骨と皮だけになっても同情なんかはいらないぜ
財布には小銭がわずかに残るだけ。もはや昼飯も食べられない。
オレは海岸で座り込んで帽子を目深に被った。
海の音を聞くと吸い込まれそうになる。俺の夢はどこに行ったのかな?
船に乗ってオレゴンにでも行っちまったか。
傍らの石を拾って投げてみる。
海岸への小道を自転車が走ってきた。
恰幅の良いジジイが乗っている。
オレの横で停まる。
「あ、その帽子!」
「あん?」
「ワタシね、その帽子、探してるんですよ」
「ああ、そうけえ」
「全然見つからなくてね」
「100均ショップにイヤってほどあるぜ」
「売ってくれないか?」
「あー!?100均ショップならもうちょっと先に行ったところにあるっての」
オレはその方向を指差した。
「いや、そんな時間はない」
「チャリなら10分もかからんぜ」
「ワタシはその帽子がほしいんだよ!ワタシはカナダに帰らなきゃいけない!ワタシの会社はカナダにあるから!」
ジジイはじっとオレを見つめている。
「売ってくれ、いくらがいい?」
そういうと立派な財布を懐から出す。
なんだなんだ?カナダの会社ってのはこのジジイが経営してやがるのか?
それでカジュアルだけど妙に身なりが立派でアクセントが妙なのか。
「こんなの100円だぜ?使い古してるし」
「ワタシはそれが欲しいんだよ!いくらでも構わない!!」
オヤジは迫る。
開かれた財布には溢れんばかりの万札が詰め込まれている。
「いくらでもいいのかよ!?」
「ああ、言い値で買う!あんたの言ったとおりの値段を出す!」
「オレが言った値段を払うってんだな!この100円の腐れ帽子によお!!」
「ああ、そのとおりだよ!!」
俺は立ち上がった。そして眉間にシワを寄せるとオヤジの目をじっと見た。
オヤジも立派な白髪と白ひげをなびかせながら、やはり眉間にしわを寄せてオレをぐっと見る。
激しい火花が散る。俺達の間に星雲が交錯する。
大いなる宇宙からそっとオレの胸に言葉が届いた。
オレはそれをそのまま伝えた。
「あげるよ」
「いいのかい!?」
「さっさと持ってけ」
帽子を手渡すとオヤジは早速被った。礼をくれるとチャリに乗って走り去った。
オレは呟いた。
「骨と皮だけになっても同情なんかはいらないぜ」
俺の腹が再び鳴る。