春 4節
翌日のギーガー氏邸、試奏場(道場)に4人もいるのは珍しいなと、ウェイドは思った。
自分と、指南役のサマル、今日も何故か来たエコーズ(家主にこんな物言いは酷いだろうか)、そして、地面に頭を擦り付けるフレディことワンダ・フレデリカ……。
「や、なんでそんな土下座なんか!?」
「後生ですウェイド、教官殿! 私の特訓にご助力いただけませんでしょーか!!」
フレディのこの上なく絶対的に平べったい土下座の迫力に、ウェイドはただただ困惑した。
昨夜、突然窓から入ってきたレックトゥーにもかなり驚いた。緊急出動かと思い再生してみればフレディからだし、要件もなんだかよく分からず、そして今日楽士堂で会ってみればサマルにも合わせろと言う。仕方ないから道場まで連れてきてみればこの有様…ウェイドはいまだに要領を得ずにいた。エコーズは興味なさそうに、髪の先を指でいじっている。
助けを求めて隣を見ると、サマルは腕組みしながら波線みたいな口をして、うんうん頷いていた。
「分かるよワンダ。総演会の特訓相手探してんでしょ? 私も中々見つかんなくて、よくぶっつけ本番してたわ〜」
そういえば、そんな大会のエントリーを募集していたようなと、ぼんやり思い出した。ちょうど募集が掲示されたくらいにサマルから「"ウェイト"の使い手はポリシーとして出場しちゃダメだからね〜」とか言われたが、元よりそんなおっかない大会に出るつもりは無かったので気にしなかった。一応、サマル自身は16代目の使い手になる前に何度も出場しているらしかったが。
「サマル先生ってたしか……」
「ん、三年連続優勝」
あっさり言う。
楽士団中の猛者が集う大会で、当然他の模倣不可能な技巧使いすらも下し、涼しい顔をするこの人は本当に恐ろしいと思っている。ウェイドは未だに、彼女の放つ本気の一撃には反応できない。
「そんなマムとウェイドしか、もう頼るアテがないんでさ! 今回のダンザ、何としてでも最低限、決勝までは勝ち進みたくて!」
顔を上げて、フレディが潤んだ瞳を見せる。過去一悲壮な表情が彼女にとっての後の無さを物語っている…が、一体何がこの哀れなプリン頭をここまで追い詰めるのだろうか?
「決勝までって、優勝したいんじゃなくて?」
思わず口に出た。ウェイドのあまりに単純な質問に対して、フレディは口と眉を引き締めた。
「憧れの人が、出るんでさ。ライデンの勇者が!!」
その単語が出てきて、脳裏に小さな電流が走るのを感じた。かつて、漂流した日本人も戴いたことがあるという称号。それを今、
「楽士が持ってるんですか!?」
サマルに訊くと、「そーだよぉ?」なんてやっぱり軽く答える。
「ゼン・クローク。フライヤと同じ「ファースト・アンサンブル」のメンバーさ。ちゃーんと強いぞ〜」
彼女によれば、年齢や入団時期はサマルと近く、何度か打ち合ったこともあるという。二刀流を用い、今の楽士団の中で最も攻撃的なスタイルをとるという。
そして何より、彼を「勇者」たらしめる大きな特徴の一つが、模倣不可能な技巧「ハイボルテージ」だ。ゼンの持つ剣は王国の技術を取り入れた特注品で、柄頭から電線がそれぞれ伸び、腰に装着したバッテリーと繋がっている。電気信号によって増幅された響きはゼンの独自の感覚によって制御され、刃から放たれた電撃が敵へ襲いかかるのだ。
攻撃能力はともかくとして、仕組みはエレキギターと同じらしい、とウェイドは理解した。そう考えると何だか、久しぶりに「Dani California」でも聴きたいような気がしてくる。
「で、本題なんだけど。ワンダとウェイドの稽古、私としてはオールオッケー。やっちゃお!」
フレディがマジっすか!と両腕を上げる。サマルはウェイドにも「いいよね?」と一応目配せするが、彼も協力することに何ら異存無いので、そのまま頷いた。
「題して、「ウェイドのアクトを突破するまで終われません」〜!! 一度でもこれが出来れば、ゼン相手でもワンチャンあるっしょ」
「…つまり、ウェイド相手に一本とればいい、と?」
フレディの問いに、コートの線の外側まで出て行ったサマルは振り返って、黙って微笑んだ。平手を差し出して、「やってみろ」と促す。あまりにも早速と言う感じで、ウェイドと向き合って、お互いに一礼してヴィオラを構えた。
間も無く、フレディはこの「一本」の重みを思い知る事となる。
*
いつも正午には一度休憩を取るが、フレディの希望で1時間ばかり延長してもらった。それでもこの時間中、何度も打ち合って、ウェイドから一本取ることは叶っていない。フレディは呆然と青空を眺めながら、エコーズの持って来てくれた大きなサンドイッチに齧り付いた。
そのエコーズと、少し前に一度、同じ任務にアサインされた際に2人きりになる時間があった。あんまりに喋ることがなくて、ウェイドの様子について聞いてみたが、彼女は「全くもって順調ですわ。面白みの無いくらいにね」と答えた。いつも通りなんて無愛想だろうと思ったが、今意味を理解した。共に研修をしていた頃から、彼は圧倒的に成長している。なにしろ、剣を振る前から攻撃を読まれているのだから。
「私だって、一度見せちゃった型はそうそう通らなくなるんだ。まったく将来有望だぜぇ〜。ねぇエコーズ?」
「なんでワタクシに聞くんですかっ」
ついでにこんなエコーズも見たことない。こんなに知らない尽くしな状況は、生まれの地で剣術を習い始めたとき以来だ。新鮮なトマトの酸味とレタスの歯応えを感じながら、フレディは故郷でのことを思い返した。




