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春 3節

 クロウとしばらく世間話をしてから、ウェイドはアパートを出た。先ほどのエコーズの話について少し考えたが、結局自分では納得のいく結論は出なかったので、それよりも早く家に帰り、一刻も早く「5代目ライデンの勇者」についてページをめくりたいと考えた。


橋を渡ってレフタイに入る頃には、夕暮れに少しフライングして、ガス灯が灯っていた。恐らくハルによって割られていた通りの明かりも、とっくに交換は完了している。彼は何を思って、今どこでどうしているのか。そんなことも頭をよぎってくる。


自宅までの路地を歩いていると、少し先の建物の玄関から女性が出てくるのが見えた。淡い黄色のワンピースを着た上品そうな雰囲気の婦人は、室内へ向かってにっこり顔で手を振ると、小さく駆け足で石の階段を駆け降りた。


しかし、この手の階段は、意外と段差にムラのあるものだ。思っていたよりも深かったのか浅かったのか、急にバランスを崩した貴婦人は、「あらぁ!」という声と共に前のめった。ウェイドはすぐに肺に息を入れ込むと、霊気の力を借りて駆け出した。45度くらいに傾いた身体を難なく抱き止められるようになったあたりは、彼も最早、立派な楽士であるのだというところだが、ひとまず怪我人が出なかったことにウェイドはホッと一息吐いた。その体勢は、一昔前どころかもはやクラシックなロマンス映画でありがちな、腰と肩を支えてやるような格好で、女性はウェイドの顔の向こうに輝く衛星を見た。


「お怪我はないですか?」


身体を起こしてやると、女性は軽くカーテシーをした。そういえば、こんな風な立ち振る舞いをする人はエコーズくらいしか見たことなかったかも知れない。


「ありがとう、足の速い人! 貴方がいなければ私の頭はパックリ割れちゃうところだったわ。お名前を聞いても?」


何やらクセを感じる、ウェイドの周りによくいる人種の気配がする話し方だ。そんなことは口にも顔にも出さず、彼は丁寧に自己紹介をする。


「ボクはウェイド・ビーツ。今日は非番ですが、楽士をしています」


「楽士ウェイド、改めてありがとうございます。私はホーミィ・ハート。レフタイでダンスを教えておりますの」


思わず「ダンス、ですか?」と聞き返してしまった。さっきの派手なコケっぷりからちょっと疑ってしまったが、すぐさまホーミィがスカートをふわっと翻して、綺麗に一回転してみせたことで認識を改めた。まっすぐ空に掲げられた腕は細く美しく、(つるぎ)のようだ。


「ボールルームダンスよ。これでも私、アウティーヤ(大聖堂の外郭地域)にお住まいのご婦人方からも評判なんだから…って、いっけない、そのアウティーヤのサロンへ急いでるんだったわ!」


ぴょいん、と飛び上がったホーミィは、そのままスカートを少し持ち上げて足首までを晒すと、その場で素早く足踏みを始めた。


「それじゃあ楽士ウェイド、またゆっくりお話ししましょう? 今日のお礼にお茶でもご馳走させて頂戴ね!」


それでは〜、と言いながら彼女は大聖堂の方角まで走り去っていった。アクトを使わずにあのスピードなら、ボクよりよっぽど足が速いだろうよ…と、呆然と見送った。

それから、今日の一日一善を終えたウェイドは再び家路に就くのであった。





 ホーミィが走り去っていったアウティーヤという地域には、エコーズの実家である「ギーガー氏邸」をはじめとして、カルナバルの街ひいては楽士団の運営において重要な職務に就く人々が多く住まう。さらに言えば、普段ウェイド達の働く楽士の本部建屋、「楽士堂」もここに存在する。


夜。その楽士堂の敷地内の一角に、明かりの灯る部屋があった。簡素な木造の建物で、中には大量の模造刀と、標的である木人が設置してある。そして、木人を親の仇のように斬りつける人影があった。


ワンダ・フレデリカ。彼女を知る者からはフレディと呼ばれる、今期最年少でありながら天才的な剣術の腕を持つ少女は、一度手を止めると大きくため息を吐いた。


「…こんなんじゃ、足りないッスね。とても」


構えを解いて腰に木刀を戻す。一連の儀礼的な動作を終えると、壁のフックに剣を戻した。木人を両腕で抱えると、それも壁際まで押しやって、最後に蝋燭の火を消して小屋を出た。星空を見上げながら、顔と首筋を乱暴に拭って汗を拭き取る。その目には焦りが浮かんでいる。

楽士としての業務の時間はとうに過ぎている。にも関わらず、彼女が鍛錬に打ち込むのには大きな理由があった。


 「楽士団総合演武会」。ダンザ・デラ・スパーダとも呼ばれるイベントは、所属の垣根を超えて優れた剣の資質を持つ楽士たちが腕を競い合う大会だ。フレディはこの大会へ向け、剣術の腕に磨きをかけているという訳だが、本番まで1ヶ月というところで、行き詰まりを感じてしまっている。1人での特訓には限界があることは分かっていたが、頼りになりそうな先輩楽士達は大抵エントリーしている。即ちライバルに手の内を明かすことになる。それはどうしても避けたかった。


(とはいえ、なり振り構ってらんねぇですよね〜…)


フレディは大会への切り札を欲しがっていた。しかし、自分1人で獲得することは難しい。そもそも、並大抵の相手に頼んだところで目的を達成できそうにも無い。


並大抵。

その反対は…すごい、飛び抜けてる、特別……。

特別…ぶい、あい、ぴー…?


「あ"!!!」


マジカルバナナの果てに、フレディは頼る相手を見出した。

特別な相手、他の誰とも違う、模倣不可能な技巧(ユニーク・アクト)を使う男。

ぶいあいぴーと、呼ばれることを嫌う男を。


敷地内をフレディは駆け抜け、楽士堂の中でも背の高い建物へと向かう。塔の階段を駆け上がり目的の部屋まで来ると、家畜の臭いが鼻を突く。


 ここは鳥小屋。楽士達が伝令に使うオウムのような生き物、「レックトゥー」を飼育している場所だ。彼女はその内の一羽に目をつけると、カゴから出して後頭部を撫でた。鳥がクックッ、と2回低く鳴けば、録音開始の合図だ。


「ウェイド、明日の朝、楽士堂に来ますね? 折入って相談があるんでさ。よろしく願います!」


再度後頭部を撫でると、今度は3回低く鳴いて、翼を広げる。録音完了を確認したフレディは、建屋の窓から腕を伸ばして、鳥を飛び立たせた。


「頼んだぞ〜!」


満月の夜空、(ぬる)い空気の中を、白い翼が切ってゆく。

行き先は休日を満喫し、油断し切っている楽士ウェイド・ビーツ。彼をまた、騒動が呼びつけるのだった。

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