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第7節

 都までの街道を外れ、馬車は森林地帯へと進んでいた。これまでのウェイドの常識からすれば命知らずな行為に思えたが、すっかり雑草ひとつ見えなくなった道と、そこに刻まれた轍を見るに、人の行き来が盛んであることは疑いようもなさそうだった。枝葉のカーテンの入り口に差し掛かったくらいで、フライヤは「今度は、君のことを聞かせてくれよ」と言ってきた。


「うーん、ちょっと説明が難しいんだよな。そもそもボクはこの星の生まれじゃないんだ。君たちの言葉で言うところの…ほら……」


天井を見ながら、ひらひらと手を振るが、それくらいでは"支社長"との奴隷船でのやりとりを思い出せないくらいには時間が経っていた。だが、幸いにフライヤは察しの良い男だった。


「フィフストラベラー?」


「そう、それそれ。こっちじゃ少なくないんだろう?」


小首を傾げて聞いてくるのに、ウェイドは手を打った。

あの奴隷売りが「この星の歴史はフィフストラベラーとの歴史だ」とかいうニュアンスの話をしていたはずだったから、「そうだとも」みたいな返事を予想したウェイドだったが、ウェイドの予想に反し、フライヤのリアクションは否定だった。


「まさか、歴史上に何人かいる程度さ。そりゃあ語られない人々もいるんだろうけど、滅多にあることじゃないよ」


「けど、ボクが載せられてきた貨物船にゃ、ボクを含めて5人くらいフィフストラベラーがいるって話だったんだ」


すると、フライヤが眉をひそめた。顎に指を添えて難しい顔をするので、ウェイドの肩が微妙に強張る。


「…ウェイドを疑うわけじゃないけど、それが真実なら、かなり高度な知識と悪意をもった魔術士がいるかも知れないね。念のため、僕の方でも少し調べてみるよ」


「そ、そうなんだ…。そうだね、ボク以外に、まだまだ連れ去られてるんなら、止めてやって欲しいな」


彼の声色は冷静かつ真面目だ。スモールトーク気分から上手く切り替え損ねたウェイドは18歳の少年に対してどんな調子で話せばいいかたちまち分からなくなった。幾ばくか間を空けて23歳無職の男は、ようやく馬の蹄のリズムから次の言葉を見出した。


「その、過去にいたフィフストラベラー達も、みんな拐われてここに来たの?」


「全てでは無いけれど、結果的に、こちらからの魔術的干渉が原因だったことが多いね。一番大規模なものでは、船とその乗組員達が丸ごとこちらへ飛ばされてきたこともある」


「すごいな…何かの伝説みたいだ」


ウェイドの中で、神隠しやら、バミューダ・トライアングルなんて単語がちらついた。実際に自分がこんな目に遭ってみると、これらの都市伝説もみんな、この星が関与してたんじゃないかと思えてしまう。


「そうして彼らは、僕らの文化や文明に新しい刺激を与えてくれた。特に、年々魔法の恩恵を受け辛くなっている沿岸部の街なんかでは、霊気のない世界から来たフィフストラベラーの技術が重宝されてるんだ。この馬車が備えているゴムタイヤも、君なら当たり前に見ていたんだろう?」


「まぁ、そりゃあ……」


「ふふ、これだけのものが当たり前に普及している世の中っていうのは、実に暮らしやすいんだろうね。何しろ揺れないから、移動中にも寝られてしまいそうだ」


フライヤは状態を反らして、小さく伸びをした。その所作にすら薄っすらと気品を感じて、どんな教育でならこんな人間になれるのだろうと思った。


「今はまだ限られた車両にしか使えないけれど、いずれ誰もがこれに乗れたなら…速いから時間のゆとりはできるし、良いこと尽くめだね」


こんな風にプラスの未来を想像し、期待を持つこともまた、ウェイドは久しく出来ていなかった。それは、彼自身が先を見ることをすっかり諦めてしまっていたということもあっただろうが、地球での暮らしを思い返した今、ふとした気づきがウェイドにはあった。


「んー、ゆとりの増えた人も確かにいただろうけど、ボクから見た人たちはみんな、忙しい、忙しいって言ってばっかだったかな。速くモノやヒトを運べるようになったら、誰もがその空いたところに、別の何かを詰め込もうとしたんだ。それが原因でゆとりが無くなったから、もっともっとスピードを早めたけど、結局みんな同じことを繰り返してた」


ロジスティクスの発達と情報網の高速化は、ウェイドが地球で過ごしている間にも著しい変化を遂げていることはよく実感できるほどだった。そしてその暴風の只中に居た経験のあるハルからも、如何に余裕のない生活だったかは聞いたことがあった。彼らの生きてきた社会は一部の人間を、寝起きをして仕事をするだけの機械部品に貶めていた。


「そうして行くうちに、人間の生きるスピード感はとんでもなく速くなってった。うっかり転んだら、二度と追いつけないほどにね。でも、転んでもほとんど苦労しなかったのは、確かに良い世の中だったよ。全部機械が面倒見てくれたし」


そして遂に彼は、「自分の命の始末も、機械がつけてくれたらいいのに」なんて考えるようになっていた。


「ボクはずっと、なんでも与えられてるのに、何も得るものがない。そんな暮らしだったんだ。時の流れに乗り損なったヤツは、止まった時の中を生きるしか無かったんだ。違ったのは…音楽くらい?」


「ウェイドは、音楽が好きなのかい?」


「…まぁね」


どうしてそんな言葉が出て来たのか、自分でもよく分からなかった。向こうにいた時の自分は音楽を、ただただ垂れ流して消費しているように感じていた。それでも、見向きもしなくなった他の娯楽と比べれば、確かにずっと関心を持ち続けていたし、常に側に置いていた。それを好きと表現していいものかどうかについては、もしかすると賛否があるかも知れなかったし、何よりウェイド本人が否と思う方だった。なのでウェイドは、どうして音楽が他のモノより「いい」と思えたのかについてを、言い訳のように喋り続けた。


「どんなものにも終わりはあるし、古いものは捨てられて、忘れられるけど、音楽の命は永遠みたいに思えるんだ。いつまでも新しいものが生まれ続けて、死んだと思ってたものが、気がつくと息を吹き返してる。それって、一方通行な時間に流されるんじゃなくて、過ぎて来た時間から未来までを、自由自在に行き来してるようなものなんじゃないかなって」


「ふふ、興味深いね、それ。…なら、君にはきっと気に入ってもらえるよ。カルナバルでの暮らしは」


ピアノの練習のように辿々しいスピーチを、ただ優しく見つめながら聞いていたフライヤは、それが終わると自分の背後の引き窓を開けた。濃厚な森の香が入り込んで来た次の瞬間には、溢れんばかりの陽光がウェイドの目を突き刺した。どうやら、森を抜けたらしい。


「外をごらん、ウェイド?」


かざした手のひら越しに、光に目を馴らしてから、ウェイドは尻を持ち上げてフライヤの席へと身を乗り出した。窓の外を見ると、そこにはウェイドの故郷にもあったような、青く霞む美しい成層火山のフォルムが見えた。


「山……」


「あれは霊峰「ヴォイス山」…と、諸外国の人々は呼ぶんだけれど、僕らにとっては違う。彼は「霊獣ヴォイス」。カルナバルの始祖たる、音と詩を食べる霊獣だ」


「あの山が、生き物だって?」


「そうだとも。カルナバルは、彼に音曲と歌を捧げるために出来た街であり、今も彼の耳のそばにあり続けるんだ」


この星で起こる現象は、ウェイドどころか生まれ育った人々の常識すらをも蹴散らすのを身に染みて分かったつもりでいたところだったが、流石にこれは信じ難かった。あんな山が本当に生物ならば、少し身動いだだけで大惨事だ。しかも、そんな場所に都市があるときた。

上手く受け入れられなくて変な顔をしていたウェイドを見て、「その反応には慣れてるよ」と言わんばかりのフライヤは、口の端をニイと持ち上げた。


「せっかくカルナバルに来るんだ、君も彼に挨拶しに行かないかい?」


「話せるの、山と?」


「もちろん。ちゃんと顔もあるよ?」


当たり前のように言ってのけるフライヤに、ウェイドはシンプルな疑念を隠さなかった。しかし少年はそんな態度を咎めないし、自信ある表情は揺るがない。むしろ、日頃のどんな話題よりも意気揚々としている風に見える。


「…なら、頼むよ。君のオススメなら間違いが無いだろうから」


すると、フライヤは今までで一番顕著な表情の変化を見せた。肌の張った部分とシワの寄る部分のコントラストはきっちりと分かれて、ただでさえよく出来た笑顔がGペンで描かれたようにクッキリしていく。おまけに宝石のような双眸のカラット数まで増えている。


「勿論だとも! ならば、善は急げだよね。真っ直ぐ礼拝堂に向かわせよう」


フライヤは長椅子の上を擦るようにせっせと移動すると、御者の席に通じる小窓を開けて二言、三言声をかけた。すると、馬車が緩やかに加速していくのをウェイドは感じた。なんでこんなにフライヤが高揚しているのか今の自分には理解が及ばなかったが、命の恩人が自然体で楽しそうに、嬉しそうにしている様に見えるのは悪くない気分だと思った。





 正直言って、カルナバルの美しさは想像以上だった。

まず目に飛び込んでくるのは、ヴォイス山を少し回り込んだところで顔を出す巨大なモザイクアートだ。建造物の屋根が一軒一軒、鮮やかな単色で塗り上げられており、それらが集まることで1人の男性の肖像を形作っていた。フライヤ曰く、街を「芸術の都」として知らしめるのに多大な貢献をした人物なのだという。


街を取り囲む獣除けの外壁は来客を歓迎し楽しませる役目も仰せつかっている。真っ白な漆喰状の塗料の上から延々と壁画が描かれていて、何代にも渡って多くのアーティストによって加筆されたことにより、上下左右を関係無しに流行の変遷と歴史の広がりを記録していた。


やがて馬車が速度を緩めたならば、いよいよ街の正門である。少し先に見えるアーチ状の入り口まで引かれた歩道では、左右に4つずつ、合計8つの巨大な鳥の彫刻が待ち構えていた。その内の1つは、ゲダンの集落でフライヤが来てくれたときに乗っていた巨鳥とそっくりだった。


市内は交通の事情により、普段は馬車が使えない。フライヤに続いて客車から降りてみると、2人の男性が彼に礼をした。いずれも同じ白いショートマントを羽織っており、肩には八分音符の刺繍がある。フライヤも、自分の刺繍に手をあてて、礼を返した。


「お疲れ様です、フライヤ。今回は長旅でしたね」


1人が話しかけてきた。なんとなく歳はフライヤよりも上のような気がしたが、振る舞いからは目上の人間を敬うようなものを感じた。


「うん、素敵なゲストの支度を待っていたのさ」


そう言ってフライヤがウェイドに目配せする。何事か分からずキョロキョロしていると、目の前の2人の白マントはウェイドにも会釈した。


「これはこれは、さぞ大変だったでしょう」


「ようこそカルナバルへ。楽しんでいってくれ」


2人から気持ちのいい笑顔を受け取とり、ウェイドは「どうも…」と頭を下げた。フライヤに促され、巨鳥の待ち構える門へと歩く。半歩後ろからウェイドは小声でフライヤに聞いた。


「今のも、フライヤの家の人? 同じ格好してたけど」


すると18歳はふふっと控えめに失笑して、23歳へと嗜めるように返した。


「よかったよウェイド、それ彼らの前で言わなくて。彼らは僕と同じ仕事をする、対等な仲間さ」


そこまで言ってから、フライヤは「あっ」と足を止めた。


「そういえば僕らの仕事のこと、君にちゃんと話したこと無かったんだっけ? それじゃあ分かんなかったよね。すまなかったよ」


再び歩き出して、正面にさらに控えていた「仕事仲間」たちが門を開けてくれるのに礼をする。続くウェイドも門扉の両端に軽く会釈して通り抜けた。


「僕らの仕事は楽士(がくし)。ヴォイスに仕え、彼の望む"平穏で文化的な生活"を、なるべく多くの人が出来るようにするのが僕らの役目さ。この街の治安維持はもちろん、外に出張って霊獣たちを鎮めるのもその一環なんだ」


アーチの下へ入る。暗がりで最初はよく見えなかったが、目が慣れてくると、やはりその内側も絵画で埋め尽くされていた。アーチの中で一つの物語を描いているらしく、左から右へと時間が進んでいくようだ。右端にはロバほどの大きさの偶蹄類が、楽器を演奏する人々と共に踊っている様子が描かれていた。それが時を経るにつれ、牛のように、象のように、家のように、どんどん大きくなる。それにつれて周りの人々も増え、街の規模も演奏も豪勢なものになっていく。


「かつてはヴォイスも旅好きだったけれど、それ以上に歌と詞が好きだった。ここでついつい食べ過ぎるうち、彼はここを動けなくなってしまったんだ」


そして、彼を囲う大きな建物が出来上がる頃、ヴォイスの下にフライヤたちのような白マントが現れる。


「あるとき、ヴォイスはカルナバルの人々にお願いをした。世界中の誰もが、カルナバルでの生活と同じように、幸せに暮らせているか、自分の代わりに見てきて欲しいってね」


右端では、もはや山と化したヴォイスの麓に、スペイン瓦の街並みが広がっていた。先程ウェイドが見たものよりも小さく感じるのは、この天井画(あるいは壁画)が描かれてから、さらにヴォイスが巨大化しているということなのだろう。


「"私はヴォイスの目となり、耳となり、口となる者"…この言葉は僕らにとっての自己紹介であり、祈りであり、戒めなんだ。…さぁウェイド、こっちだよ」


フライヤに促され、前へ進む。

アーチが終わり、辺りが再び光で満たされた。


「ようこそ、カルナバルへ。ウェイド・ビーツ、僕は貴方を肯定し、歓迎するよ」


ウェイドが一歩踏み出した先には、美があった。

1つの言葉の中には様々な意味、ニュアンスが含まれるものであるが、今彼の視界は思いつく限りの美で埋め尽くされていた。


建築。

シンメトリーなもの、アシンメトリーなもの、あるいはエッシャーのような奇怪なもの。壁へのペイントをされるがままに許すものもあれば、一点の染みもなく、漆喰の色を保ち陽光を反射し続けるものもある。その一軒一軒は、ただそこに建つのではなく、作品として展示されているかのような気品と、誇りを感じる佇まいだ。


ファッション。

道ゆく人々は誰一人として、同じ格好をしていない。色彩豊かに原色を着こなす人もあれば、目立たない色で上品に着飾る人もある。髪型、メイク、服、それらは言葉を交わす以前の自己紹介であり、自己表現であるが、特にこのカルナバルでは重要なことであるようだった。ウェイドは自身の、王国から工面して貰ったシャツとパンツ、そして無精髭と伸び放題の髪が、全く何も描かれていないキャンバスのように感じられた。


そして、道。

白い石畳のメインストリート、ロングタン通りは道幅こそ馬車を通すのに十分なものだが、年に数回あるかないかという具合だ。基本的にこの道は歩行者天国的に解放されており、カルナバルの人々はそこで思い思いの日中を過ごす。楽器を演奏する者、絵を描く者、遊ぶ子供に見守る大人。そして、それらを相手に飲食を提供する者や、大道芸人までいる。まさに、芸術都市の名に偽り無しと言った様相だ。


「すごい……」


情報の奔流に飲まれたウェイドが言えるのは、それだけだった。実際、初めてカルナバルを見る多くの人の反応といえばこんなものであるので、フライヤも笑顔でウェイドを見つめるばかりであった。


「気に入ってもらえたかな?」


言われて、ウェイドは黙って肯く。


「これから、この通りをずーっと奥まで進んで行くんだ。道中を色々見物して、それが終わる頃には、いよいよヴォイスとご対面さ」


再び、フライヤの先導にウェイドは従った。

その向かう先には、大きな橋と、更に奥に待ち構える、城郭めいた建築があった。

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