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春 2節

 貸し出しの手続きを終え図書館を出たウェイドだったが、この後どう過ごすかについて、まるでアイデアのない状態だった。時刻は正午。とっとと家に帰って読書に耽るのも悪くは無いが、折角の休日に外出だ。なんとか充実させようと考えるくらいには、彼の内面もなんとなく外向的になってきていた。


 まずは、図書館からほど近いカフェで昼食を摂ることにした。近頃よく通っているその店にはウェイドお気に入りのパスタがある。地球で言うところのカルボナーラとよく似ており、上に半熟の卵をトッピングしてくれる。大陸で広く飼育されている「アクブ」という鳥の卵を使用しており、黄身が非常に濃厚だ。食べる前にとっととフォークで割ってしまって、黄身を麺に絡めて食べるのがウェイドはたまらなく好きだった。


ご機嫌な昼食を終えたらば、次はデザート。運動がてらレフタイ地区とライタイ地区をつなぐ「サーヴィング大橋」まで歩き、公園でジェラートでもいただこうという寸法だ。かつて楽士になる前、迷子を親元まで連れて行った際に世話になった屋台の店主、エルミコとは頻繁に顔を合わせる仲となっている。親しくなっても、接客態度は相変わらずだし口数は多くないが、食べ終えて一言礼を言えば、口の端を上げてハンチングのつばを指でつついて応答してくれる。


大通りに戻る頃には、次にどうしようかという構想についてはあらかた準備が済んでいるはずだったが、とうとう何も思い付かなかった。我ながら情けない、と久しぶりに自己嫌悪にブルーになっていたところに、正反対のカラッとした声がかかった。


「よぉウェイドぉ! お前さんも非番じゃったんか!」


見慣れない作務衣姿でも、白髪の混じった長髪を後ろで束ねてある筋肉質なわりに背の低い男は間違いなくクロウ・ワイトだった。彼とフレディことワンダ・フレデリカは、その剣の腕を買われ実戦部隊(アルト)へと配属になってから、なかなか食事に行くのもタイミングが合いづらくなっていた。それでも、時折3人のうちの誰かが定期的に会うようにしており、情報交換や、以前と同じような世間話をしている。


「やぁ。お互い正規の配属になってから、非番が被るなんて珍しいね?」


「じゃなぁ。実戦部隊(アルト)は業務はハードじゃが、休みがしっかり取れるのが利点じゃあ。これからペンキの買い出しに行くつもりじゃが、一緒にくるか?」


「ペンキって…あぁ、版画か!」


そういえば、この男のカルナバルに来た1番の目的は「版画の制作」だった。忙しいであろう楽士の業務の合間を縫って、制作に打ち込めるのは凄いことだと、クロウのタフネスに感心する。折角なので、荷物持ちを手伝うついでに彼のアトリエにお邪魔することになった。


 まずは、「カンバス通り」と呼ばれる細い路地にある画材店を訪れた。このあたりは普段ウェイドが警ら以外で足を踏み入れない。というのは、ここに画材店が集中しているからで、無趣味者には殆ど縁の無い場所だった。ウェイドが物珍しそうに周囲を見回す中、クロウは一斗缶のようなものに入ったペンキを3つほど買った。それから橋を渡ってライタイ地区まで行き、クロウの住処でありアトリエである、年季の入ったアパートへと入った。


ベッドや食事用の小さなテーブルなど、生活用品は全て壁際へと追いやられていて、部屋の真ん中を占めるのは今買ってきたような画材と彫刻、印刷を行う作業用のテーブル、そして作品たちであった。床はこまめに掃除をしているらしかったが、それでもちらほらと木屑が落ちている。テーブルには途中と思われる作品が一つ置かれており、クロウの故郷を表しているのか、人々と鬱蒼と茂る木々、そして獣が掘り込まれている。獣達は全体的に可愛らしくデフォルメされつつも、牙や目つきを強調されていて凶暴さを損なっておらず、豊かな色彩も相まって、生命の躍動を感じるような作風だ。


「ようこそ我がアトリエへ! いやぁ助かったわい」


缶を床に降ろすと、クロウはすぐそばにあった木箱をガサゴソして、ウェイドに何かを投げて寄越した。それはもう何度も飲んだ、クヤッシュの果実だった。


「ありがとう、お役に立てて良かった。しっかしすごい部屋だね」


元々、生活に必要なものだけが一通りあるだけだったウェイドの部屋にもいくらか本が増えて、それなりの人間味を帯びてきたところだったが、それでもまだ無機質に感じてしまうくらい、クロウの部屋は「生命力」に溢れていると感じた。これもひとえに、彼の作品を作ることへの情熱の顕れだろう。


「まぁ、なんか作ってりゃあ、こんなもんじゃろう。このアパートメントにはワシみたいなアーチストが何人かおるが、他の連中も(おんな)じ様な部屋しちょる」


「しちょるって、見たの?」


「お互い刺激を貰うための勉強会みたいなもんでな。ちょいちょい他の部屋にも遊びに行っとるし、来てもろうとるんじゃあ」


「へぇ、面白いことやってんだね」


これまで彼のものづくりへの情熱に当てられ続けて、思わず自分も何かやってみようかとか、そんな気分になってくる。何をやるかはさっぱり思いつかないが。


「そういや、この頃どうなんじゃあ、姫様とは?」


「は? エコーズぅ?」


かなりの急ハンドルを切られたので、ウェイドの声はひっくり返ってタイヤのスキール音みたいになった。エコーズ、エコーズ?とこの何ヶ月かを思い返す。


 例のハルによる襲撃のあと、再びウェイドが狙われるかもしれないという懸念から、正規配属になる前の実地任務の際にはエコーズが同行することが多かった。なんてことはない、口を聞いても業務のことだし、ウェイドも必死に勉強している最中であったので、「友達になろう」とするようなムーブをかける余裕なんて無かった。


ところが、だ。ここ最近のエコーズはどうも様子がおかしいと、思わなくは無い。


市内警備(ソプラノ)に配属されてからも、階級が上で実戦部隊に所属している彼女との交流は途絶えていない。というのは、模倣不可能な技巧(ユニーク・アクト)「ウェイト」の17代目の使い手であるウェイドは、同じく16代目、サマル・ティーネージから指導を受け続けており、その訓練はエコーズの実家の道場で行われているからだった。

そして彼女は、非番になると朝から道場に来て、一日中サマルとウェイドの打ち合いを見ている。最初は、ずっと使い手の見つかっていなかったバックラーが鳴っている姿を見たくて来ているのかと思っていたが、何度どころでなく自分自身に視線が向いているのを感じたことがある。何かやらかしたんじゃないかと怖くなってエコーズを見やるが、そうするとぷい、とそっぽを向かれてしまう。そんなときは、決まって正座の上に乗せていた手まで、後ろに回していた。


さらに、今まで使いの人に任せていた2人の昼食の給仕を、エコーズがするようになった。これには流石にサマルも驚いて「めっずらし!」と言ったが、それに対してエコーズは「めずらしくない!」と、彼女にしては非常に切れ味の悪い返ししかしなかった。まぁ相手が恩師と慕う人間ならこんなもんか、とも思ったが。


 「…てなぐらいかなぁ。まぁ、目立った変化なんて特にないさ」


話し終わったウェイドはクヤッシュの"へた"を毟って、中身を一口飲んだ。一息ついてなお、クロウからのリアクションが聞こえないので彼の方を見ると、半開きの両目と口がこちらに向いている。今のウェイドであれば、それは「呆れ」を示す表情であると分かる。


「特に無いってお前さん…鈍いのは、音だけにしとかんと姫様が可哀想じゃろ……」


「え、ボクなんかやってるかな」


「…安心せぇ、ウェイド」


クロウはウェイドの肩にポン、と手を置いた。


「フレディと違って、ワシはこんなことじゃ殴らん」


「いやどういうコト!?」


人生で長い時間、1人の部屋で過ごしてきたウェイドの情動は、成長途中だ。神話は、仲間は、その成長を信じ、見守ることとしている。そしてそのことが、仲間たち自身の情動にも影響を与えていくことは、まだ霊獣にすら分からないことだった。


楽士ウェイド・ビーツが、後に「最も忙しい1年」と振り返る日々は、こうして始まった。

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