File : Project G.O.D. 03
――傍観者機構 端末への接続開始
――接続……成功
対象ミヤビの生体反応を確認。対象ミヤビと共に別の生体反応を確認、登録無し。
未確認対象、声色から男性と推測。
未確認建造物施設内通路で、向かい合いながら立つ対象ミヤビと未確認対象。
「いい加減にしろ! これ以上私を巻き込むな!」
未確認対象、壁に拳を打ちつけ、対象ミヤビに怒鳴りつけている。年齢……不明、各部に異常が見られるため検証を断念。容姿から対象サナ、対象ミヤビより年上であると推測される。現在地での一般的な正装を着用。
「ナオトさん! お願いです! サナから逃げないでください!」
未確認対象に声を張り上げるミヤビ。未確認対象の名称を取得。仮登録。
「黙れ! 逃げるだと!? あの子にはさっさと消えて欲しいと思っているんだよ私は!」
「止めて! そんな心にも無いこと言わないでください! ナオトさん!」
「さあ、どうだかな。人の本心など醜いものだぞ、サイトウ先生」
「だったらなんでここに居るんですか! ナオトさんだって本当は会いたいんでしょう!?」
「仕事だ、それ以外なにがある」
「嘘、ここの区画はナオトさんには関係ない筈です。サナの事を除けばですが……ナオトさんお願い、会わなくてもいいから、見ていくだけでもいいから……お願いです」
対象ナオト、ミヤビから視線を逸らす。
「止めてくれ。君も覚悟の上の筈ではなかったのか? どうあがこうと、あの子がこの先も死の少女なのに変わりはない。君も本心では今すぐ死んで欲しいと願っているのではないのか? 幾ら手を掛けようとも何も変わらんだろう。それにあの子はもう――」
「やめて! やめてください! なんでそんな事言うんですか!? ナオトさんの本心じゃないでしょう!? サナが会いたがっているのは貴方です! 私達じゃないんです! お願いします! 姿を見ていくだけでも構いません! お願いです!」
「……退いてくれ」
「退きません! お願いですからサナと――」
「ふざけるな!!」
対象ナオトは再び壁に拳を打ち付ける。ナオトの体は震え、歯を食いしばりながら下を向く。
「あの時! 私があの子に何をしたか!! 君は忘れたわけではないだろう!?」
「それは……」
「退くんだ」
沈黙が続く通路。ミヤビは壁際に移り、肩を落として俯く。ミヤビの前髪が表情を隠し、確認できる口元は歯を食いしばり、両手は強く握られていた。
その場から歩き出す対象ナオト。
対象ミヤビはナオトが目の前を通り過ぎる直前に小さく呟いた。
「諦めません、絶対に」
ナオト、少しの間ミヤビの前で立ち止まり、そして再び歩き出すと通路先の扉に進んでいく。
扉開閉。対象ナオトを視界から消失。
ミヤビは壁に凭れ掛かったまま、両腕で力強く自身を抱きしめている。
対象ミヤビの視線を感知。ミヤビは力なくこちらに微笑んでいた。
「みっともないとこ、見せちゃったみたいね」
ミヤビ、ナオトが通り過ぎた方向へ顔を向ける。
「あの人はサナのお父さんよ。キジマナオト、ユリカゴ広報部の部長さん。まあそれも表向きの肩書きで、今は相当上まで上り詰めているわ……私ね、ナオトさんの事好きだった。いいえ、今でも多分好きよ。今じゃもう、よく解らなくなっちゃったけどさ……なんであんな事言っちゃうんだろ。いつもそう、ほんと馬鹿ね、私は」
ミヤビは壁から離れ、対象ナオトとは反対方向に体を向け、そしてこちらに振り返った。
「ちょっと付き合ってくれない? もちろん無理にとは言わないけど」
対象からの同行要請。拒否要素無し。対象に同行。距離を固定。
こちらを見つめ続ける対象ミヤビ。そして頭を掻きながら歩きだした。
「ありがと」
対象ミヤビは歩きながら小さく呟いた。
移動先、建造物屋上。空、雲一つ無い晴天。
ミヤビは壁にもたれかかり、白衣から煙草を取り出した。
「煙草吸うけど……まあ、あんたにはあんま関係ないか」
対象は煙草を一本取り出してくわえ、小型の火器で火を付ける。ミヤビは横に煙を吹くと、歯を見せながら口元を綻ばせ、視線をこちらに向けた。
「なぁに、ヤニを吸う女は嫌い? 勘弁してね。今となっちゃ、あたしらユリカゴ社員のささやかな特権みたいなものなんだから。体の良い在庫処分には違いないんだけど、今じゃ吸ってるやつは軌道エレベーターにもリング衛星にも入れないからね。誰も吸わないから処分に困ってるらしいわ」
ミヤビ、煙草の灰を横にある灰皿に落とす。
「でもホント老けちゃったな、ナオトさん。私と歳はあんまり離れてない筈なんだけどね。何ていうか、気真面目で気苦労の耐えない人でさ……初めてあった頃は、もっと穏やかで、あんな感じじゃなかったんだけど……これでも解ってるつもりなのよ。辛いのはサナとナオトさんだって事は。私はただ、二人の間で道化を演じてるだけ……滑稽よね」
ミヤビ、備え付けの灰皿で煙草をもみ消し、二本目に火を付ける。
「私もこんな筈じゃなかったんだけどね。妹が共感病で死んで……まあ、その後は良くある話よ。妹のように共感病で苦しむ人達を救いたくて、当時は未知の領域だったこの分野を必死になって研究していったんだけど」
風が強く吹き、ミヤビは髪を押さえ、風の方向へ視線を向ける。
「ねえ、何であの病気が共感病なんて呼ばれてるか、あなた知ってる? 一応、地球の崩壊に共感してるからっていうのが共感病の一般的な解説。確かにそっくりだから、地球の灰色化と。もちろん確証が無い只の仮説。だって灰色化すら原因不明のままだし、調査と研究も地球の終わりまでに間に合うかどうか……」
対象、視線を落とし、煙草をくわえたまま沈黙。徐々に燃えていく煙草。灰が床に落ち、対象の足下で崩れる。それを見ながら、ミヤビは口を開いた。
「あなたは見たことある? 海と空は青いのに、他は見渡す限り全て灰色の世界。そこに立つと嫌でも感じるそうよ。世界の終わりってやつを……」
ミヤビ、煙草を灰皿でもみ消し、小さく頭を振ってこちらに顔を向けた。
「と、話が逸れたわね。まあ、簡単に言うと共感病は本当に共感病なのよ……さて、サナも待ってるだろうし行きましょうか。ありがとね、付き合ってくれて」
屋上出入口まで歩くミヤビ。扉横の端末に手をかざし、扉を開ける。
ミヤビは扉中で振り返り、小さく手を振った。そして扉が閉まり、対象ミヤビを視界から消失。
周囲に生体反応及び動作反応無し。
――傍観者機構 接続停止
管理番号_20160805 管理者名_若葉代理