春 1節
ウェイド・ビーツが楽士となってから、1年半程が過ぎた。彼は自分のアパートのあるレフタイの市内警備に配属され、地域の平和に貢献していた。主な業務は市内のあちこちに設置された駐在所を拠点とし、巡回をしたり、住人たちのトラブル、困りごとに対応することだ。真面目な仕事ぶりから、住人の信頼も厚い。
それでも業務を遂行するにあたり、この世界に関する知識がもっと必要だと思ったウェイドは、いつぞやクロウの言ったように読書にも励むようになった。おかげで以前よりも、自分の置かれた状況を俯瞰することができるようになったと感じている。歴史に風俗、動植物の図鑑など、エコーズから習ったことのその先を見るという行為は好奇心を大いにくすぐる。最近目を引いたものと言えば、地球人に関する歴史だった。
この星に迷い込んできた地球人についての、公式な記録は5つある。5番目にやって来た巨大な船は、漂着した当時のライデン・メタロギー連合王国(フレディの出身地だ)に多くの影響を与えたようで、それから王国を中心に、この大陸では異星からの来訪者を「フィフス・トラベラー」と呼ぶようになったらしい。それぞれの記録は数百年の間隔があり、一番新しいものでも2、300年は前だという。それを踏まえると、ウェイドを含めた余所者が、短期間のうちに何人もエム・フォウティに来ているという現状はやはり何かがおかしい。
少し気がかりなのは、「フィフス・トラベラーが発見されるタイミング」というのは、前後に何かしらの災いを伴っているらしい。このケースの最悪の例はやはり5番目の大型船で、王国と異民族との間で激しい戦いが引き起こされたという。かつて奴隷船の中で、商人の「支社長」が気味悪がっていたのも頷ける。
やはり自分達も、この大陸に…あるいはこの街に、災いを齎してしまうのだろうか。ゲダンの集落のように。
「つまんねェこと考えてんなァ、ウェイド坊?」
「おおぅ!?」
急に話しかけられて、驚いた拍子に大声を出しそうになったのを何とか堪える。声の主は巨大な霊獣だ。それも、ヴォイスにそっくりな顔をした。
ウェイドの読書の場とは、もっぱら家から一番近く、かつカルナバルの街で一番大きな「フローマス図書館」である。この施設はカルナバルの知と記憶を司るだけではなく、これから未来へと続いていく、様々な文字による芸術の可能性を広げる役割を担っている。つまりは、作家たちの拠り所だ。彼ら自身による情報の交換や高め合いによる発展には目覚ましいものがあるが、お目当てはそれだけに止まらない。何しろこの図書館には、世界的に見ても良き読者にして良きアドバイザーが居るのだ。それこそが、今しがたウェイドに話しかけた図書館の主にして、あのヴォイスの弟である霊獣"ノーブル"である。
フローマス図書館の広大なロビーの中央に鎮座するノーブルは背の頂点が5mにも達する大岩のような体躯を誇るが、それでも兄に遠く及ばない。これはヴォイスが「音曲と詞」を食するのに対して、ノーブルが「詞」、つまり言葉のみを食する、偏食家であることが原因だ。だからといって彼が軽んじられることは決して無い。気さくな態度と兄弟揃っての面倒見の良い性格から、彼もまた、この街の重要なシンボルの一つとして尊敬を集める。図書館にて頭を捻る作家の手元から時折つまみ食いをしては、クールな改善案を耳打ちするという行為には、自分が「更に旨くなった飯を食える」打算もあるのだと、照れ隠しのようにウェイドに語ったこともあった。
兄同様、この霊獣は霊気のビジョンを任意の場所に出現させられる。小さくなった彼の顔が、ウェイドの着いていたテーブルから声をかけてきたのだ。
「びっくりしたぁ…ボクは作家でもなんでも無いんだから、思考を読むなってば」
ウェイドは囁き声で抗議する。一方で霊獣は兄よりも頻繁に、かつ大袈裟に眉や口角を動かしてニヤついている。昔、何かのテーマパークでこんな人形を見たような気がした。
「歴史書眺めながらしかめっ面してたら、そら何考えてるか気になるってもんだろう?」
やはり、彼は良く気がつく。霊気は人の感情に感応しやすい性質を持つというのもあるが、ノーブルは、この図書館を訪れる全ての者に、敬意と注意を払っているのだ。そして近頃はウェイドも、他者に自分の気持ちを吐露することが多くなっている。
「ボクはさ、昔住んでたところが「山のモノ」に襲われて、壊滅してるんだ。もしかしてそれは、ボクが地球人だったから、運んできちゃった災いなんじゃ無いかって」
漠然とした不安でも、積極的に打ち明ける事で、心の荷を下ろすという事を覚えたような自覚はある。フライヤを始め、仲間たちとそういうことを繰り返していくうちに、ようやく形になってきた。しかと聞きとめたノーブルは、ウェイドの背後を顎で指した。
「第五の来訪者についての詳しいことは、王国史の棚にある。見てみな」
言われるままに立ち上がって、本棚へ向かう。彼の背後に、人魂のようにノーブルの顔が付いていく。ただでさえ静かな館内で、大きな棚はさらに音を遮り、静寂は限りが無いように感じる。なんとなく心細い空気の中で、布ばりに金箔押しの背表紙の列を、順繰りに探していく。
「それだそれ」
一冊の本に指が触れたとき、ノーブルが止める。引っ張り出した表紙には「ライデンの勇者 列伝 5巻」とある。
「お前さん、「ライデンの勇者」についてはどれくらい知ってる?」
「フレディの地元で、一番強い人が貰える称号って聞いたことあるけど」
なんでも、ライデン・メタロギー連合王国で何年かに一度開かれる大会の勝者に与えられる名前で、フレディも子供の頃は、それを目指して剣の修行をしていたらしい。最強を目指すのであれば、あの強さも納得だ。
「まぁ、現代じゃそんな感じだ。かつては王国の危機を救った人物に与えられたのさ。そして5代目ライデンの勇者はな、お前さんと同じ地球人なんだよ」
にわかには信じがたい事実を確かめるべく、ウェイドは本を開き、ページをめくった。確かに、フィフス・トラベラーの語源となったその人物は地球人で、しかもウェイドと同じ日本人だったようだ。
「物事を左右するのは人間の出自だけじゃねぇ。本人がどう行動するかさ。ウェイド、お前さんは「良いことをして、みんなの役に立ちたい」って、兄貴に言ったんだろ? その通り、やり続けてりゃ良いじゃねぇか。たまにヤなことも起きるだろうが、そんなん普通に生きてたって付きものだわな」
「…かもね。ありがとう」
ウェイドはノーブルに微笑んだ。また、相談してよかったと、思えるような出会いが一つ増えた。霊獣もまた、自慢げに笑みを返した。
「これ、借りてって大丈夫なやつかい?」
「おうよ、あとは司書に言ってくれい」
ノーブルにもう一言礼を言うと、ウェイドは本を持って、階下へ向かった。




