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春 5節

 ワンダ・フレデリカはシュライン・フォレスト共和国の隣国、ライデン・メタロギー連合王国の首都、ガルバニアで産まれた。一族代々が漁業で生活をしていたが、ここ百年ほどで急激に発達した重工業の影響で沿岸の汚染は著しく、魚が獲れなくなっており生活はとても厳しかった。ガルバニアの空気の悪さと、無理して働いたことがたたり両親は早逝し、以来、祖母の家に身を寄せた。

家の仕事を手伝いあまり学校にも行けなかった彼女の趣味であり特技は、喧嘩だった。いつも傷だらけなワンダを心配した祖母は頭を捻り、少ない稼ぎからなんとか費用を出して彼女を剣術道場へと通わせた。そして、たちまち才能を開花させ、上級生達を押しやって道場で一番の腕前となった。当時はまだ、貧困の不満からくる暴力衝動の行き先でしか無かった剣の道。その認識が変わったのは、師範に連れて行かれた王国の御前試合でのことだった。


 ライデンの勇者、ゼン・クローク。彼からその称号を勝ち取らんとした挑戦者は、その圧倒的な力で持ってねじ伏せられていた。ゼンが二振りの(ヴィオラ)を擦り合わせれば、電気信号で増幅された、ギターのような音色がアリーナに響き渡り、赤い稲妻を伴った。あるときは一歩も動くことなく雷撃を自由自在に操り、またあるときは紅の残像だけを残して動き回り、対戦相手に四方八方から斬りかかった。そうして、容赦の無い猛攻を加えて勝利したあとは、膝をついた相手の前で自らも屈み込み、しっかり目線を合わせ、その手をとって対戦の礼を述べた。その一連の所作に気高い誠実さを見出し、いたく感動したワンダは、いつか王国騎士になり、彼と同じ「勇者」の称号を戴くことを夢見た。


 そして2年前、祖母が亡くなった。

ワンダを道場に通わせていたので貯蓄も殆ど無く、働くには剣を諦めなければならなかった。王国騎士団への入団資格は18歳から認められるため、そのとき14歳であったワンダでは試験すら受けられない。しかし、既に彼女の心は決まっていた。そう、ゼンと同じ。楽士でも「勇者」にはなれるのだから。

彼女は残りの資金を全てカルナバルへの移住へ充て、ここからライデンの勇者への挑戦を始めることにしたのだった。



 昼食を終え、再びコートの中でフレディとウェイドは相対した。姿勢を低めて、彼女は越えるべき壁として立ちはだかる友人の所作を細かく観察する。視線、筋肉の動きなど、見れば見るほど、こちらが打ち込む寸前まで目立った変化が認められない。恐らく、攻撃動作が発生してから、何処に何が来るのかを把握できるのだ。これでは不意を突くこと自体が難しい。そもそもこの男は、かつてフレディの見ている前で、王国式剣術のフェイントを捌き切っているのだから、生半可な攻撃は元より通じない。


ならば、と、フレディは攻め手を変えることにした。あえて果敢にウェイドの懐に飛び込み、何度も打ち込む。その度にバックラーと剣が衝突し、それぞれ蒼と紅の輝きを増していく。そして、刀身が十分に「響きを溜めた」と確信したとき、彼女は後方へと飛び退いた。そして、下から上へ向かって、剣を思い切り振り上げた。


「んらっしゃあ!!!」


刃の輝きは薄れ、代わりに剣先の軌道に赤い粒子が瞬いた。それは慣性を受けているかのように、猛スピードでウェイドに迫る。


クロウとのエキシビションでも披露したこの技は、本来はフレディの母国の戦闘集団「騎士」の用いる技巧(アクト)だ。原型では細身の剣を振って衝撃波を発生させるが、フレディはこれをヴィオラ・ダ・スパーダで再現している。ただし、肉体への負担は当然大きく、連発は出来ない。さらにここから彼女は、衝撃波を囮に突進し、ウェイドの感覚を撹乱しようと試みたのだ。


しかし、相手も楽士。そして、同じ音鋼から作られた剣と盾だ。強く、蒼い輝きを帯びたバックラーを瞬時に構えたウェイドは、取手に付いている引き金を引いた。


バネ仕掛けで固定された(マレット)が解放され、バックラーの打面の裏を強く叩く。表面から光が消え、元の黒曜の色が戻ったと思いきや、飛び散った粒子がテューバのような音色を発してウェイドの目の前の大気を乱暴に押しやる。その力は空飛ぶ紅い刃を掻き消し、それを発生させたフレディをも空中へ持ち上げる。


「げぇ!?」


まんまと吹き飛ばされたフレディは背中から床に落下した。受け身はとっているので大事無いが、それなりに手の込んだ必殺技を完膚なきまでにひっくり返され、床をはたいた手の平と同じくらい、心がじんじんするような気がする。


呆然と、格子状に梁の組まれた天井を見ていると、ウェイドが寄ってきたので、上体を起こした。

すると彼は、その場で屈んで、フレディに手を差し出した。


「正直、びっくりした。あんなに早いんだねアレ。サマル先生にもあんまバックラーのカラクリは使うなって言われてんだけどさ、ついやっちゃった」


「…へっ、じゃあ次は、もっと目にモノ見せてやりゃあしょう」


ウェイドの手を取って、力強く立ち上がる。ユニーク・アクト使いとの戦闘を初めて経験するフレディにとって、今の彼は間違いなく強大だった。バックラーも剣も、なんなら体躯さえも、少し大きく見える。しかし、彼女は怯まない。いつでもその背後に、真の目標たるゼン・クロークを見据えているからだ。


「ご期待くだせぇ。この春でもっともヤベぇ女の大躍進でさぁ。アタシのサクセスはこっから始まるんでい!」


いつになくぶっきらぼうな口調だが、きっとこれがフレディの素だ。彼女は今100%で、この訓練に臨んでいると改めて理解したウェイドも、口を引き結んだ。いつものサマルとの打ち合いと違い、既に完成された剣戟が飛んでくる訳では無いし、振り方にも人物の経験や人となりが出てくるらしいことが彼にも分かり始めていた。ゆえに何が来るか予想が付き辛い。先ほどのように完全に自分の能力頼りで、技巧が伴っていない。こんなやり方では、間も無く自分の握っているカードの総数を把握されてしまうだろう。いつになく頭が回り、顔が火照るのを感じる。ガラにもなく闘争心に火がついているのだと、なんとなく自分を俯瞰していて面白くなってくる。


 コートの淵まで戻るとき、側からまたエコーズの視線を感じた。見ると、大きなルビーが2つ、西陽を受けて輝いていた。向こうもウェイドの視線に気づいて、瞼が更に開いた。逆光だろうに、よくもまぁ律儀だと思った。


「その顔」


「?」


何か文句が飛んでくるのかと身構える。


「楽しそうですわね?」


「かもね」


「余裕無いときの方が活き活きしてるんでなくって?」


「ちぇ、手厳しいね」


やっぱりイヤミだったかぁ、なんてウェイドは苦笑いしながら再びフレディへ向き直る。だからその後、エコーズが外へ向かって「それでいいのよ、貴方は」と呟いたのは、フレディだけが見ていた。

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