File : Project G.O.D. 07
——傍観者機構 活動開始
——接続……成功
対象ミヤビの生体反応を確認。対象ミヤビ、ソファーに深く体重をかけ、液体の入ったグラスを片手に壁面の映像を見つめている。対象の服装の変化を確認。白衣は無く、上着は首までを覆う衣服のみ、また前回縛っていた後ろ髪が下ろされている。
淡い照明が照らす室内。壁面映像から音声無し。時々飲まれるグラスの音だけが部屋に響いている。
対象ミヤビの視線を感知。ミヤビは顔を向け、目を見開いている。
「嘘でしょ……良く解ったわね、私の部屋」
表情を緩め、グラスを掲げるミヤビ。
「もう、来るんなら言ってよぉ。ならもちっと、ちゃんとした服着てるのに……サナ、寝ちゃったの?」
ミヤビは携帯端末を操作し、壁面映像を消して端末を凝視する。
「早い。最近どんどん早くなってく」
対象、グラスの液体を飲み、顔を赤らめながら体をこちらに向けた。
「はぁ、ほーんと、やな世の中になったわよねぇ。いくらその世の中が終わっちゃいそうだからって、どんな法案だろうと必要ならさっくり通るようになったしさー。共感病なんて無くったって死ぬ奴は一杯いるし、自殺するくらいなら、さっさと星間船に乗って逃げちゃえば良いのにねぇ?」
顔をグラスに向けるミヤビ。眉をひそめ、手に持つグラスを小さく揺らす。
「屋上の話、覚えてる? 私ね、一度だけ灰色化の境界線を見に行ったのよ。共感病研究の一環で……まだその頃は地球の終わりなんて、全然実感無かったんだけどね」
対象は空いた手を額に当て、俯きながら目を閉じた。
「正直死にたくなった。空は綺麗だし、海も澄み切った青、なのに私たちの足元は全て灰色一色……一歩、たった一歩よ。私みたいな馬鹿でもその一歩を踏み出しただけで終わりを感じた……全てのね」
ミヤビは顔を上げ、小さく笑みを浮かべる。
「人間も何だかんだ言ってさ、結局は地球から生まれた存在、いくら高度な頭脳を持とうが知識を溜め込もうが、星に縛られた存在に変りないのよ……空に逃げ出したくなるのも無理ないわ。あの感じ、思い出しただけでもぞっとする」
グラスの液体を飲み、ソファーの背もたれに頭を乗せながらミヤビは天井に視線を移した。
「初めは灰色化の境界線なんて、ただの観光名所でしかなかったんだけどね。共感病が出てきた途端に一変した。そして誰もが身近に感じるようになった……星の死ってやつをね。まあ、灰色化に関してはナオトさんの方が詳しいから、機会があったら話してくれるかも……」
対象、そのままソファーに体重を預け、空いた手で額を覆う。
「あーくそ、思い出しちゃった昼間の事。どーしてあんな事言っちゃうのかなぁ……ああもう! あの頑固者の所為よ! まったく、なんだってあんなの好きになったんだろ、私」
対象、残った液体を飲み干し、ソファーから立ち上がる。
室内を対象が移動、対象を視界から消失。生体反応室内に存在。待機。
対象を再び視認。二つのグラスと液体の入った瓶が手に持たれている。
ミヤビ、再びソファーに座り、一つのグラスに液体を注ぐ。そして液体で満たされたグラスがテーブルに置かれた。
「あい、あんたの分……一人で飲んでると居心地が悪いの。気分よ気分」
ミヤビは残ったグラスを持ちながら液体を注いでいく。
「正直さ、あんたが来てくれて嬉しいんだ。最近、じゃないか、ここに来てからずっと一人で飲んでて、ちょっと味気なかった。かといって皆で騒いで飲むのは好かんし。共感病研究を始めてからは人付き合いも避けてきたから。じっくり飲み交わせる奴もいなくて……」
ミヤビは手にした瓶をテーブルに置くと口元を緩め、笑顔をこちらに向けた。
「人間ってさ、複雑なようで結構単純でお馬鹿さんだからね。話を聞いてもらえる。ただそれだけで嬉しいものなのよ。特に、私みたいな女はさ」
ミヤビはグラスに口を付け、笑顔を消した。顔をグラスに向け、手に持ちながらそれを揺らしている対象。
「ねえ、あなた嫌じゃないの? こんな酔っ払いの相手してて……別に無理する必要ないのよ? あなたにはあなたの事情があるだろうし、私みたいな馬鹿はほっといても……」
対象、沈黙。顔をこちらに向け、じっと見据えている。
暫くして徐々に笑みがこぼれ出す対象ミヤビ。
ミヤビは瞳を閉じ、目頭を抑えながら俯いた。頭を振り、再び顔を向けるミヤビ。涙が浮かぶ笑顔をこちらに向けている。
「ありがと……へへっ、やだなぁ、どうしちゃったんだろ、泣きそうになっちゃった……それじゃあ乾杯といきましょうか。遅くなっちゃったけどさ」
対象ミヤビ、テーブルに置いたグラスに自身の持つグラスをあわせる。
「かんぱい……よーし、こうなったら最後まで付き合いなさいよー? 途中で逃げたりしたら承知しないんだかんね」
にやけながら背もたれに腕を乗せ、その上に頭を重ねる対象。
「あ、ちょっと後悔した? へーきへーき、もう随分飲んでるから、直ぐに私が潰れるって」
ミヤビは少しだけ液体を口にする。そして小さく息を漏らした。
「はぁ、おいしい。なんか久しぶりな気がするな。お酒の味が判るの」
ミヤビ、胸に落ちる前髪を摘み、指に絡める。
「酒なんてさ、寝るために飲んでた。最近は特にそう。寝れないわけじゃないんだけど。眠りに落ちるまでの時間が嫌で嫌でしょうがなくて……必ず余計なこと考え始めてさ、嫌になんのよ自分が」
ミヤビは指に絡めた髪をそっと解いて再び髪が胸元に落ちると、視線をこちらに向ける。
「だからお酒で無理やり誤魔化してきた。そうすれば何も考えなくて済むじゃない? 馬鹿みたいに必死に現実から逃げて……そんな事したって何にも変らないのに……まったく誰よ、果報は寝て待てなんて言った奴は」
ミヤビは顔にかかる前髪を手でかきあげ、グラスに口を付ける。
「はぁ……結局、私もナオトさんと変らない。サナから逃げ出したいのに逃げられないだけ。ナオトさんに怒る資格なんて無いわね、私には」
対象、ソファー前の壁に顔を向けた。対象の視線の先、壁際に設置された棚の上に写真が一つ立てかけられている。
「ナオトさんとはね、妹の葬式の時に……ああ、そっか、言ってなかったわね。私の一応の妹がナオトさんの奥さんだったのよ」
写真を解析。顔の判別から対象ナオト、対象サナ、対象ミヤビの三人が並んでいる。三人以外の人物及びその他特筆事項は見受けられない。
「私はユリカゴで作られたデザイナーズベビーなの。優秀人材の効率的育成だか何だかで作られたね。だから妹って言っても、正直赤の他人と変わらない。同じ遺伝子で作られたってだけ。分野は違ったけど、私と同じ研究者だった」
ミヤビは写真からグラスに視線を落とした。
「ユリカゴには私みたいなのが結構居るのよ。地球のタイムリミットは既に見えている。だから背に腹は代えられないってんで簡単にデザイナーズベビーが合法化。今となっちゃ、精子と卵子を使わずに受精卵を作れるのよ? 笑っちゃうわ。効率的に天才を生み出して人類に貢献させるとか言っちゃってるけど、こんなひねくれ者になっちゃ世話無いわね。あなたもそう思わない?」
液体を一口含むと、ミヤビは足を組み、グラスを手に持ったまま膝に乗せた。
「そんなわけで、妹の事は顔と名前ぐらいは知っていたって程度。ナオトさんは別会社から引っ張られてユリカゴに来たそうよ。で、そこで二人は出会って社内恋愛、社内結婚。噂じゃ妹からプロポーズしたらしいから驚きよ。あの引っ込み思案がさ、よくやるわ」
ミヤビ、テーブルに置かれていた紙を手に取る。
対象サナ、対象ミヤビの写る写真。隔離フロアでの写真と推測される。
「サナはこの事は知らないの。言ってもしょうがないし、言って何かが変わるわけでもないから……葬式の時に遠い親戚だとは言ってあるけど、どう思っているのやらね……ああそうそう、一応秘密にしておいてよ? まだ伯母さんなんて言われたくないじゃない?」
ミヤビはグラスの液体を一口啜り、そして気まずそうに顔を向けた。
「あ、ごめんなさい、喋れないか……でもさ、あんた喋れればいいのにね。あんた自身、言いたい事の一つや二つあるでしょうに。難儀な存在よね、見る事しか出来ないのって……でもその方が気楽? 私みたいに馬鹿やってるよりマシかな?」
ミヤビはグラスに視線を移し、そしてそのまま俯いた。
「そうでもないか。見てる事しか出来ないんだものね……共感病研究では見ている事しか出来なかった。その頃はまだ、共感病が原因不明の奇病ってだけで、研究も全然進んでなかった。共感病って表面化が始まるまでは特に何とも無いのよ。足先に灰色の斑点が浮き出てくるだけで日常生活じゃ障害にもならない。だから死の病だと解ってからは、新しい治療法を考えては患者に試させての繰り返し……そして誰一人成功しなかった」
対象ミヤビ、顔を上げ、ソファーの背もたれに頭を乗せた。
「毎日毎日、死体が増えていって、結局私はそれを抑える事は出来ても、止める事は出来なかったわ……あーもー暗い暗い。駄目、寝る。このままじゃ、ずっとあんたに愚痴ってそうだから寝るわ」
ミヤビはそう言いながらグラスをテーブルに置き、ソファーに横になった。
「ベッドに行くのめんどー……」
横になりながらソファーで丸くなるミヤビ。
「おやすみ」
ミヤビの呼吸音が満たす室内。対象ミヤビの睡眠を確認。
周囲に対象以外の生体反応及び動作反応無し。
「……さ……な」
——傍観者機構 接続停止
管理番号_20160805 管理者名_若葉代理