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第6節

 起きることで、寝ていたことを自覚する。それほどまでに都会の病院のベッドは怪我人をよく労ってくれる。ちょうど水差しを取り替えていた看護師はウェイドの覚醒に気がつくと、そばに寄って一言挨拶を交わしてから、マットレスの下についたハンドルを回してベッドの背を起こしてくれた。


あの蒸気機械の化け物が引き起こした災難のあと、ウェイドは駆けつけた王国の救護隊に保護された。命の恩人である少年、フライヤ・イクスビーに付き添われたまま、街道を南下して大都市、レーズ府に移送された。"喉の魔法"の掛け直しと怪我の処置を受け、三日間の絶対安静を医師に命じられたウェイドだったが、わざわざ言われるまでも無いほどに心は衰弱し、疲れ切っていた。寝ていようが、起きていようが、マットレスに背を預けたまま、どこか一点を見つめていた。昼頃になるとフライヤが訪ねてきたので、そのときだけは少しだけ話をした。気が紛れるようで嬉しかったが、3分としないうちに何となく胸が疲れて喋れなくなってしまった。するとフライヤは「また来るよ」と言って病室を出てしまう。そうなるとまた、記憶を掘り返し、ウェイドは静かに泣き続けた。


3日後、身体に問題はないと判断されたウェイドへの事情聴取が始まった。役人が代わる代わる現れて、事件の当日はもちろん、その前後の様子や出来事についても詳細に聞かれた。特に今回は、国の脅威判定官が殉職しているので大事になっているようだった。質疑応答の中でウェイドは他に生き残りがいるか訊いたが、彼以外は全員死亡しているというのが王国の出した結論だった。


聴取が終わり、再びフライヤが部屋を訪ねる頃には、もう、ウェイドはすっかり打ちひしがれていた。

フライヤはベッドの側から丸椅子を1つ引っ掴むと、彼の足元に腰掛けた。


「やぁ」


一声かけると、ウェイドは目蓋を少しだけ見開いて、彼の方を見た。どうやら、今の今まで来客に気づけてすらいなかったらしい。


「…フライヤか。ありがとう、また来てくれたんだ」


「ああ。…聴取は、身体に堪えたかい?」


「身体も、心もヘトヘトさ」


そうして、ウェイドはまた口をつぐんだ。顎が、顎の筋肉を動かしているであろう大元のようなところが、ずんと重くなるような感覚だった。言葉を続けようと胸の中に溜めた息は、瞬時に腐って力を失い、歯間から漏れ出て行った。

今日はここまでか、とフライヤが席を立とうと頭を少し屈めたとき、ウェイドの左手が微かに動いた。痙攣のようなささやかなものだったが、そこにフライヤは何か、意志の表れのような気配を感じて、そのまま座っておくことにした。

沈黙の中で、ウェイドはなんとか顎関節を動かそうと、喉を震わせようと、空気を送り出そうと四苦八苦した。腹に力を込めた途端に胸が烟ったように不快な気分になった。


「ボクは、みんなを助けようと思ったんだ。ボクにはこの先やりたいことも、なんの展望もなかったから、こんな無駄な命は、みんなのために使おうと、そう思ったんだ」


喋るたびに、胃の中が逆流しそうだった。

それでも、目の前のフライヤは次の言葉を待ってくれているし、何よりウェイド自身が、これを打ち明けないことには、もうどうしようもないと思っていた。歯を食いしばって、休み休みに、独白は続く。


「なのに、ボクだけが生き残っちまった。いつもみんなのことを考えていたロミスさんも、好きな人と明るい未来を生きようって頑張ってたハルも、みんな死んじまった。役人は確かにそう言ったんだ。生存者はいないって…っ」


ウェイドの目尻から、目頭から、渾渾と涙が溢れ出す。胸につっかえていたヘドロがようやく取れて、その下の泉が湧き出してきたかのように感じられた。


「これじゃあ、どんだけ死にたいって思ったって、ボクもう死ねないじゃないか。ゲダンのみんなに、合わせる顔がないよォ…ッ!」


膝にかかるタオルケットを、強く握りしめる。しわくちゃになった表面に次々と、涙の粒がシミを作る。今まで自分の世界しか見てこなかったウェイドが、初めて他人のことを想って流した涙だった。


「…ボクはこれから、何のために生きていけばいいんだろう。ボクは、何をすれば……」


目を伏せ、俯いているウェイドの肩へ、フライヤが手を添える。ウェイドがそれを手首から肩へと視線で追うと、その先に、空そのものよりも空色な、美しい双眸が上目遣いで彼を見ていた。あの忌々しい機械仕掛けが打ち倒された後の、晴れ渡った空のことを思い出した。


「何をすべきか…それが見つかるまでは、ウェイドは生きていてくれるのかい?」


「え?」


微かに、フライヤの睫毛が揺れたような気がした。

すぐに彼は笑顔を作ってしまって、それが気のせいなのかは分からなかった。


「それにうってつけの場所があるんだ。僕の住んでいるところ。名は、"カルナバル"」


「カルナバル…?」


「とても良いところさ。しばらく、暮らしてみるといい。居場所も僕が用意するからさ?」


フライヤは空いている左手をウェイドの拳に重ねた。刀剣を振るうとは思えないほど柔らかい指の感触がこそばゆく、タオルケットを握る力が緩む。なんだかそれが照れ臭くてウェイドは目を逸らした。


「そんな、悪いよ。命を助けてもらっただけじゃなく、そんな面倒まで見てもらうなんて……」


「遠慮することないさ。それも僕の仕事の1つなんだ」


フライヤはブラウスの胸ポケットから、1枚の紙を取り出した。ウェイドの知るものと遜色ない品質のそれには華美な装飾が施されており、広げて見せられるとそこには「紹介状」とあった。


「僕の家は人より少しばかり余裕があってさ、山の化け物とかの被害に遭った人たちを支援してるんだ。だから君のことも、同じように手伝ってあげられる」


紹介状には「イクスビー基金」の文字があり、組織の幹部たちの署名欄の上から3番目にはフライヤの名前があった。なるほど、確かに地位のあって、人のために尽くすのを生業に、または生き甲斐とする少年なのかも知れない。だが、だからこそウェイドは、ここまで自分という"個"に迫られることに疑問を抱いた。彼ほどの人が、なぜみすぼらしい奴隷の男にここまで目をかけようとするのか?


「どうして、そこまでしてくれるの?」


と、思わず頭で考えていたことが口に出た。すると、今まで甘ったるく湾曲していたフライヤの目がぱっちりと開いて、そのあと、初めて困惑したように眉根を寄せた。頬を右に左に、少し人差し指で掻いた。


「…話すと、ちょっと長くなる。でもね、ウェイド、君が生きてると僕は嬉しいんだ。今はそれだけ知っててくれ。いや、信じてくれ」


そう訴えかけるフライヤの瞳は、水面のように潤っている。少し前、看護師の立ち話を聞いたところによれば、彼の歳は18だという。自分より5つも歳下の少年の厚意を疑ってかかれるほど、ウェイドの精神年齢は高くなかった。


「わかったよ、フライヤ」


ただでさえ今は、他人の言うことに従うくらいしか、ウェイドはやることを見出せない。ならば、この少年が与えてくれるらしいチャンスに縋るしかなかった。そんな後ろ向きな思惑を知ってか知らずか、フライヤはまたニコニコ顔に戻ると、ウェイドの胸先にしっかりと手を差し出した。


「決まりだ。ようこそカルナバルへ」


フライヤの手をとり、握手を交わす。こうしてまた、ウェイドは他人を受け入れた。そして今度こそは、突き放さないと心に決めた。

ふと、病室に吹き込んだ風は相変わらずカラリとして涼しかったが、暦は確実に、夏へと進んでいた。





 フライヤは、「やる」と決めたら行動の早い男だ。翌朝のレーズ府国立病院の前には、フライヤとウェイドを迎えにきたという大きな馬車が停まっていた。金属部品で作られた客車部分にはゴムのタイヤを履いており、それを引く3頭の馬はかなり大柄で、太く立派な脚と蹄を持っている。

車体の後部にステップのついた扉があり、青い背広姿の男性2人に案内されて、フライヤとウェイドは乗り込んだ。彼らは「イクスビー家」で働く使用人らしい。「奴隷とかは使ってないの?」と聞くと、そもそも彼の国では奴隷制度自体が無いとのことだった。


中はコンパクトな居室といった雰囲気で、スペースの両端には向かい合うように革張りの長いシートが配置され、奥にはキャビネットが設置されている。見える限りでは最低限の食器類や、書物などが収納されているようだった。

対面に座るように促されたウェイドの着座を確認すると、フライヤは手元にあったハンドベルを鳴らす。すると直ちに外から男性の号令と、鞭をいれる音が聞こえてきた。馬が一斉に嘶くと馬車は緩やかに加速を始め、病院前のロータリーを抜け街道に出ると一層スピードを早めた。


「王都で開発されたばかりの最新型なんだ。頑丈で速度も出るから、もし霊獣に出会したって彼らを振り切れる」


シートをぽんぽんたたいて、フライヤは誇らしげに語る。確かに揺れも全然感じないし、窓の外の風景は自動車のごとく目まぐるしく過ぎていく。が、ウェイドはこの言葉に不安を感じざるを得なかった。


「…出るの、道中?」


そう、発明は必要から生まれ、必要には原因がある。

この場合原因とは言うまでもなく霊獣である。


「うーん、運が悪いとね。なんたってカルナバルは山奥だからさ」


苦笑いしながら、フライヤはキャビネットから、紐で留められた紙のロールを取り出した。ウェイドの目の前で広げると、それは地図だった。


「今僕らは海沿いの国、ライデン・メタロギー連合王国にいる。君はずっとこの国の北側、ノース・メタロギーで働いてたわけだけど……」


「こうしてみると、全然山奥じゃないんだ」


「そのとおり。そのもうちょっと下、内陸部の広い面積を持っているのが"シュライン・フォレスト共和国"。カルナバルはここにあるんだ」


ホテルに来ていた遠征兵から散々聞かされ脅かされた、ノース・メタロギーの「裏の山」。それをさらに北上したところにカルナバルはあった。てっきりこんなところ、化け物たちの無法地帯だろうと思い込んでいたが、フライヤの言う「いいところ」はそこにあるらしい。


「ここ、本当に人住んでるの…?」


ウェイドは訝しむが、フライヤは変わらず得意げだ。


「もちろんだとも。移住者も年々増えてるよ。誰もがカルナバルに、音楽とインスピレーションを求めてやってくるのさ」


「音楽?」


ウェイドはふと、酔っ払いたちの歌声以外は、長いこと音楽鑑賞をしていないことを思い出した。奴隷の身分だったのだから仕方のないことだったが、かつては一日中、彼の居室には音楽が流れていたものだった。


「…音楽かぁ」


急に、寂しさと心細さが襲いかかってくるような気がした。ここにはヘッドホンもスピーカーも、「ナイフパーティ」も「1200 Micrograms」も無い。でも、そういえば…と、最近ウェイドは懐かしい音を聴いたことを思い出した。


「ねぇフライヤ、山の上でのワブルベース、あれどうやってやったの?」


率直に質問を投げかけると、フライヤは「えぇ?」と虚をつかれたような反応をする。そしてあー、だのえー、だの珍しく戸惑ったあとに、少し肩を竦めた。


「あれは僕の生まれつきで、僕にしかできない(やつ)なんだ。だから、どんな仕組みで出てるのか、僕にもわからないんだよ」


「それじゃあ、またやってるとこ見せてくれよ。その辺の小石とかでいいからさ」


ただもう一度、電子の音を聴いてみたいと思っての発言だったが、間もなくウェイドは自分が何か失言をしたらしいことを察した。フライヤの表情は、いつもの和かさに一摘みの複雑さを含んでいた。


「うーん…君の頼みでも、それは聞けないかも」


フライヤは軽く人差し指と親指で目頭を擦って、僅かに目を逸らした。


「僕は、あの音嫌いなんだ」


いつもよりトーンが低いように聞こえた。それに驚いてウェイドは「ごめん」と、まずは謝罪を述べた。が、内心、自分の中のフライヤのイメージが一段階鮮明になったような気がした。申し訳ないような、嬉しいような、そのことがまた申し訳ないような。この感情の積層をどう呼んでいいかもわからないまま、馬車は気がつけば、レーズの街を抜けようとしていた。

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