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第3節

 ウェイドは先程村長が言っていた櫓番、リンジーに話を聞きに行くことにした。彼は今、村の側にある森の近くで、家々を補修するための建材の整理をしているという。


道中、ウェイドはメインストリート沿いの建物をつぶさに観察した。全ての建物の正面に痛々しい破壊の跡があり、特にどれもが屋根を大きく損壊させられているのが目を引いた。ふと、傍の路地から、6人ほどの婦人が、高い声でお喋りをしながら現れた。彼女たちは一様に、萎れた蔦の束の様なものを抱えており、よく見ると道端に散らばる木片の中に同じものが混じっていることに気がつくと、ウェイドはそれをひょいと拾い上げた。


(こりゃあ…レダヴィか)


それは祭りの夜に家々を綺麗に彩っていたであろう植物、レダヴィの残骸であった。人間によって品種改良を施されたこの植物は、日光を実に溜め込み、夜間に色とりどりの光を放つ。それが、今は干からびて黒ずみ、バラバラに千切れてそこら中に落ちている。

ウェイドは、年に一度の祭りで人々が大いに楽しみ、この植物で飾り立てられた大通りではしゃぎ回る様子を思い浮かべた。そして、その風景を破壊し尽くした怪物の行動について考え始めた。

どのように異形は現れ、そしてなぜ暴れ回ったのだろうか?


村長の話によればこの村は、成り立ちこそ山に暮らしていた民族が、霊獣の被害から逃れた末に作り上げたものらしいが、村が出来てから事件の夜まで霊獣の被害を受けたことは一度たりとも無かったという。つまりこの土地の周辺には霊獣の縄張りが無いということになる。そもそも内陸部にしてはクレイバンは霊気が薄く、霊獣は近づきたがらないし、霊気が寄り集まって新たな生物を生み出すことも無い。


そんな土地に降りてくる物好きな怪物…ウェイドは、犯人の正体に大まかな見当を付けつつ、目的地へと再び歩き出した。



リンジー・アリアン氏は復興作業の真っ只中にあった。彼の自宅兼資材置き場にもなっている大きな工房は、普段の業務である薪の生産、調度品や民芸品の組み立てを一切中止し、村の無事だった若者たちが復旧資材の準備に動き回っていた。

早足の屈強な男たちの間をなんとか縫ってきたウェイドに、リンジー氏は帳簿から目を逸らすことなく歓迎した。


「楽士様、よくぞお越しいただいた。極めて無礼なのは分かっているんだが、なにぶん忙しいもので」


「ええ、大丈夫ですよ。村の復興があなた方の仕事であり、事件の原因究明と解決はボクの仕事です。が、ほんの少しでも構いませんので、情報提供にご協力いただけますか?」


「勿論。しかし、何をお話したものか……」


眉根を寄せつつも、赤鉛筆を持つ手は帳簿を走り続けている。これ以上リンジーの思考にノイズを入れるのが申し訳ないと感じたウェイドは、自分から話題を提示することにした。


「ならば襲撃してきたモノについて、特に仕草の面で気になったことなどはありますか?どんな些細なことでも結構です」


「ふむ…私が思うに、アレは光に反応していたように思う」


「光、ですか」


「真っ先に一番大きい光源である櫓火に突っ込んできて、その後、レダヴィで飾られた家々をヤツは狙って踏み潰していったんだ。その証拠に、飾り付けをしていなかった建物は今回被害を受けていない」


リンジーは帳簿をパラパラとめくり、あるページを見開きにしてウェイドに見せた。村の地図が描かれたそれには修理を要する建物に赤い印が付けられており、被害が村のメインストリートに集中していることを示していた。


「なるほど……」


「私で分かることといったら、そのくらいです。長らく村の智恵役を気取ってきたが、あんなものは初めて見た。ゴンまであんなになっちまって……っ!」


リンジーは乱暴に、眼鏡のブリッジを一寸持ち上げた。「失礼」と一言呟いて背を向けた彼が鼻をすするのを見て、ウェイドは目線を外した。そしてその先に、屈強な男たちに混ざって汗を流す女の子の姿をみとめた。

背丈は150センチあるか無いかというところだろう。ショートカット気味の亜麻色の髪は手入れが行き届いており艶やかで、その肌は日頃の活発さを物語るようによく日焼けをしている。そんな健康的な容姿が、逆に彼女の陰鬱な表情を、一層際立たせていた。


「リンジーさん、あのお嬢さんは?」


リンジーは振り返り、女の子の方を見た。そして憐むように、痛みに耐えるように目を伏せた。


「シーナ、村長の一人娘です。」


「あの子が……」


「事件の日からシーナはずっと、村のため、父のためと言って一生懸命作業を手伝ってくれているんです。最初は断ったんですが、手を動かすなりして気を紛らわせないと、今にも押し潰されそうだったもんですから……」


こればっかりはどうしていいか分からないと、すっかり打ちひしがれた様子のリンジー。よく見れば彼の目元には隈ができている。ただでさえ復興作業で忙しいのだ、年頃の娘のケアになんて、到底手が回らないだろう。で、あれば、とウェイドは切り出した。


「リンジーさん、ここから先はボクが預かりましょう。シーナをお借りしますよ。ちょうどさっき、村長からも様子を見てくるよう頼まれまして」


「面目ない」


リンジーが頭を下げる。ウェイドはいえいえ、と音符の刺繍に手を当てて一礼すると、積み上げられた角材の影で座って休んでいるシーナに近づき、声をかけた。


「やぁ、シーナ」


伏せ気味だったまつ毛が持ち上がり、村長夫人譲りの大きな瞳が露わになる。


「ん…誰?」


知らない人に話しかけられた困惑から、眉はハの字のままだ。


「ボクはウェイド。楽士だ」


「がくし…?」


「うん。ボクの仕事は霊獣を鎮めること。今は、この間の化け物を鎮めるために、村のみんなに話を聞いて回ってる」


ウェイドはシーナの前に屈み込んで、視線を合わせる。


「あの日、君が見たことを教えて欲しいんだ。それが、事件解決に大きく役立つかも知れない。君の協力が必要なんだ」


シーナは、再び伏し目がちになると、僅かに両端を下に"たわませた"唇の先を少しだけ動かして、小さく声を出した。


「…できっこない」


「うん?」


「…あんなの、人間にどうにかできる訳ないっ。父さんも他の大人たちも、みんなアイツが暴れるのを見ているしか出来なかったんだ! 人間にはっ…人間なんかには、アイツを怖がることしか、させてもらえないんだ!!」


シーナがずっと胸の奥に閉じ込めてきた恐怖心が、ついに口蓋を押し破って飛び出した。その余波で彼女の目から、どっと涙が溢れ出る。そのまま大声で泣き出したシーナの頭に、ウェイドはそっと右手を置くと、わしわしと撫でた。


「ずっと、君は戦い続けてきたんだね。本当によく頑張った」


左手でシャツの胸ポケットから白いハンカチを取り出すと、ウェイドはそれでシーナの涙を拭った。


「だから、バトンタッチといこう。君はボクに、全部任せてくれればいいからさ」


ウェイドは穏やかに、シーナに微笑んだ。

目を閉じたまま泣き続ける彼女だったが、ふいに、ハンカチを持つウェイドの手を押さえた。


「ひっく…恥ずかしいから、自分でやる……」


「うん」


ウェイドがそっと手を離すと、シーナは自分の顔をハンカチで強く擦った。しわくちゃになった綿の向こうから、再び現れた彼女の顔は、少し赤みがかったが、意志の光を取り戻しつつあるようだった。


「…ほんとうに、アイツに勝てる?」


「そのために来た。やってみせるとも」


ウェイドは初めて、少しだけ語気を強めた。


「なら、わたしの知ってることは全部話す。村のためだったら、なんでもするんだから!」


シーナはハンカチを簡単に畳んだ。


「コレ、ありがとう。洗って返すよ。この近くにきれいな小川があるんだ。そこで話そう?」


「分かった。行こうか」


シーナと共に立ち上がって、工房を出ようと歩き出す。

少し離れてこちらに頭を下げるリンジーに、ウェイドは再度、肩に手を当てて深く礼をした。

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