第17節
早速身につけた剣と盾は、その黒曜石のような輝きが白いショートマントと対照的で、とても目立つ。「よく似合ってるじゃないか」と言ってくれるフライヤに、ウェイドはなんだか照れくさくて、「かもね」とおどけて返した。
「それじゃあ、ちょっと鳴らしてみよっか?」
サマルはウェイドと2メートルほど距離を取ると、剣を抜き放ち、バックラーを構えた。それに倣って、ウェイドも同じように構える。
「刃で軽く、盾の表面を叩くんだ。コツンってね」
説明しながらサマルは白銀の盾に刃を当てた。すると、ピアニッシモで鳴らすテューバのような、大人しく繊細ながらも、確かに存在感のある重低音が響いた。ウェイドも続き、音色は重厚なハーモニーを生み出す。心なしか、盾も剣も淡い青色の光を放っているような気がする。
「これが、"ウェイト"……」
「正式には、重低音の剣といいますのよ。ギーガー家の始祖が考案し、開発したものですの。"ウェイト"は、この武器とそれを扱うための技巧への愛称よ」
ずっと壁に寄りかかって見ていたエコーズが、ウェイドに近づいて盾の縁を撫ぜた。一回りさせると、盾からは響きが消え、色も元の黒曜に戻った。
「そして、これを打ったのはワタクシのひいお爺様。未だに後世の追随を許さない一族最高の職人です。コレをダメにしたなら貴方、ワタクシは本当に怒りますわよ?」
いつものムスッとした顔でウェイトを見つめる。
彼はまっすぐ見つめ返し、盾を自分の胸にあて、ニカッと笑った。
「まかせて。きっと上手くやる」
じーっと、睨みつけていたエコーズだったが、ふいに釣り上げた眉毛の端を下ろし、「ふんっ」と息を吐いて無表情に戻った。
「分かればいいんですのよ」
彼女はそう言って、すたすたと歩いて道場から出て行った。相変わらず尊大な態度だなぁ、とは思うものの、ウェイトは以前ほど彼女に苦手意識を感じることはなかった。
(こりゃ、友達になるにはもうちょいかかるか……)
垣根の向こうに消えていくエコーズを見送って、サマルへ向き直る。彼女にとって念願だった後継者を見つけたことで、子供のように逸る気持ちを押さえられない指導教官殿に促されるまま、この日は「ウェイト」の扱いについてのレクチャーが始まった。
スパーダ・ディ・バッソの最大の特徴は、主たる攻撃手段がカウンターということにある。
ヴィオラ・ダ・スパーダが武器として活躍し始めた頃、動きが洗練され攻撃性を増していくことに疑問を抱いたギーガー家の始祖たる鍛冶職人によって、「真にヴォイスの意志を体現する」ことを目的として制作された。音鋼が溜めこむ低音の響きは、解放した際に物体の"面"に対して強く作用する衝撃波を発生させる。このことから、打面の広い盾を用いることで、相手の四肢の欠損や出血のリスクを抑えた攻撃が可能であるという発想に至ったのだ。
よって、スパーダと名前には入っているものの、その攻撃主体はバックラーとなる。十全に扱えばこの武器は制作者の期待通りの働きをしたが、有効な威力の衝撃波を発生させるためには敵の攻撃を「すべて受けきる」ほどでなければならず、扱い辛いものとなってしまった。使い手は年月が経つほど減っていき、現在ではギーガー家が所蔵する二振りしか残っていない。
「でも、最高に君向きだと思わないかい?」
打ち合いを見ていたフライヤが、ウェイドに問いかける。ウェイドは鮮明な青い輝きを放つバックラーをまじまじと眺めたあとに、ニカっと笑うと、「かもね!」と返して、再びサマルへと視線を戻した。
これまでにない熱気と集中によって、その日の教練は日が暮れるまで続いた。
※
訓練のあと、汗を拭って屋敷の外まで出たウェイドは、門の前にエコーズが立っていることに気が付いた。見送りのためだろう。近づいて「やぁ」と声をかけると、両手つま先を綺麗にそろえて真っ直ぐ立っている娘さんは、目線だけこっちにくれて、つまんなそうに眉の端を落とした。
「フライヤさまとサマル先生は?」
「まだ中で話してるよ。フライヤが、仕事の件で相談があるとかで」
「また"ファースト・アンサンブル"の件かしら。フライヤさまったらそればっかり」
今度は肩までがっくり落ちる。この娘ときたら、自分だって普段は職務に忠実なくせに、ウェイドの前では15歳そのものな態度をとる。別に、気を許している訳ではなく、気にする必要が無いと思われているだけだとウェイドは受け取っているが。
ファースト・アンサンブルは、フライヤが所属する楽士団内の組織だ。実働する楽士の最高階級、ファーストの中でも、特に秀でた者だけが任命されるエリート部隊で、一人ひとりが単騎で霊獣、あるいはそれに類するものを鎮める力を持つため、個人に自由な裁量が与えられている。故に、フライヤは単独での遠征が多い。サマルもかつてはここに所属しており、先輩に色々聞きたいことがあったのだろうと理解して、先にウェイドだけ屋敷から出てきた次第だ。
「フライヤが仕事熱心なのは、君が一番よく知ってるだろうによ。そのおかげでボクもここにいるし」
ウェイドは改めて、腰に下げたバックラーを見た。夜の闇に紛れてしまうほどに黒く磨き上げられた打面を人差し指で軽く弾けば、ほのかな青がカルナバルのパノラマ風景の彫刻を浮かび上がらせる。虫の声ほども主張しない重低音は、ウェイドがそれを聴いていたいと思う間はずっと響き続けるのではないかと思うほど、か細く長く語りかけてくる。
「…貴方が、17人目なんてね」
エコーズも、バックラーを見ていた。一見無表情だが、眼差しは何となく、肯定的な感情のような気がした。この剣を持たせることについてはサマルの判断だったし、そのことについては不服も無いのだろう。彼女もまた、エコーズが信頼を寄せる数少ない一人であるらしい。
「サマル先生の師匠が亡くなってから、後継者探しにはかなり時間がかかりましたわ。今日までその子は、ずっと棚の上で飾られているだけだった」
言われて、ウェイドは思い出した。以前ギーガー邸を訪れた際、神棚のようなスペースに、この剣が安置されていたことを。空いていたもう一つの棚は恐らく、サマルのものを置くスペースだったのだろう。
「埃を被るなんて、楽器の仕事ではないわ。使われて、音を出していなくっちゃ」
「…なら、お役に立てて光栄だよ」
親族が制作した、という事実以上に、エコーズはどうやら、ヴィオラ・ダ・スパーダに、家族として思い入れを持っているのかも知れない。"ウェイト"の重みが、また一つ増したようだったが、それは決して不快なものではない。ウェイドの信念と想いに、素敵な宝石が加わったのだ。
「ボクも、彼に見合うような楽士に、早くならなくっちゃね。まだまだ増やしたいんだ、友達」
いつもの自分とは結び付かないような、前向きな言葉が出て来たのに驚いて、なんだか気恥ずかしくなってきた。どんな突っ込みが飛んでくるだろうと思い、エコーズを見て、驚いた。
緩やかで、穏やかな、ゲダンの春の丘陵を思い出す、眉の曲線。
なめらかな目尻と、それに伴ってルビーの瞳が覆い隠されているにも関わらず、瞼も、まつ毛も、その輝きを一層引き立てて、まるで指輪のようだ。そして、ウェイドはエコーズが初めて、フライヤ以外に口角を上げるところを見たが、全体としてその表情は、今までの彼女において、知らない種類の笑顔だった。
「うん。励んであげて頂戴」
彼女の頼みに、ウェイドは静かにうなずいた。
夜の冷えた風と小楯の音以外に、邪魔なものは一切、いらないと思えたから。
※
翌日の訓練は、平常通り楽士堂の道場で行われた。ウェイドの相手はサマルの選出した上位の楽士たちだ。模倣不可能な技巧「ウェイト」の後継者候補となった彼は、サマルの直接の部下として組織図に組み込まれ、基本的には同期達と同じ訓練を行うものの、剣術については彼女に専門的な指導を受けることとなった。とは言え、それが終わればいつも通り。フレディ、クロウと共に馴染の酒場に入っていく。二人から問い詰められるまま、ウェイドはギーガー邸であったことを話した。
「んで結局姫様は、"姫様"のまま、ってなワケですかい」
なぁーんだ、と、酒も入っていないハズのフレディは酒屋の長椅子に寝そべる。ソファみたいに足まで組み始めて、これでは座席の横の通路が使いづらそうだ。態度が悪いのはいつものことだが、エコーズの話題になると、このプリン頭は、その辺の酔っ払いよりタチが悪い。
だが本日はもとより通路の使用は困難だ。フレディのつま先と同じぐらいのところに、クロウの尻が張り出している。彼といえば、席についてからずっとウェイドの新しい「友達」を熱心に眺めている。
「いやぁ~、いくら眺めとっても飽きんのぅ。この黒の滑らかさよ。ギーガー家の鍛冶技術には惚れ惚れするわい」
それ何度目だよ、と躊躇わず口に出す。ここへ来てからまともな会話の出来る人物がいないため、いつもより食が進んでいる。
なんでもクロウの地元も刃物の製造が盛んらしい。狩猟用具から家庭用品まで様々な職人がおり、自分にその経験は無いものの、身近な存在だったという。そんなに刃物に詳しいならば、とウェイドは些細な疑問を彼に訊いた。
「そういや、サマル先生のは白かったんだけど、同じ機能なのに、どうして色が違うんだろ」
「そりゃあ、300年くらい前に初代シンフォニウス・ギーガーの打ったオリジナルの方じゃあ。お前さんの持っちょる方とは、製法から違うのかも分からんのう」
「なんでクロウがそんなこと知ってるんで?」
フレディの声はテーブルに中途半端に邪魔されて聴こえづらい。屈んだような姿勢のクロウはそのまま天板の下に頭を突っ込んだ。
「図書館で読んだんじゃあ。お前らもたまには読書をせぇ、読書を」
「んなぁ! クロウに言われるとマジにムカつきますね!?」
この男の勤勉さには、ウェイドは時折感心と尊敬を抱くことがある。カルナバルの図書館と言えば、イクスビー基金から借りているアパートのすぐ近くに大きな、一番有名なものがあったが、忙しさにかまけて行ったことが無かったことを思い出した。
(ボクもまだまだ勉強しないとなぁ。この街のコト、この星のコト)
素直にそう思いながら、ビールに口を付けようとしたときだった。
店の入り口から、窓から、大きな鐘の音がした。
夕日も蝋燭みたいに吹き消してしまえそうなこの時間に、こんなに大きな音が鳴るなんて非常識だ。それが聴こえるとはどういうことか、卓に着いている三人は、未熟ながらもよく理解していた。
楽士を招集し、市民に注意を促す警報である。
各々、先ほどまでの緩い雰囲気を即座に引き締め、酒場の店主に一声かけて出ていく。店主も彼らを見送って、戸締りの準備を開始した。
ウェイド・ビーツの次なる試練は、例によって騒々しく幕を開ける。




