第18節
楽士堂へ到着したウェイド達は、上級の楽士の誘導に従い、常勤の団員達が詰めている建屋に入った。そのまま会議室に通され、最奥の床より一段高い場所にはサマルが立っていた。
「中々良い集まり具合だね。今年の新人は優秀だぁ」
いつもの調子で軽口を飛ばすが、その目は真剣そのものだ。非常事態であることは確からしい。到着できた人間は全員収容したことの合図を他の楽士から受け取ると、サマルは本題に入った。
「さて、実は結構マズい状態だ。レフタイのレストラン街を中心に、暴動が発生している。」
室内にどよめきが生まれる。それは恐れというよりかは困惑に近い。レフタイと言えば、ウェイドのアパートのある街の東側の地区だ。住人の気質は大人しく、トラブルの類は少ない傾向にある。ましてやそこで暴動とは、普通は考えにくいことだった。そのため、西の騒がしいライタイと比べ警備に割り当てる人数も少ないが、その隙を突かれてしまう格好になっているようだ。
「既に市内警備と実戦部隊が合同で対処に当たってるんで、君たち新人諸君には、彼らが沈静化させた住人の搬送をお願いしたい。どうやら暴れてる連中は、みんな"霊気酔い"の症状と一致する特徴があるみたいなんだ」
強いエネルギーを持ち、時に意思すら発現させる霊気には、人間の情動にも強く反応する性質があり、カルナバルの芸術家たちに素晴らしいインスピレーションを与えている。そこから生まれる作品と評判はさらに芸術家を街に呼び込み、今日、カルナバルを芸術の都たらしめている訳だが、霊気によって感応を高められ過ぎた人間が錯乱を起こすという負の側面もあり、俗に霊気酔いと言われているのだ。
「局所的に、霊気溜まりが発生しちゃってるのかも知れないってことなんで、霊気順化が終わったばかりの君らを前線には放り出せないってワケ。現地の先輩たちの指示に従って作業にあたってくれ。以上!」
サマルの号令で楽士達はぞろぞろと部屋を出た。初めての実務にして緊急事態ということで、周囲には緊張感があったが、後方での任務と分かっているからか、各々の顔は冷静だ。ウェイドも、腰に下げたバックラーの淵にそっと手を触れて深呼吸すると、自分の両頬を2回、軽くはたいた。
現場となるレフタイの噴水広場では、霊気酔いで暴れた人、その被害を受け怪我をした人々が続々と運び込まれていた。ウェイド達は鼻と口を布で覆ってから、鎮圧チームがひとまず仕事を終えたエリアへと赴いて怪我人の搬出に取り掛かった。自分の普段見慣れた街並みは所々に破壊の跡があり、見るたびに悲痛な気持ちと、一刻も早くこの事態を収拾しなければならないという使命感を燃やした。いつもはフレディやクロウ以外とコミュニケーションを取ることの少ないウェイドだったが、同期はもちろん上級の楽士ともスムーズに連携し、ときには担架を使い、ときには肩を貸すなどして職務を完うしていく。そうして何人かを運び終えたとき、ふいに後ろから声をかけられた。
「おい、若いの。こっちも頼めるか?」
歳の頃はウェイドよりも一回りありそうな男性の楽士だった。ウェイドははい、と返事して小走りで男の後を追いかけた。広場を出て細い路地へ入り、さらに奥へと突き進む。すっかり宵闇が包む通りにひどく心細さを感じるが、この暗がりに取り残されている人がいると思うと足が力むようだ。見上げれば、ことごとくガス灯が壊されてしまっている。
(…ん?)
違和感を覚え、足を止めて周囲をよく観察する。
ガス灯は遠くの方まで例外なく破壊されているのに、壁や窓には損壊が見当たらない。それに、必死だったので気が付かなかったが、今ウェイド達が通ってる道からは、どう工夫しても任務の対象エリアへは遠回りだ。
「どうした、若いの?」
男が振り返って訊いてくる。
「いや、こっちじゃ遠回りだと思って。だって怪我人がいるのはあっちじゃ……」
そう言って振り返った瞬間、男へ向けた後頭部の方から強烈な怖気がした。迷わずバックラーへ手が伸びて、再び向き直る。
直後、甲高い衝突音と共に、眼前で二振りの剣がぶつかり合うのが見えた。一つは背後から斬りかかってきた様子の男。そしてもう一つは、急襲からウェイドを庇ったエコーズだった。不意打ちを阻止され、男が大きく飛び退く。
「エコーズ、助かった! でもどうしてここへ?」
「見慣れない方がいると思って様子を伺っていたら…ウェイドを連れ出してどうするつもりかしら!?」
彼女は襲撃者を睨みつけながら、切先を向ける。
「やれやれ、"おもり"付きか。変わらないねお前は」
悪態をついた男の声は、くぐもっている上に、加工を施しているようだ。ウェイドは故郷の生活で聞いてきたボイスチェンジャーを思い出した。
ショートマントを羽織った楽士姿の男は見る間に薄れてゆき、一枚の薄布へと変わる。それから闇の中から突然腕が伸びて、布切れを掴み取る。続いて姿を現した本体は、ウェイドと同じくらいの背丈をし、全身黒尽くめの忍者のような格好の人物だった。顔は仮面のような物を着けており、月明かりを反射する光沢はヴィオラ・ダ・スパーダのようにホログラム調になっている。
「音鋼の変声マスク!? こんな卑劣なことに利用するなんて、恥を知りなさい!!」
エコーズが怒りを露わに声を荒げる。相手のただならぬ雰囲気に、ウェイドも急いで剣を抜き、バックラーを構える。
「下がれ女、お前に用は無い。俺はいわばカスタマーサポート…購入者の元から逃げ出した"不良品"の回収に来ただけだ」
黒尽くめの男(?)は、剣でウェイドの方を指し示した。
「まさか、奴隷商人…!」
ウェイドの中で奴隷船の記憶と、ゲダンでの日々がフラッシュバックする。彼は、ウェイドを再び、理不尽な身分へと連れ戻そうとしているのだろうか。頭の中に濃い靄が吹き出して、霊気を吸い込んだように肺がひりつく。しかし、男の言葉を否定するように、エコーズは毅然とした態度でウェイドの前へ出た。
「下がるのは貴方のほうでしてよ。ウェイド・ビーツの所有者は一族全員死亡。王国の調査の結果、適切な相続先はありません。何よりシュライン・フォレスト共和国は奴隷貿易条約に署名をしていませんわ」
「悪いが法律のことは分かんないな。俺は命令を実行するだけだ。邪魔をするなら排除させてもらう」
言うが早いか、男は強烈な踏み込みによって一気に距離を詰めてくる。エコーズはその終端を予測し剣を振るが、その少し前で踏みとどまられ刃が空を切る。隙を付いて男が剣を振り下ろすも、そこまで織り込み済みのエコーズは剣戟を避けて斜めに斬り上げる。カウンターの一撃は敵の剣によって受け止められてしまうが、彼女の刃は高音を響かせて、紅い輝きを帯びる。そのまま男を押しやって、鍔迫り合いの格好になる。
「チンピラ風情にヴィオラが満足に扱えて? ウェイド、伝令菅を鳴らして増援を呼びなさい!!」
ウェイドはハッとして、胸元から下げた喇叭を口に当てがうと、大きく息を吸った。
「おっと、そいつはマズい」
男はヴィオラから片手を離す。力が弱まった刃をエコーズが更に押し込むが、まさに暖簾に腕押しといった感じに受け流されて、距離をとられてしまう。直後、ウェイドによって喇叭の音色が辺りに鳴り響くが、残響が遠くなるばかりで、何も起こらない。そればかりか、微かに吹いていた風も止み、決して遠く無い現場の喧騒も聴こえなくなっている。エコーズも困惑を隠せない様子だ。
「今日はワンオペなんでね。これ以上人を呼ばれるのは嫌だから、この周囲の空間だけ切り離させてもらった。どうやってるかは知らないが、便利な道具だぜ」
男は剣から離した方の手で、何かを握っていた。月明かりを頼りに形を確認すると、台座に据えられたガラスの半球の中に、白い粉が舞っている。一番近くて適切であろう例えは恐らく、スノードーム。
「まさか…遺作!?」
エコーズの声が明確に緊張する。彼女の隣に並び立ったウェイドは、それがなんなのかを聞いた。
「霊気を帯びた芸術品のことですわ。制作者の思念がこもった結果、魔法道具のような性質を持つとされています。ワタクシも本物を見るのは初めてだけれど……」
二人の様子を伺いながら、敵は気だるそうに項垂れて、レリックとやらを懐に仕舞い込んだ。
「ちぇ、俺よりよっぽど詳しいじゃねぇか。アンタの言う通り、ヴィオラでの戦いも不利みたいだし、本気でやらせてもらおう」
男はヴィオラを放り捨てた。その瞬間、エコーズが大きく歯軋りをするのが聞こえた。ただでさえヴィオラには人一倍の思い入れがある娘だ。襲撃者に利用された挙句、粗末に扱われることに激しい憤りを感じているだろう。そんなことを知ってか知らずか、敵は大袈裟な動きで右手を腰に回すと、そこからゆっくりとナイフを抜き放った。
指先で、あるいは手首の回転で、自由自在にナイフをもて遊びながら、男はじりじりと距離を詰めてくる。足捌きは道化師やダンサーのように奇妙で、妙に苛立たせられる。
唐突に、ナイフは大きく彼の手から離れ、空中でスピンした。手を滑らしたのか、挑発のつもりだったのか。だが、その隙をエコーズは見逃さなかった。高速で踏み込み、剣戟を浴びせんと斬りかかる。だが同時に、ウェイドは視覚から、強烈な怖気を感じた。その発生源は男の左腕。そして不快感は、頭の中で、サマルからつい最近教わった知識とリンクする。北の方にある国の騎士が、単独行動の際、敵に追い詰められたときに使う技だという。
(マズい、ナイフのほうは"おとり"だ!!)
ウェイドはぱっと口を開けて空気を多く吸い込むと、全力で駆け出した。肺から取り込んだ霊気の力で筋肉が増強され、信じられないようなスピードが出る。左手にバックラーを構え直しながら、エコーズに追いつくなり、彼女の腰に手を回してそのまま思い切り抱き寄せた。
「なっ!」
エコーズが声を上げるが早いか、バックラーに衝撃が走り、胸に響くような重低音が鳴る。それはウェイドの懸念通り、本命の一撃、敵の左手首からの仕込みナイフが直撃したことを示していた。
「こんのォ!」
ウェイドは敵の手を力一杯払い除けると、バックラーを強く握り込み、そのまま仮面へと叩きつけた。青い光の波動が盾の淵から水平に広がり、周囲の窓ガラスを割る。それから、ホルンの鳴らす様な高らかなスフォルツァンドと共に、つむじ風のような衝撃波が噴き出した。
「!?」
たちまち敵の足は石畳から離れ、紙屑の様に体が宙を舞う。高速の波動に体勢を整える暇すら与えられないまま、数メートルほど飛ばされた挙句、追い討ちとばかりに重力に引き込まれ、放物線を描き墜落する。尚も余る運動エネルギーは地面と協力し、ヤスリの如く不届きものの全身を削り、引き裂いた。そうしてさるかに合戦もかくやというくらいに叩きのめされた後で、ようやく彼の回転は止まった。
だが、敵はまだ意識が残っているらしい。
少し呻くと、ゆっくりと地面に手を付き、よろよろと、それでもしっかりと起き上がる。ウェイドはエコーズを放してバックラーを右に、剣を左に構える。なんだか納得のいかなそうな様子のお嬢さんも、警戒し再び構えた。
完全に自立した男の仮面から、先ほどウェイドが与えた打撃の残響が鳴り止まない。同じ材質でつくられた変声マスクは、自身が処理できる響きの力の許容を超えてしまっている様子だ。あちこちにヒビが入り、どんどん拡大していく。ついには、額のあたりに真一文字に亀裂が走り、崩壊した。
その素顔は、日に当たったことがないかの様に真っ白だった。しかしながら、ウェイドやクロウと同じ、東洋系の顔立ちを感じる。目尻は上がり気味で、切れ長。髪の色も真っ白だ。エコーズはその正体を測りかねたが、ウェイドは、ウェイドにだけは、それがはっきりと、誰だか分かってしまった。
「…ハル?」
髪も、眉も、変わり果てたそれを黒に戻したならばきっと、この惑星エム・フォウティでの初めての友人にして、同郷から連れてこられた小野 晴一、またの名をハル・マーキュリーに間違いが無かった。ゲダンで化け物に襲われ、最期のときにもウェイドの身を案じた、あのハルだ。
「生きてたんだね、ハル! どうしてこんなことを!!」
ハルは、そっと自分の顔に触れて、マスクがもはや機能しないことを確認すると、頭に残っていたものもさっさと脱ぎ捨てた。そうすることによって露わになった全貌は、やはり、間違いなくハルだった。
「相変わらずモノ分かりが悪いなウェイド…言ったろ、不良品の回収だよ。…でも、それも厳しいな」
懐から先ほどのスノードームを取り出して、逆さにする。周囲からは再びざわめきが聞こえ始めた。
「お前はもはや脅威だ。俺たちに災いを持ってくる、な。全く、面倒の塊みたいなヤツだ」
ハルはぱっと口を開く。それを見たエコーズは瞬時に喇叭を構え、ベルから衝撃波を放つ。しかし着弾の寸前で、彼は大きくジャンプして、建物の屋上に上がってしまった。
「じゃあな役立たず。今度は、俺の邪魔をしてくれるなよ」
そう言って、かつての恩人は走り去る。たまらずウェイドは、彼の名前を叫びながら、ひたすら追いかけた。しかし、間も無くどこにも見当たらなくなってしまった。
全て、あの集落で失ったと思っていた。その中で最も大切だったものが一つ見つかった。最悪の形で。
ただ、ただ泣き続けるウェイドを、エコーズは引き連れて、楽士舎へと引き返して行くのだった。




