な「気」の存在を察知する。


(さっき、屋台の前で感じたヤツ…!?)


フレディについてクロウが口を滑らせた(少なくともウェイドはそう思っている)際、ゼンが少し見せた「清らかな殺気」とでも言えそうな何かが、彼の全身から吹き上がるのを感じた。普段のウェイドにとって、そうした気配は持ち主が何をするか、どこを狙うかをある程度明かしてくれていたが、かの武人から発せられるそれは先ほどの音色のように暴力的で、圧倒的で、広範だった。つまり、意図の分からないまま、ただ気圧されるしかなかったのだ。


 「会場の全ての楽士達よ、カルナバルの血気盛んな人々よ、ご覧あれ、ライデン王家に認められし雷霆の威力を!!」


ゼンは高らかに叫び、右手に構えた(ヴィオラ)を掲げる。物理的な衝撃を受けていないにも関わらず、刀身はひとりでに紅い輝きを増し、その周囲に迸る電流を纏う。そして、彼はそれを対戦相手に向かって振り下ろした。刃の残像はそのまま電気と霊気の入り混じった「破壊エネルギーの塊」を形成し、楽士へ向かって飛んでいく。最後の力を振り絞り、ヴィオラの腹を正面に構え、再び防御体勢を取った彼だったが、受け方を完全に誤ったようだ。というのも、エネルギーは刀身に着弾するや否や、音鋼(ハーモナイト)を伝って電流が持ち主の身体を走り抜けたのだ。


「ぐあああぁ!!!」


これには堪らず、楽士は大きくのけ反ると、その場で膝を着いた。審判が駆けつけ、継戦の意思が無いことを確認すると、ゼンの方へ旗を振った。言うまでもなく、ゼンが勝利したことを示すものだ。会場は、再度湧き上がった。


 間も無く、勇者も対戦相手の方へ歩み寄り、彼の手を取って健闘を讃えた。サマルは両手を頭の後ろに回して、足まで組みながら、その様子を眺めている。ウェイドはふと、彼女の表情が、嬉しさと寂しさの混じったような微妙な雰囲気になっているのに気がついた。


「そっか…アイツも、そこまで行ったかぁ」


見られているとは気がつかないまま(これも、彼女にしては珍しいことだ)、サマルは呟く。言葉の意味も分からずにいると、振り返ったエコーズが手招きするので、耳を近づける。


「今、勇者がやってみせたのは"タクト"の片鱗よ」


「タクトって…役職名の他に、何か意味があるの?」


「楽士にとって究極の模倣不可能な技巧(ユニーク・アクト)と、それを使える楽士団の指揮者(リーダー)、それがタクトです。周囲の、しかも膨大な量の霊気を、自分の制御下に置いて操るの」


霊気を操る。それがこの星において、どれほど現実離れした事か、ウェイドはこの数年でイヤと言うほど思い知らされてきた。それを、どうやら大司祭パーチやゼン・クロークは出来てしまうらしい。


「ファースト・アンサンブルでは楽士ゼンが最も会得に近いとされていたけれど、まさかもう、その領域に踏み込んでいたなんてね。サマル先生も、流石に驚いているんでしょう」


「そういうことか……」


かつてのライバルが更なる飛躍を見せていることに、普段は泰然自若としているサマルも心動かされたようだ。興味深げにそれを眺めるウェイドの横顔を、また、エコーズもなんとなく見つめていることには、やっぱりウェイド本人は気づかなかった。

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