File : Project G.O.D. 02
——傍観者機構 活動開始
——端末への接続開始……成功
複数の声音を確認。一名は前回接触した対象サナと判明。もう一名、登録無し。声色から女性と判断。室内生体反応、二。
「そう、傍観者。最近はあまり聞かなくなっちゃったけど、まさかサナの前に出たとはね」
「私も驚きました。まさか生きているうちに会う事が出来るなんて思わなかったから」
寝具に並んで腰掛ける二名。対象サナ、確認。もう一名、該当記録無し。
「まあ、大抵の人間にとっちゃ縁が無い話だから。見えないのに、そこに居るのは誰もが解る。それなのに存在している証明は誰もできない。今だって都合良く作られたフィクションだと思ってるよ、私はさ」
未確認対象……女性。年齢……不明、各部に異常が見られるため検証を断念。サナとの外見上からの比較では、対象サナより年上であると推測される。首までを覆う服の上に白衣と思われる衣服を着用。サナよりも身長が高く、黒く長い髪を後ろに束ねている。
「先生、なんだか眠そうですね」
「解る? ここ最近、ミヤビシステムの最終調整作業が続いてるからね。それの報告書の制作で昨日は徹夜」
「ああ、あの母さんの研究を引き継いだってやつですよね。ミヤビ先生、そんなので体の方は大丈夫なんですか?」
「大丈夫、徹夜には慣れて……警備システム、起動なさい」
未確認対象からの視線を感知。鋭く睨む目。強く噛まれている歯。
「ミヤビせ——」
「室内の生体反応と動作反応を検索なさい、大至急」
『検索終了、反応ニ。詳細を表示しますか?』
室内音響装置より、機械的音声が発生。
「もう一度、今度は検索レベル最大で」
『警告、人体に悪影響が——』
「いいから実行なさい、最優先命令よ」
『検索終了、反応ニ。詳細を——』
「ありがとう、もういいわ……はぁ。サナ、お客さんみたいよ」
未確認対象は額に手を当て、俯きつつこちらに指先を向けた。
「え? ……あ」
対象サナの視線を感知。対象は目を見開き、口を開けたまま硬直している。
未確認対象の視線を感知。未確認対象は顔を上げ、こちらに向き直っている。
「彼が、そうなのね?」
「はい」
「なるほど、見えないのに見える存在、か」
「こうして改めて会ってみると不思議ですね。話とかだと全然実感わかなかったのに」
「まったくね。しかしまあ、ユリカゴ自慢の検索装置にすら引っかからないなんて……ああしまった、また報告書書かなきゃいけないじゃないのよ」
未確認対象、倒れるように寝具に横たわる。
「あはは……えーと改めまして、私はキジマサナです。隣で倒れてるのが——」
「サイトウよ、サイトウミヤビ。一応、この子の専属医」
未確認対象の名称を取得。登録完了。
「こんなですけど、ミヤビ先生は共感病研究の第一人者で、世界中で論文が読まれているような凄い人です」
「こんな、は余計。それに全然凄くなんかない。どんな論文書こうが研究結果を出そうが、ね」
「……そうですね」
サナは自身の髪を摘まみ、指に巻きつけている。
ミヤビは上半身を起こしてサナに顔を向けた。
「それより良かったじゃない、サナ。お願い聞いてもらえたみたいで」
「未だに信じられないです。お願いしておいてなんですけど、本当に私なんかでいいんですか? たぶん、面白くも何ともないと思いますよ?」
対象サナはこちらに顔を向け、眉をひそめつつ小さく笑った。
「なーに謙遜してんの。こんな可愛い子をほっとく奴が何処に居るって言うのよ、ねえ?」
「え、えーと……」
ミヤビは両手で寝具を掴み、足を組む。
「でもあれか、同性だったらあんま意味ないっていうか、あなたどっちなの? 男? 女?」
「解るわけ無いですよ。傍観者さんですから、そもそも性別があるかどうかも解らないのに」
「それもそうね。傍観者、バイスタンダー、記録する者……」
ミヤビは白衣から取り出した筆記具の先を顎に押し付け、ゆっくり立ち上がった。
「先生?」
「いえ、何でもないわ。ちょっと用事思い出したから研究室に戻るわね、サナ」
「わかりました」
「そんなに時間は掛からないと思うから、暫く二人で待ってて、せっかく来てもらったんだから話でも聞いてもらいなさいな」
「はい」
「じゃあまた後でね。何かあったら直ぐに呼ぶのよ」
扉前に移動するミヤビ。扉開閉。対象ミヤビを視界から消失。
サナ、顔を扉に向けたまま硬直。両手を重ね、指を小さく動かしている。対象サナの両手、手首まで灰色に変色。
「ありがとうございます、来てくれて。正直、聞いてもらえてたなんて思ってもみなかったから……その、嬉しいです。それと昨日はごめんなさい。何だか苛ついちゃってて。なんて言うか、見納めと思っていたのに結局あの有様だったから」
サナは寝具が寄せ付けられている壁に触れた。白く透明な壁からは微弱な光が室内に入り込んでいる。
「隔離フロアのこの部屋からは外は見えないし。この壁に外の映像を出すことは出来るんですけど、それだと面白くも何ともないし」
周囲を見渡す対象。室内は白い壁に覆われ、寝具以外は小さなテーブルと二つの椅子のみ。
「この部屋は完全防音なので、誰も居ない時に好きな音楽をめいっぱい音を大きくして聞いたりとか、映像を流したりとか。それなりに退屈しのぎはできるのですが、もういい加減それも飽きてしまって。それに衛星放送は灰色化の事しか最近流さないし……要するに退屈してたんです。だから、本当にありがとうございます、来てくれて」
対象サナ、顔をこちらに向ける。こわばる肩。寝具を強く握る手。
「最後にもう一度だけ。本当に、私なんかでいいんですか?」
口をつぐむ対象サナ。こちらを見続けたまま沈黙。
暫くして徐々に体の力を抜き、緊張を解いていく対象サナ。
サナは安堵の表情を浮かべ、小さく息を吐いた。
「はぁ、良かった。じゃあもう遠慮はしませんよ? せっかくですから最後まで付き合ってください」
笑顔を向けるサナ。そのまま手をこちらに振る。
「あっ、大丈夫です。最後までって言っても、どうせ後一週間も無いですから。昨日も言いましたよね。私、共感病患者なんです」
サナは胸に垂れる灰色の髪を摘んで、こちらに見せた。
「もう表面化が始まって髪は灰色になりました。手も殆ど灰色に変わって、後はただ……」
視線の落ちる対象。摘んだ髪を指に絡め、サナは再び顔をこちらに向けた。
「ごめんなさい。つまんないですよね、こんな事を聞いても……でも本当に嫌な病気。酷いんですよ? 昨日までは何処でも自由に出入り出来たのに、今日からは手続きを済ませないと隣のフロアにも行けないんです」
対象サナ、手首に付つけられている小さな情報端末を操作する。各種情報が対象の網膜に表示されている模様。
「あったあった。契約書が……何これ八十六枚って。これに目を通すだけで一日掛かりそう」
暫くの沈黙の後、サナは目を見開き、声を張り上げた。
「うわっ、酷いっ。私に危険行動の予兆が出た場合は問答無用で殺しますって書いてありますよ、これ」
サナは手首の端末を操作し、端末から手を離した。そして空笑いをしながら対象は顔をこちらに向ける。
「ははは、嫌な世の中ですね。私だってなりたくてなったわけじゃないのに。これじゃあ私が化物みたいじゃないですか」
対象サナは腰掛けている寝具に仰向けに横たわり、光を遮るように顔に手をかざした。
「解ってはいるんですけどね。共感病の危険性は。それの理不尽さも含めてですけど。悲劇のヒロインぶるつもりなんて微塵も無いけど、なんて言うかムカつきます。こんなことなら、恋人ぐらいつくっておけば良かった。不公平ですよ。何で悲劇物のお話じゃ、周りに悲しんでくれる人があんなに居るんですか。私なんて一人で愚痴を言う事しか出来ないのに」
サナはかざした手を自身の首に添え、首筋をそっと撫でる。
「私、もう身内が父親だけなんです。母親は小さい時に死んじゃったし、知り合いは殆ど逃げちゃいましたし……そうそう、ここに来る前は私が毎日料理を作ってたんです。父さん、台所に近づきもしないから私が毎日ご飯作って……あのころは母さんが死んじゃって直ぐだったから、私が家の事くらいはしなくちゃって意気込んでたからなんですけどね。そうやって何かに逃げてでもないと、辛かったから」
対象の視線を感知。対象サナ、笑顔をこちらに向けている。
「勿論、今はもう辛くなんてないです。あれから随分経つし、ミヤビ先生も居てくれるし、研究所のみんなもいい人ばかりだから……でも父には、もう長い間会ってないんです。ちょっと色々あって、会いに来てくれなくなっちゃって」
口元で手を合わせ、指を交差させるサナ。先程以上に口元が綻んでいる。
「そうそうっ、父はユリカゴで働いているんですよっ。凄いでしょ? 確か広報か何かの部長さんだってミヤビ先生が言ってました」
サナは顔を天井に向け、両手はそのまま体に乗せた。
「父さん、無愛想だから仕事大丈夫かな。私が居なくてもちゃんと食べてるかな……会いたい、な……」
室内音響装置より電子音が発生。
対象サナ、上半身を起こして扉に顔を向ける。
「はい。いいですよ」
サナの応対と共に扉が開く。対象ミヤビを視認。
「サーナ! た! だ! い! ま!!」
対象ミヤビ、小脇に箱を抱え、サナの前に向かっていく。
サナは目を細め、怪訝な顔をしながら声を低めた。
「ミヤビ先生、いつにもましてテンション高いですね、どうしたんですか」
「もーサナちゃんはつれないなー。ほら見てよ、ほら」
ミヤビ、サナに持っていた箱を渡す。
「なんです? これ」
「ドレスよ! この間、こんなの着てみたいって言ってたじゃん」
対象サナ、暫く箱を凝視した後、声を張り上げる。
「ええ!? もしかして、あれを買ったんですか!?」
「その、もしかして、を買いましたっ」
ミヤビは寝具に座るサナの目線まで屈み、片目をつぶって親指を立てた。
「ちょっと待ってください! あんな高いの払えませんよ!」
「いーのいーの、後でナオトさんに請求書出しとくから」
「父さんをそういうのに巻き込まないでください!」
「冗談だってば、そうかっかしないの。これは私のポケットマネーから出てます。安心なさい」
ミヤビはそう言うとサナの隣に腰掛けた。そんなミヤビに目を細めたままサナは視線を送る。
「それが一番安心できないのですが」
「ひどいなー、私は純粋な好意でしてあげてるっていうのに」
「その純粋な好意とやらが、良い方向に結びついた記憶がないのですけど」
「まーまー、そんなことは気にしないの」
サナは再び箱に視線を落とした。
「でもやっぱり駄目です。もらえません」
「いいじゃない、いつもそんなじみーな服なんだからさ、たまには」
「ほっといてください、これは好きで着てるんです。着替えも楽だし、快適だし」
ミヤビはサナを横目にため息を付いた。
「はぁ、まったく、そんなんだから……もう、ほら。私はサナがこれを着てるとこ見てみたいの。言うなれば私の我が儘よ。ほら、着てみ」
「でもやっぱり悪いですよ。ただでさえ、こんなに良くしてもらってるのに」
「あーもー、そんなこと言ってるとこの場でひん剥いて無理矢理着せるよ? 人の好意はありがたく受け取りなさい」
サナは何も言わずに顔を伏せていた。表情は髪に隠れ確認できない。
沈黙が続く二人。そこへ、ミヤビの手がゆっくりと動く。そしてミヤビの手がサナの衣服に添えられた。
「わかりましたわかりましたっ! 着ますから止めてくださいっ!」
顔を赤くしてサナはミヤビから離れる。
「そう? 残念。誰も見てないんだからいいじゃない」
サナは顔を赤くしたまま、指先をこちらに向けた。
「あ、そっか。彼が居たわね」
対象ミヤビの視線を感知。
「居ても居なくても嫌なものは嫌です。恥ずかしいです」
「はいはい、じゃあ向うで着替えて来て。もちろん、この場で着替えてもらってもいいのよ? その方が彼も喜ぶかもしれないし」
サナは肩を落としてうなだれ、頭を小さく振った。
「洗面所で着替えてきます」
サナは寝具から立ち上がり、おぼつかない足取りで歩き出した。
「はーい、いってらっしゃい」
後ろ姿のサナに手を振るミヤビ。
サナは出入り口とは別の扉に向かっていく。扉開閉。サナを視界から消失。
対象ミヤビの視線を感知。ミヤビ、じっとこちらを見つめている。
「どうやら、節度くらいはあるみたいね」
対象ミヤビ、手を振りながらこちらに笑顔を向ける。
「あははっ、冗談よ。あなたサナに付きっ切りなのかと思ったらそうでもないのね。一緒に付いて行くのかなー、て考えてたわけ」
足を組み、両手を白衣のポケットに入れるミヤビ。
「何? 意外? 医師ってもっと真面目だろうとか思ってる? ま、それもそうなんだけどね。私みたいな研究員が医師やってんだから世も末よ。あ、いま末か」
ミヤビは空笑いをあげ、頬を指で掻いた。
「ははは、まあ、共感病の研究についてはもう手詰まり状態なの。正直お手上げよ、お手上げ。只でさえユリカゴ本部に人材取られてるから余計に……ああ、ユリカゴって言うのは、クレイドルジャパンの事ね。地球脱出計画を運営する組織クレイドルの日本支部。それでクレイドルは世界中の様々な分野のエキスパートが集まってる企業……て言っていいのか解らないけど、兎に角凄いとこよ。サナのお父さんのナオトさんもそこで働いてるの。今やそこの役員の一人だそうよ、凄いわよね。そうそう、一応これでも私、ユリカゴの社員なのよ?」
対象ミヤビの視線を感知。ミヤビは首を傾げながらこちらを見つめている。
「嘘だろーて顔してる? してない? まあいいわ、要するに研究するには良い人材が居ない、しかも共感病は現状手詰まり状態。だから率先してあの子の専属看護をしてるの。もちろん、それだけってわけじゃないんだけどね……この施設で共感病なのはあの子だけだし、それに共感病専門医しか共感病患者の世話はしてはいけない規則があるのよ、めんどーな」
ミヤビ、視線を天井へ向ける。
「サナはね、もっと小さい頃に共感病を発症して、その時に自分の最後の日を知ってね」
ミヤビは目を細め、ポケットから出した両手を寝具に押しつけた。
「その頃からずっとあの子を見てるけど。何ていうか、全てを達観してるような感じになっちゃってさ。もう子供らしくないったらありゃしない。ほんとだったら、もっと我が儘言って、もっと甘えてもいい年頃なのよ? なのに……」
室内に扉開閉音。扉の方向に顔を向ける対象ミヤビ。瞬時に表情を変え、扉前に立つサナに笑顔を向ける。
「えーと、着ました」
対象ミヤビの前まで歩くサナ。着衣が変更されている。
「おおお! やっぱり可愛いじゃない! いいわいいわー。女の子はこうでないとね」
ミヤビは両手を合わせ、声を張り上げていた。
「適当に着てみたんですけど……変じゃないですか?」
「そうねぇ、もしこんな格好で迎えられたら……襲うわね、私だったら」
「へ?」
「もう、誰かさんが見てなければなー。遠慮はしないのにねー」
対象ミヤビの視線を感知。
「ごめんなさい、獣が一匹居るみたいなので、出来る限り一緒に居てくれませんか?」
対象サナの視線を感知。
「ちょっと、冗談よ冗談、そう本気にしてたら彼だって困るわよ?」
「ミヤビ先生の場合、冗談が冗談でなくなる事が多々あるので念のためです」
「うわ冷たい。やれやれ、これ位軽くあしらえなきゃ一人前とは呼べないわね」
「何の一人前ですか」
「レディとして、よ。私みたいになりたくないの?」
「なりたいと思った事なんて一度たりともありません」
「あらぁ、随分言うようになったじゃない」
視線が交差する対象二人。沈黙。
暫くの沈黙の後、ミヤビは唐突に笑いだした。
「ぷっ、あっはっはっはっ!」
「もう、先生も意地悪ですね」
「あはははっ、ごめんごめん……とても良く似合うわよサナ。まるで何処かのお姫様みたい」
「そうですか?」
「うんうんっ、本当に素敵よサナ。ねえ、他のみんなにも見せてらっしゃいな。私たちだけじゃ勿体無いわよ」
「さすがに、恥かしいです」
「大丈夫、今でも十分恥かしいから」
「先生ひどい」
「ふふふ、安心して、ほんとに可愛いから」
「……じゃあ、みんなに自慢してきます」
「ええ、行ってらっしゃい。私も片付けたら出かけてくるから、見せびらかした後は部屋で待っててね」
「はい」
出入口に歩き出すサナ。扉の前で停止。サナ、顔のみこちらに向け小さく手を振る。
扉開閉音。サナを視界から消失。
ミヤビ、手のひらで額を押さえながら俯く。
「ねえ、馬鹿みたいよね……私」
ミヤビ、寝具から立ち上がる。
「じゃあ私も行くわ。また、後でね」
ミヤビ出入口の扉へ。扉開閉音。対象ミヤビを視界から消失。
室内に生体反応及び動作反応無し。
——傍観者機構 接続停止
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