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第16節

 先日から本格的な「打ち合い」の訓練が始まり、各々一層学習に力が入っている。基本の型を繰り返し、繰り返し取り続けることで、咄嗟のとき、無意識下でも動けるよう、文字通り染み込ませていくのである。


「うひぃ!」


これらを身につけたならば、最早一人前の楽士と言っても差し支えは無くなる。この後の課程で適性を見極められ、市内の警備か、国軍相当の実戦部隊へ割り振られることとなるが、例外なく誰もが、手足のように(ヴィオラ)を扱える。それが、霊獣ヴォイスの代理である、カルナバルの楽士たちである。


「やだぁ!!」


では、その道のりの途中にあるウェイド・ビーツは、今どの辺りにいるのだろう?

残念ながら、先ほどから試奏場内に響く情けない声からして、スタート地点をまだまごついているらしかった。


「だああウェイドぉ! 受けるだけじゃのうて、打って来んかいワレぇ! これは打ち合いじゃあ!!」


床に引かれた白い枠の中で向かい合うのはクロウだ。目の前のへっぴり腰へ、刀身も顔も赤くした彼が声を荒げる。一方で、ウェイドは刀身も顔も真っ青だ。しかも、相当に防戦一方だったらしく、彼の剣から発せられる響きは肌に痺れを感じるほど重い。無論これはクロウが仕向けたものではなく、彼は単純な打ち込みを、極限まで遅めて振っている。にも関わらず、ウェイドは防御動作ばかりで、クロウがわざと作った隙にも振ってみようとしない。


「それ以上響きを溜めちまったら、刀身が振動に耐えきれず裂けちまうちゅうとろーに! しゃあないから、一旦納刀じゃ!」


「うう…ごめん」


そんなやりとりを、白線の外から眺めていたサマルは、黒ぶち眼鏡の後ろで眉根を寄せた。

打ち合いが始まってからというもの、ウェイドはずっとこんな調子だ。最初の数回は打ち込みのタイミングが分からないのかと思って静観していたが、クロウの動きを見てからは、単にウェイドが「打ち込む気が無い」のではないかと考え始めていた。確かに始めたての人間が下手な打ち込みをすれば事故が起きることもあるが、そこはウトバ出身のクロウだ。ひよっこの剣戟などはしっかり対応できるし、なにより今は彼がどこに打てば良いかも誘導してくれている。それを期待してクロウに彼の相手になってもらうよう頼んだのもサマルだ。


(打ち込むタイミングを見計らうような逡巡すら見えないんだよねぇ…。どうもタイミング自体は分かってるくさいな。友達だから遠慮してる?)


思考を巡らせるが、釈然としない。

これ以上時間を奪うのも忍びないので、サマルは白線の中へ入り、クロウへ声をかけた。


「ありがとう、後は私が引き継ぐよ。自分の鍛錬に戻ってくれていいよん!」


「面目ないのぅ、先生ェ!」


クロウは楽士章に手を当てて一礼すると、別のグループへと混じっていった。それをウェイドは、肩を落としながら見送った。


「お疲れさん、ウェイド君。休憩がてら、ちょっとお話しないかい?」


サマルは、試奏場の出口を親指で示した。ウェイドはそれに黙って頷くと、彼女に付いて外へ出た。


 そろそろ秋も終わりが近い。彩り豊かだった木々たちも幾分空席が目立ち、ウェイドとサマルの眺めている間にも、一枚、また一枚と枯れ葉が席を立ち、役目は終わったと眠りに就くようだ。そんな寂しさと、自分の惨めさが重なって、青年は伏し目がちになる。ゆっくりと下へティルトしていく視線の先へ、拳くらいの大きさの木の実が差し出された。見間違えることはない、霊気順化のときさんざん飲んだ、クヤッシュの実だった。


「ノド、乾いたろう?」


厚い眼鏡のレンズの向こうのサマルは、いつだって目尻の下がった、人の好さそうな穏やかな表情だ。目は口程に物を言うというが、よく彼女の性質を現していて、ありがたいとウェイドは思う。


「ありがとうございます。いただきます」


クヤッシュを受け取って、殻斗を引きちぎる。ぽっかり空いた飲み口の暗ささえ今は怖いので、さっさと口を付けて呷る。ほのかに甘いジュースが、口の中の気まずさを解きほぐしてくれるようだった。


「ウェイド君さぁ」


飲み切るかどうかというところで、サマルが切り出した。果実をひっくり返して、急ぎ中身を空にすると、乱暴に口を拭ってはい、と応答した。


「見えてんだろう、全部。打ち込みの軌道も、カウンターのタイミングも、さ」


単刀直入に、一番確認したかったことを切り出す。そして、予想通りに、ウェイドからは「はい」という返事がくる。


「なんで、(ヴィオラ)を振らないんだい?」


彼女のストレートな問いかけに対して、ウェイドはしばらく口ごもったあと、なんとか適切な言葉を探り出した。


「怖いんです。人に、武器を振るうのが」


単純な回答に、少しだけサマルは面食らった。


「そりゃあ、そうだろうけども」


「壊してしまうのは簡単だし、一瞬だ。でも、直すのには時間がかかるし、なおらない物だって……」


ゲダンに現れた化け物は、ものの一瞬で集落を壊滅させた。

この間のエキシビションでフレディが抉った床は、張替に3日程度を要した。


全く規模の違うこの2件には、ウェイドの語ったことが共通している。

それがどうも彼のトラウマを刺激しているらしい。


それで剣が振れないのでは困りものだが、少なくとも、壊す可能性への恐れ、そしてその重責を認識していることは、好ましいとサマルは考えた。そして、救いようがある、とも。


「…いよっし、分かった。」


サマルは両手を勢いよく打ち鳴らした。

渇きを増している外気に、拍子木のように音が木霊していく。


「特別講義だ。これでもって、キミを見極める。…キミの新しい"良いトコ"、見つけられっかもよ」


サマルの笑顔は変わらず穏やかだったが、その中に少し、挑戦的なものを含んでいた。





 試奏場へ戻ったウェイドには、木製の模造刀が手渡された。再び白線の中へ戻った彼の対面に、同じく木刀を持ったサマルが立つ。


「ウェイド君にはさ、今から私の打ち込み、全部防いでみて欲しいんだよね」


刀を手首の回転だけで華麗に振り回すと、サマルは楽士の基本の構えを取った。右手で鍔の根本を握り、左手はその下を持つ。そして右足を前に半歩出すような姿勢だ。


「気楽にやってこう。ただし、出来る間はずっと続けて」


そうは言うが、彼女の眼差しは鋭い。ウェイドは若干萎縮しつつも、同じく構える。


「ワンダちゃん、号令頼める?」


サマルが、時々忘れそうになるフレディの本名を呼ぶと、彼女はどこからともなく「イエス、教官(マム)」と応答し、コートへと駆けつける。そして首にかけた伝令管(シューティング・ホルン)を手に取った。


(さぁ、見せてくれよ…キミの底力)


お互いが見合ったのを確認し、フレディが喇叭(らっぱ)を鳴らす。それと同時に、サマルが緩やかに踏み込んだ。


 まずは、真上から振り下ろす。問題なくウェイドが受けたのを確認するが、やはり彼にカウンターの動きは見られない。次に右、左と連続で剣戟を加えるが、これも難なく受け止められた。


次は速度を速め、先ほどと同じ軌道をとる。きちんと対応できることが確認出来たらば、今度は更に手を速めつつ、斜め方向や、斬り上げの動きを加える。が、ウェイドは顔色を変えず(とは言え、自信のなさそうな顔のまま、という意味だが)捌ききってみせる。反応速度については問題無い。むしろ、同期達に比べたらかなり良いほうだ。


だが、サマルが本当に見たいのはこの先だ。


彼女はウェイドから5歩分程度距離を取ると、構えを変えた。それはフレディの得意とする、いわゆる”王国風”の構えだった。わずかに、戦況を見守るフレディの眉が反応する。


すかさず高速の突進攻撃が繰り出される。初撃はなんの仕掛けも無い直進だが、それでも速度は先程までの比では無い。しかし、ウェイドはこれをも容易く防御する。

再び距離を取り、攻撃を繰り出す。今度はウェイドから見て左下へ潜り込み、斬り上げるような軌道だ。それを見た瞬間、フレディはあっと声を上げそうになったが、寸でのところで堪えた。この動きはフレディがエキシビションでクロウに振ったものと同じ、フェイント技だ。それも、フレディのよりもっと早い。


彼女の予想通り、ウェイドを射程に収める瞬間に剣先は急上昇し、サマルは容赦なく木刀を振り下ろす。だが、そこからは予想を超えた。試奏場内に、甲高い木材同士の衝突音が響く。

…そう、この攻撃も、彼は防いでみせたのだ。


「マジですかい!?」


思わず、フレディが叫ぶ。

それに驚いて、周囲の楽士たちも手を止めて、ウェイドたちのいるコートへ注目する。汗一つかいていないサマルの様子から本気では無いことは伺えたが、それでも自分たちの動きを遥かに凌駕する猛襲を受けているにもかかわらず、ウェイドもまた、そのすべてを通すことが無い。


「なんじゃあなんじゃあ!?」


遠くのコートにいたクロウたちにまで騒ぎが伝播したらしい。身長の低い彼は同期を掻き分け最前へ出ると、ちょうど、サマルがウトバ族由来の剣術を四方八方から繰り出しているところだった。


「ありゃあ、感覚器の鋭敏な獲物に使う必殺剣術じゃあ、素人に受けきれるもんじゃあ無い!」


彼の言うこととは裏腹に、サマルが剣を振るう度、カンカンと気持ちの良い音が鳴る。ときには背後からも襲い来る木刀を、ウェイドは確実に受け止める。


それからは、偉大なる教官殿による、大陸各国の剣術フルコースが披露された。地元の技が登場し沸き立つ楽士もいたが、何よりそれを怯え顔のままに無傷で切り抜けるウェイドに注目が集まった。いつ終わるとも分からなかった戦いは、とうとうウェイドの剣がへし折れてしまうことでようやく決着した。


「合格!」


フレディの喇叭が鳴るなり、サマルは高らかにそう言った。はぇ?とその場にへたり込んでいたウェイドが、風体通りの情けない声を出す。彼女はこれまで見たことも無いようなとびっきりの笑顔で、糸の切れたマリオネットみたいな男へ手を差し伸べる。


「いやぁずっと待ってたんだよ! キミみたいなやつ!! 今日はとってもラッキーデイだ!!」


「は、はぁ……」


要領を得ないまま、彼女の手を取って、なんとか立ち上がる。そのままサマルは繋がった手を上下にぶんぶん振り回したかと思えばぱっと手を放して、踵を返した。


「みんな、今日はもう適当に上がっちゃっていいよ! あとウェイド君、キミは明日エコーズん家集合で!」


それだけ言うと、スキップで道場を出て行ってしまった。大声の鼻歌が、彼女が本当に帰ってしまったのを感じさせる。とうとうウェイド含め、誰も何も分からないまま、この日の教練は終了となってしまったのだった。





 「あれ、どうやってるんじゃあ、ウェイド!!」


いつもの居酒屋に腰を落ち着けての、クロウの第一声はそれだった。フレディも対面から身を乗り出して、同様に聞いてくる。


「どうったって…ボクにもよく分かんないんだよ。自然に身体がイヤな感じのした方に動くんだ」


「反射ってコトですか!? 鈍くささの化身みたいなウェイドが!?」


シンプルに失礼なことを、フレディが大声で言う。「そんな風に思われてたの!?」とウェイドが聞くと、彼女は小さな口を両手の指先で覆った。


「おっと失敬、失言でありやした」


「いやそっちのが失言だろうよ!?」


突っ込んだものの、すまして知らんぷりを決め込んだ娘さんに観念して、ウェイドは一つ大きなため息を吐く。


「…10代のころはあんま良いこと無くってさ。人から暴力を受けるのなんてしょっちゅうだったんだ。それで気が付いたら、どこに痛いのが来るかってのが、なんとなく分かるようになったというか」


「ゆうても、それだけであんなに的確に捌けるようになるかのう?」


どかっと座席に戻って、クロウは両腕を組みながら白髪の混じった頭を傾ける。フレディも座り直して、いつもの頬杖の姿勢に戻った。


「霊気も関係してるんじゃないすかね。ウェイドはフィフストラベラーですし、感応が強化されたとか」


「うーん、無い話じゃ無いだろうがのぉ」


理由は3人とも、釈然としていない。特に霊気の濃いこの地域では、何が起こっても不思議では無い。それが、生命すら産み出すエネルギーの挙動なのだ。だが、それ以上に今のウェイドには、新たな不安の種があった。


「それよりさ、ボク、エコーズの家で何言われんだろう?」


「ンなもん、私たちだって分かりゃしませんよ」


即、素っ気ない返事が飛んできて、ウェイドは何も言えなくなった。どう文句を垂れようにも、「そりゃそっか」と思っている自分が邪魔をする。


「でも、良い機会じゃありやせんか。姫様ん家行くなら、ついでに友達になろうって言いに行けるんじゃないすか?」


急にトークテーマがあらぬ方向に行って、ウェイドの尻は椅子から滑った。


「え、今そういう話してた?」


「明日んなったら分かることをウジウジ考えてたって仕方が無ぇってんですよ。今考えられるコト、できることについて考えた方が建設的ってもんでさ」


もっともらしく言っているように聞こえる。が……。


「フレディが面白がってるだけだよね?」


「…その要素も、大いにあります」


開き直ったように彼女は白状する。だんだん飽きてきたクロウは店のウェイターを呼ぶと、さっさと注文をし始めたのだった。





 翌朝。時間通りにギーガー氏邸を訪れたウェイドは、屋敷の門の前でサマル、そしてフライヤの出迎えを受けた。ここ最近もずっと遠方へ出ていたと聞いたので、彼と会うのは本当に久しぶりだった。


「また少し、顔つきが変わった気がするな」


そう言ってフライヤは、ウェイドの頬を少し摘んだ。「おいおい、よせよ」と、困り顔で彼の手を退けて、それから2人は笑いあった。

サマルの案内で邸内を進み、以前、試験合格のお礼を言いに来た際通された部屋へ入る。そこには、楽士団の制服を着たエコーズが待ち構えていた。おおむね”いつも通り”の挨拶が済むと、サマルが先陣をきって本題へ入った。


「さて、詳細を話さないうちになんか物々しくなっちゃってアレなので、いい加減ウェイド君にもネタばらしをしよう。昨日の試合だけど、あれでキミの適性を図らせて貰ったんだ。その結果は既に伝えた通り合格、と」


「ええ…でも、なんの適正なんでしょう?」


ウェイドが問いかけると、サマルが掌でエコーズに合図した。今まで奥で大人しくしていた彼女はウェイドの前へと進み出でて、(ケース)に収められた一振りのヴィオラ・ダ・スパーダを差し出した。ぎこちない手つきでそれを受け取る。


「あと、こちらも」


もう一つ出てきたのは、よく見慣れないものだった。黒曜石のような美しい黒の光沢をもつそれは、広げた手のひらよりふた回りと少しの大きさがあるお椀型で、縁にはカルナバルの風景をパノラマで描いた彫刻が施されている。裏をひっくり返すと凹面に橋を渡すように取っ手がついており、左手で握りこむと何故か非常にしっくりくる。そこで彼は気がついた。これは、バックラーである、と。


鞘の留め具を外して剣を抜くと、バックラーと同様の光沢を持っている以外は普通のヴィオラ・ダ・スパーダかと思ったが、刃から聞こえる余韻は普通のそれよりもかなり低いように感じた。


「それはバックラーと剣、2つ一揃えのとても珍しいヴィオラでさ」


不思議そうに武器を眺めているウェイドに、サマルが言葉を続ける。


「名前がね、"ウェイト"って言うんだ」


ウェイドが顔をぱっと上げる。それは奇しくも、ゲダンの宿で彼に付けられたあだ名と一緒だった。

目を丸くする彼を見て、サマルが微笑む。


「盾と剣で攻撃を受け続け、溜めに溜め込んだ響きを、相手の一瞬の隙を突いて叩き込む。忍耐と、的確に攻撃を弾く技巧が必要なんだ。そして、キミにはこれを使いこなす才能がある。コイツは並大抵のことじゃない。誰にも真似できない、模倣不可能な技巧(ユニーク・アクト)だ」


「ボクが、これを…本当に?」


「よろしく頼むよ、後輩? そいつを扱えるのは、この団の歴史の中で17人。今は私とキミだけだ」


サマルが身動ぐ。少し捻った腰元には、ウェイドの物とは対照的な白銀に輝くバックラーと剣が下がっている。


ウェイドは何か言おうとしたが、胸が詰まって言葉が出ない。感謝の言葉、感激の言葉、浮かぶ度にああでもない、こうでもないを繰り返し、ただ口をパクパクさせるだけの彼の肩に、フライヤが優しく手を置く。


「ほらね、見つかったろう? 君に出来ることが」


「あぁ…ああ!嬉しい! ボクは、今、すごくっ……!」


堪らず、目元を袖で拭った。咄嗟に"嬉しい"と口にしたら、堰を切ったように涙が溢れて止まらなくなった。とても数奇な運命である。始まりは最高に理不尽で、それまでも十分嫌気がさしていた雨宮邦和の人生の中でもダントツに不幸な日々だった。それが、フライヤに命を救われてからは、仲間が出来た。今まで経験のなかったその出来事が、初めて彼に"頑張ろう"という感情を呼び起こした。


肉体的にも、ときには精神的にもハードに感じることはあった。命の危険にもさらされた。

そしてついに、今、1つ掴んだ。ウェイド・ビーツに出来ること。

他はダメかも知れなくても、これだけは、人に誇れること。

それが、両手に握りしめた剣と盾(ウェイト)だと、ようやく知ることができたのだ。

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