第13節
いつ終わるとも知れない霊気順化の日々が続いている。毎度一呼吸でホワイトアウトしては医務室で目を覚ます有様だったが、こんなんでもエコーズ曰く、「予想以上に筋が良い」とのことであった。他の人間が言うならお世辞や慰めに聞こえたかも知れなかったが、彼女の言うこと、それが褒め言葉であるなら尚更、ウェイドにとっては信用に足るもののような気がした。そんな訳なので、くよくよ考えるのはやめて景気良くブっ倒れることにした。
自分の成長についてはとんと実感の湧かないものの、目に見えるものの移り変わりは中々忙しない。まず、あのエコーズが、ウェイドをフルネームで呼ぶことをやめた。少し驚いて、理由を聞くと「だって、他人の嫌がることを、わざとらしくやってやるような趣味は無いもの」とのことだった。どうやら初日の医務室での、フレディとクロウとの会話を聞いていたらしい。
その2人との交友といえば、ブレスの訓練の最初の3回くらいはフレディと医務室の常連として励まし合ったが、沿岸の出身とはいえエム・フォウティ人である彼女も次第に他の楽士達の訓練に付いていけるようになっていた。それでも訓練後はクロウも伴ってライタイのダイナーへ入り、軽口を飛ばし合った。そんな新しい日常をフライヤに報告したならば、案の定彼は飛び上がって喜んだ。「次会うときは、友達100人だね、ウェイド?」と言って彼はまた遠征に出掛けていった。その忙しさは相変わらずだ。フライヤはいつでも何処かで、ウェイドのような境遇の集落、人間を救っている。その成果はウェイドのアパートに住人が増えていくことでよく分かっていた。お互いがどんな目に遭ったかの見当がおおよそ付くからか、自然と住人同士がちょっとした立ち話を交わすようになるまでも時間があまり要らなかった。ウェイドにとって久しぶりの、ご近所付き合いだった。
さて、我らがウェイド・ビーツは一人前の楽士になるべく日々訓練を続けているわけだが、楽士にとって必要な技能はアクトのみにあらず。白いマントに刺繍の八分音符、そしておとつい支給された伝令用のラッパ「シューティングホーン」と、楽士を象徴するものは色々あるが、中でも目を引くのは彼ら彼女らの持つ剣、「響きの刀剣」である。
剣はヴォイス山の標高の高い場所に堆積している鉱物、音鋼から作られる。音と詞を食べる霊獣が、長い年月で代謝し続けた結果に生成されたこの物質を、高位の楽士が儀礼的手順で切り出した物が素材として用いられるのだ。鉱石はタスキー川を利用してカルナバルへ運び込まれ、古くより製作を担うギーガー氏邸、つまりエコーズの実家へと送られる。炉で精錬され、より純度を増した音鋼は鍛造されることで形を成し、打ち合いの際に美しい音色を響かせる特異な刀剣として完成するのである。
「で、あるからして、それもコレもみーんなお父様の打った剣ですのよ。粗末な扱いをしようものなら、貴方がたも粗末に扱ってやるんだから、心して訓練に励みなさい。以上」
「はーい先生」
「発言を許します。ウェイド」
「なんで君がいるの、今日は全体での訓練なのだけれど?」
今日はアウティーヤにある屋内の訓練場、ウェイドに馴染みのあるよう言い換えるなら"道場"に、新人楽士が集合していた。エコーズの前説の通り、これから行われるのは本物のヴィオラを使っての実習である。普段は同期と隔離されているウェイドも、ようやく集団に加わり、何人かと二言、三言交わすことができた。何よりフレディとクロウのいる実習というのは新鮮で、少しワクワクしながら楽士堂に出勤した彼だったが、目の前には普段と変わらぬ過剰な美貌の少女が立っていたのだった。
「何か不満でもありまして?」
「1ミリも無いと言えばウソになるかな」
「ブッ飛ばしますわよ!?」
彼女が振り上げた拳に「待って、エコーズ?」と声がかかる。皆が道場の入り口を見ると、小柄な女性楽士が入ってきた。
耳に掛かる程度の赤毛で、いくらかそばかすの散った鼻に大きな丸眼鏡が載っている。ウェイドは(ウェンディーズのマスコットってこんなだったっけな)という印象を持った。ニコニコ笑顔で肘を振って歩くのはなんとも古めかしいというか、能天気な印象を受けるが、ショートマントの半分が通常の白ではなく紅く染めてあるのをみて考えを改めた。フライヤに以前聞いた話では、それは特別な偉業を成したものの証であるらしい。
女性はエコーズの隣まで来ると、腰に両手をあてて新人達の顔を一通り眺めた。
「おはよう諸君、私はサマル・ティーネージ!キミたちのヴィオラの指南を任されている者だ。…んだども、今年はいかんせん人数が多い!とても1人じゃ見切れない!」
どう考えても人前で言うようなことでなかったが、サマルは自信満々に、高らかに語る。
「そこで、頼れる助手を用意した。エコーズ・ギーガーだ!」
エコーズはサマルより半歩前に出ると小さくカーテシーをして、再び彼女の背後へと戻った。いつ見ても、こうした仕草はキチンとしている。
「と、言うのがエコーズのここに居るワケさウェイド君」
急に呼ばれてびっくりしたウェイドは気をつけの姿勢をとって、裏返った「はい」を返した。背後で聞こえた2人分の笑い声の発信源は考えるまでもなかった。
「さぁさぁ、お待ちかね、お手元のヴィオラに触ってみようじゃないか。みんな、鞘の留金を外してくれ」
促され、各々腰のベルトから下がった革製の鞘に手をかける。留め具には強めの磁石が使われており、力を入れて引っ張るだけで外れる。
「手は柄にかけたまま、まだ引き抜かないでね。どんな時でも現場のリーダーの号令あるまで待機だ」
並び立つ楽士一人ひとりに目を配りながら、サマルは右へ左へ歩く。
「はい、じゃあ「抜刀!」って号令が聞こえたら抜いてくださーい。ホレそこぉ、今ちょっとフライングしかけたろ〜?」
彼女の指差した先の、ガタイの良い数人の男性楽士が、頭を掻いてはにかんだ。彼らが楽士章に手を当てて一礼すると、おちゃめな教官殿はうんうんと頷く。
「その意気や良ぉし。それじゃ今度は真面目にやるよー。ばっとーう!」
むしろ間延びしたような号令に合わせてウェイド達は剣を引き抜いた。とりあえず胸元に持ってきた頭身は音叉のように微かに鳴っており、ホログラムのような虹色の輝きを持ちつつも、ほんのりと赤みを帯びている。
「鞘の中では"響き止め"っていう部品のおかげで静かなヴィオラだけど、それが無くなれば基本的に鳴りっぱなしだ。この音色はキミ達に色々と役立ってくれるぞ。っつわけでウェイド君、前へ!」
「え、あ、ボクぅ!?」
刀剣の重さに負けてぎこちない動きでウェイドはサマルの隣までやってくる。サマルは胸の前で垂直に自分のヴィオラを構えると、彼にも同じようにやってみせるよう促した。
「まず初めに見てもらうのは、ヴィオラの響きの最も基本で、めっちゃくちゃ大事な効果についてだ。まずは刀身に、軽くデコピンを一発くれてやるのさ」
ウェイドは言われるままヴィオラの刀身を指で弾いた。爪の先に痛みが走るが、期待した変化はあったらしく、僅かに赤みを増した。なんなら振動と音叉のような音色も感じる。サマルは近寄ってきて彼の手首に手を添えると、腕を引き伸ばしてヴィオラを地面と水平に構えるよう誘導した。そして元の位置へ戻ると、自身のヴィオラも同じように爪弾いて、準備を整えた。
「じゃ、何があっても絶対動かないよーに!」
サマルは躊躇いもなくウェイドのヴィオラに狙いを定め刀剣を振りかぶった。普段は半分も開かない彼の目もこのときばかりは見開いた。
「まさかそれ振り下ろすの!?」
「危ないから動かない!!」
抗議の声を上げようとするもエコーズに遮られ、ウェイドの予想通り、真顔のサマルは地面と水平に保たれた剣めがけて思い切り振り下ろした。
薪割りの如くまっすぐに刀身を打ち、教会の鐘を連想させるような大きな音を立てた。ウェイドは思わず肘が抜けるかと思うほどの衝撃を感じたが、しかしその手は剣をがっちりと掴んで離さなかった。
「〜ッてぇ!! なに今の?!!」
思わずしゃがみ込み、涙目になる。サマルはニコニコ笑顔に戻ると剣を器用に弄び、鞘に収めた。
「みんな、これがヴィオラ・ダ・スパーダの一番基本のアクトだよ!」
手拍子を2回して注目を促すが、先ほどの一撃で既に皆の目はウェイドのヴィオラに釘付けだった。
「剣の起こす振動が筋肉を刺激してくれて、自分から剣を手放そうとしない限り、決して離さなくなるんだ。これで安心・安全に剣が振るえるってワケ」
「それを先に言ってくれたらもうちょっと痛みもマシだったんですけどね!?」
ウェイドは涙を目尻に溜めながら抗議の声を上げるが、横からこめかみをエコーズに押され、バランスを崩す。
「そう言ってヘタな構え方されていたら、骨折れてますわよ?」
へ?と青ざめる彼をよそに、サマルは解説を続ける。
「そう、エコーズの言う通り。手がしっかり柄を握ってしまうから、腕の可動域を考慮しないと怪我しちゃう弱点もあるんだ。ヤバい、と思ったら手を離すことも大事なコツさ。何がヤバいのかは、これからの教練で学んでいくよ」
先生の言う、「これからの教練」の内容について、今後の波乱をウェイドは感じ取って憂鬱になった。実際、まだまだ困難は続くわけだが、その先には新たな、そして運命的な出会いがあるのだった。




