春 7節
風は穏やかにカルナバルを吹き渡り、更に暖かさを抱いたものとなっていた。日によっては少し暑いくらいだ。夏服への切り替えが待ち遠しいとさえ思わされる。ちょうど、十全に身体を動かすには良い季節かも知れない。だからだろうか? 楽士団総合演武会が、この季節に開催されるのは。
街のどこでも、広い場所があれば人が集まり、楽器だの舞踊だののパフォーマンスが始まるカルナバルだが、「劇場」も大小あちこちに存在する。その中でも唯一、剣闘にも耐えうるのがレフタイの西にある屋外施設「ラシック・アリーナ」である。
楽士団の中でも特異な「武」に注目が集まった時代において、当時の楽士団の長、大司祭ラシックの命令で作られた古い建物で、その意図は、領土拡大に意欲的になり始めていた周辺諸国への牽制という目的があったという。これも、ヴォイスがウェイドに語った「積極的な争いの解決」の方法なのかも知れない。
そして今日こそが、アリーナの完成から毎年行われてきた総演会の本番であり、ワンダ・フレデリカの目指してきた大舞台である。ウェイド、サマル、エコーズ、さらにクロウが、会場の前までフレディを見送りに来た。
各々励ましの言葉をかけ、その全てに威勢よく応えると、彼女は選手控え室へ駆けていった。
背中がやがて人混みに紛れてしまうのを見届けると、4人は観客席の方へ向かったが、途中でウェイドは強烈な甘い香りに気がついた。出所を辿ると、一般客向けの屋台がいくつか並んでいる中に、「チュロス揚げたて」の"のぼり"を見つけた。思わず目が釘付けになっていると、背中を小突かれた。下に目をやるとクロウもニヤケ顔で、親指で屋台を指していた。ウェイドは一つ頷くと、前を歩いていたサマルとエコーズに声をかけ、その魅惑のスナックを買い求めてから席に向かう旨を伝えた。エコーズは心底呆れ顔になったが、サマルはノリノリで「私の分もお願いね!」と言って2人で先に行った。
一般の観客に混じって行列に並んでいると、にわかに周囲がざわつき出した。その様子になんとなく肌の痺れるような空気を感じたウェイドは、正確にその発生源に首を向けることが出来た。
先ほど彼らも通って来た入場口から、白いロングコート姿の大男が姿を現したのだ。波打った長髪に、赤い色付きグラスをしており、腰には二振りのヴィオラ鞘と、背中側にカルナバルではあまり馴染みの無い機械装置を装着している。最早、ここまで独特な雰囲気を持つ人物が誰であるかは馬鹿でもわかる。
(勇者、ゼン・クローク!!)
ゼンの歩く先からは自然と人が引いていく。楽士団で一番の武人への畏れがそうさせるのか、彼はゆうゆうと目的地へと足を進める。そして、そこへ辿り着くと、ピタリと停止した。
ウェイド・ビーツの背後に。
え?という顔でクロウがこちらを見てくる。身振り手振りで「お前勇者とも面識あったんか?」と聞いてきたので、「全然無いよ!なんなら話しか聞いたことないから初めて見たよ!」と、動くようになってきた表情筋を駆使して伝える。
「む、其方はウェイド・ビーツか?」
ゼンが話しかけてきて、ウェイドは驚き過ぎて全身がヤマアラシになるかと思う勢いで「はいぃそうです!?」と、叫びに近い返事をした。
「甘い香りにつられて来てみれば、重低音の剣の後継者と、かように早く逢えるとは。ゼン・クロークだ」
「こ、こちらこそ、ライデンの勇者とお会いできて光栄です」
差し出された手を取り、握手を交わす。ウェイド自身そんなに体格が良いわけでは無いとはいえ、ゼンの手は恐ろしくなるくらい大きい。
「其方も試合をご覧じられるということは、サマルの意向かな? 彼奴にもよろしく言っておいてくれるだろうか」
「ええ、そりゃもう。でも、今日ボクらがここへ来たのは同期の応援ですよ」
「サマル先生も一枚噛んでる期待の新人じゃあ。勇者様と戦いとうてしゃあない言うてのう!」
「ほう……」
サングラスの後ろの双瞼が、研いだように鋭さを増す。そこからウェイドの感じる雰囲気は、精油のように清らかだが確実に殺気だった。相手が楽士でなかったらバックラーに手が伸びそうな緊張感を前に、もしかしてクロウは余計な事を吹き込んだんじゃなかろうかという気すらしてくる。
「それは…非常に楽しみだ。"剃刀女"の再来だと良いが」
それから3人は各々、自分の番がくるまでチュロス屋台に並び続けたが、ウェイドとクロウは一言も発せなかった。これ以上刺激したら、この楽士らしからぬ武人のヒートアップに一役買ってしまいそうだ。そうして全員分を購入し終えたら、そそくさと観客席へと向かったのだった。




