File : Project G.O.D. 13
——傍観者機構 活動開始
——端末の一部修復作業完了
——端末への接続……成功
対象ナオトの生体反応有り。対象を視認。
部屋の壁という壁に写真が貼り付けられている室内。各種写真を解析。対象サナ、対象ミヤビ、対象ナオト、それぞれの顔を認識。室内に備え付けられた照明以外に光源無し。
対象ナオトはその部屋に置かれている椅子に腰掛け、一枚の写真を手に取り見つめている。前回着用の上着は椅子にかけられ、対象の前にある小さな机の上には、液体の入る小型の容器が置かれている。
そして対象はおもむろに写真を壁に張り付けた。貼り付けられた写真、隔離フロアでの対象サナ、対象ミヤビが写っている。
対象の視線を感知。対象ナオト、目を見開いてこちらを見つめている。
「やれやれ、こんな所まで君は入ってこれるのか……しかしまいったな、この部屋は見られたく無かったよ。君が始めての来訪者だ、傍観者。とりあえずは歓迎しよう」
対象、バツが悪そうに顔を壁の写真に向けた。
「なんだ、私のような人間が家族の写真を見てるのが可笑しいか? ここにある殆どの写真はユキナが……妻が生きていた頃の物だよ。私が見ているのはいつも過去だ。この部屋も過ぎ去った記憶だけが並んでいる。人類の未来を築く為に働いているのに、私の心は未だ過去に縛られたままだ。むしろ、今はそこにしか安らぎを見いだせないでいる」
対象ナオト、自身の手を顔まで上げ、手のひらを見つめる。
「だからかな。あの子に会うのが怖いのだろう」
ナオトは机の上にある容器を持ち、椅子から離れた。そして部屋の窓に近づくと、カーテンを開けて窓に寄りかかる。
対象は窓に映る自身の顔を睨むかのように見つめていた。窓の外は暗く、室内の様子が映されている。ナオト以外の動作反応無し。視認できず。
「少しだけ、昔話に付き合わないか?」
対象ナオトの視線を感知。沈黙したままこちらを見つめる対象。暫くの沈黙の後、ナオトは口元だけ笑みを浮かべ、容器の液体をすすった。
「すまない、ありがとう。もしかしたらあの子から聞いているかもしれないが、ユキナはあの子と同じ共感病で……違うな……私が、殺したんだ。正確に言えば、私が殺そうとして、最後はあいつ自ら命を絶った」
ナオトは容器を両手で包み、それを眺める。
「その頃はユリカゴの地球脱出計画が今より難航していた時期で、星間船の建造の目処もついて量産体制も整った辺りの話だ。共感病も認知されて無く、ユキナの病状も、当時はただの痣くらいにしか考えていなかった」
対象ナオト、窓近くの写真を壁から剥がし、手に取って見つめる。
「それから共感病の表面化が始まり、ユキナの髪が灰色になって、指先と足先が変色し始めた。その頃から共感病を原因不明の奇病としてメディアが取り上げていたよ。共感病と呼ばれるようになったのも、確かその頃からだったな」
対象、写真を壁に貼り戻す。写真、対象ミヤビ、対象サナの両名が写り、対象ミヤビの髪は灰色に、対象サナの髪は黒く写っている。
「あいつの病院通いが続き、世界でも共感病に対して不安が出始めていた。皮肉な事だが、その頃から難航していた地球脱出計画が軌道に乗り出し始めていたよ。共感病の感染が広がれば広がるほど、星間船搭乗希望者が増えていった」
ナオトは容器から液体をすすり、壁の写真を見つめ続ける。
「表面化がユキナの胴にまで進行し始めた頃だ。私とユキナは久しぶりに休暇を一緒に取れて、家族三人でこの家に居た。そしてユキナとサナが夕食を作り始めて暫くしたら、台所から大きな音がした。私は音を確かめに台所へ向かった……そしたらあいつが……ユキナが、サナの首を……絞めていたんだ」
対象ナオトは握りしめる容器に視線を落とす。
「感情も何も無い、無表情な顔だったよ。私はユキナをサナから離そうとした。でもあいつの体は石みたいに動かなかった……サナを助けようと無我夢中だったのだろうな。私は近くにある物を掴んでユキナの背中に突き刺してしまった。掴んでいるのが包丁だと気が付いたのは、刺した後だったよ」
ナオトは手を震わせながら容器を持ち上げ、液体を口に入れた。
「それで正気を取り戻したのか、ユキナはサナから手を離して自分の両手を見ていた。それから呻き声を上げて、あいつは叫んだ」
対象、額に片手を当て、自身の頭を強く掴む。
「その叫びを私は何一つ理解できなかった。それなのに今でもその声は耳から離れてはくれない。今も私の頭の中で響き続けているよ……それから、ユキナは背中に刺さっていた包丁を抜いて……自ら首を、切り裂いた」
ナオトは頭を振り、自身の手を離して顔を上げた。
「私はその時、何も出来なかった。呆然と見てるだけだったよ。目の前で起きている事を理解することすら出来なかった……気が付いたときにはサナと一緒に病院に居た。ユキナの遺体はユリカゴの研究機関に回収され、私のやったことも、そのまま闇に葬られた」
対象は再び壁に手を伸ばし、写真を一枚剥がした。
「確かミヤビと会ったのもその頃だったな。ユキナが死んで私達がユリカゴの検査からやっと解放された後、遺体も何もない本当に簡単な葬式をしたんだ。そこへミヤビが私達に顔を見せに来てくれてな。ユキナはプロジェクトメビウスの……ユリカゴのデザイナーズベビーの一人だ。親類は居ないも同然。だからミヤビが駆けつけてくれた事は嬉しかったし、それに驚かされたよ。顔だけとは言え、あれだけソックリだとな」
ナオトは笑みを浮かべ、写真を壁に戻した。写真、対象ミヤビと対象サナが写り、両名とも髪が黒く写っている。
「ミヤビのお陰であの子は、いや、私達は本当に救われた。ミヤビは時々私の代わりにサナを見てくれたし、サナもミヤビにずいぶんと懐いていた。私もミヤビが居なければ、あんなに早く立ち直れなかった筈だ……そうだな、あの頃は本当に良かった……本当に、全てが元通りになるとすら、思えていたんだ」
対象ナオトの視線を感知。対象、じっとこちらを見据えながら容器を口に運ぶ。
「本題はここからだ。共感病が公に公表され、研究が本格化し始め何年か経った後。サナが共感病を発症した。暫くはミヤビが働く施設で検査が続けられて……丁度、検査からあの子が病室に帰ってきた時の事だ」
対象ナオト、俯きながら自身の手のひらを凝視する。
「気が付いたら私はベッドに寝かされていた。後でミヤビから無理矢理聞き出した話だが……私はサナの首を、絞めていたらしい。いや、確実に私はやった筈だ。あの子の姿を見た瞬間、サナの首を絞める自分の手、無表情で私を見るサナの顔、瞳、口、全てを鮮明に思い出したんだ」
対象ナオトの手が震え、持っていた容器が落ち、液体が床に広がる。そして対象は自身の手を見つめたまま話を続けた。
「その後はユリカゴの介入で事件は再び闇の中だ。私は既にユリカゴの官僚的立場に居てね。全て無かった事にされたんだよ……解っただろう? 私はあの子に会う資格なんてありはしない。永遠にだ。家族二人を殺そうとして、今ものうのうと生きている事自体、罪だとは思わないか?」
ナオトは背後の窓に顔を向け、小さく笑みを浮かべる。
「だが私は結局、自分で死ぬことも出来ず、あの子に会うことも出来ない臆病者だがね……未だに良く解らんよ共感病は。私は共感病には現在かかっていない。星の悲鳴などと言うものも聞こえはしない……そう、今の私は共感病患者ではない。今の私は、な」
ナオトの視線がこちらに向けられる。目を細め、こちらを凝視する対象。
「解るか? あの子の首を絞めた時、私は共感病にかかっていた筈なんだ。それはあの施設を私なりに調査した結果だ。共感病による終末行動が私をそうさせたとカルテには記載されていた。だが見てみろ、今の私に共感病による表面化の兆候は無い、星の悲鳴が頭に響く事も無い……そう、あるんだよ。この星に居ながら、共感病から逃れられるたった一つの方法がな」
対象ナオト、床に転がる容器を手に取り、壁の写真を見渡した。
「もう少しなんだ。後少しで私はそれを掴む事が出来る。全てを手に入れられる。だからこそ、私は全てを捨てて上り詰めてきた……その方法は決してサナを幸せにするものではないだろう。むしろ未来永劫、苦しめる可能性の方が高い……馬鹿な考えだと、利己的だと笑ってくれ。私は君のように、ただ黙って見続けていられるほど強くは無いんだ」
対象は窓から離れ、机に容器を置いた。そして壁を見つめたまま、ナオトは口を開く。
「君の事を私なりに少し調べてみたよ。私達の脳が生み出した幻覚だという説、私達人類が生まれる遙か前の文明が作り出した遺産という説、私達の次元とは違う高次元の生命が我々に接触しているという説、神が人に使わした天使、もしくは神そのものという説もある……ただ解っている事は、我々人以外は認識出来ない事、そして誰もが君を……」
対象ナオトの視線を感知。対象の顔がこちらに向けられる。
「傍観者、と呼ぶ事だ。どの国であろうと、どんな言語であろうと、必ず近い意味の言葉で呼ばれている。誰かが決めたわけでもない。誰もが親しみを込めて君をそう呼んでいる……なあ傍観者、もし君が本当に神であるなら。いや、神と呼べるほどの存在であるのなら……この世界を、この未来の無い世界を止めてくれ。もう我々に手は無い。ただ逃げる以外に方法が無いんだよ。我々人類には」
対象は背中を向け、室内の扉に近づいた。
「今日はありがとう。それとすまなかった。無茶な頼みを君にしてしまって……今日はここを片づけたら私は休ませてもらうよ。また機会があればぜひ来てくれ、君ならいつでも歓迎するよ」
対象、扉を開け室内から退出。対象ナオトを視界から消失。
周囲に生体反応及び動作反応無し。
——傍観者機構 接続停止
管理番号_20160805 管理者名_若葉代理




