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夢話堂  作者: 若葉 美咲
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四人目


 いらっしゃいませ。

 おや、珍しいこともあるんですね。この店にはっきりとした欲しい物があっていらっしゃるお客様なんて。

 何故私がそんなことを知っているのか、とでも言いたそうな表情をしますね。

 どうして分かったか、ですか。瞳の色ですよ。何かを固く決心なされているようなしっかりとした意志を感じますから、欲しい物があるのだと。

 こういう職業をしていると、何といいますか、何となく分かるようになるんですよ。

 さて、雑談はこのぐらいにいたしましょう。


 お客様、何を探しておりますか? ここにあるものは皆、古く見えるかもしれませんが、どれも一級品ですよ。どんなご要望にも出来うる限り力添え致します。


 華、でございますか。

 赤い色で形が不思議なものですね。

 それはきっとこちらだと思いますよ。ご覧ください。

 これは着物でございますが、裾の方をご覧になって下さい。おや、この花をご存じなのですか。

 おっしゃる通り、この花は『彼岸花』でございます。毒があり、彼岸の頃に花を咲かせるからこのように呼ばれるようになったのです。

 彼岸花を毒を持つ危険な花と考える方もいますが、その毒ゆえにモグラから畑を守ってきたのです。ですから、破邪退魔はじゃたいまの力があると言われてこのように女性の着物に描かれることもあったそうですよ。

 それに、毒は薬にもなるのです。要するにこの花は使い方次第、ということですね。

 更に、花言葉は、おや。よくご存じですね。はい、おっしゃる通り、『諦め』というものもあります。

 それはそれは。この花を想い人に送って終わりにしようだなんて。それはあまりにも悲しすぎますよ。

 夏祭りの思い出作りなどいかがでしょう? もう一度、相手の方の愛を感じるにはもってこいのイベントですよ。

 着物を着て、おめかしをして。貴方の美しさをきっと精一杯に引き立ててくれると思いますよ。

 いえ、決して嫌味などではございません。本気で言っていますよ。それに貴方も本当はまだその肩を好いていらっしゃるのでしょう? どんなに浮気されようとも貴方はただ真っ直ぐに彼を見つめていたのでしょう?

 ならば、諦めるのはあまりに酷ですよ。

 きっと、この着物は貴方に力をくれると思います。

 こちらの着物は一流の着物屋の女主人が最後に作ったものでございます。とても丁寧に思いを込めて。この着物を着た方が幸せになれるようにと。

 しかし、誰にも着られることなく、このお店にたどり着いたのですよ。まるで、自分の主を探すように。

 嘘っぽいですか? さあ、どうでしょうね。疑うも信じるもあなた次第ですよ。


 お買い上げですね、ありがとうございます。

 お代は要りません。この着物とあなた自身のお気持ちを大切にしてください。それがこの着物に対するお代になりますから。


 ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております。




「よろしかったのですか? 」

 隆元。珍しいね、君から話を振って来るなんて。

 今日はどうやら、珍しいことばかりらしいね。

「珍しいのは貴方様もですよ。普段なら失恋のために使われる道具は可哀想だとおっしゃって引き渡しはしないではありませんか」

 隆元、君はもう少し学ぶ必要があるようだよ。

 確かに私は絶対に失恋の為に道具を引き渡すことはしないよ。

「では何故? 」

 本当に知らないようだね。

 彼岸花のもう一つの花言葉を。

「もう一つ、でございますか」

 ああ。彼岸花のもう一つの花言葉は『想うはあなた一人』。諦めとは意味が真逆に近いことが面白いね。

 実に彼岸花に似合う。毒がありながらも破邪退魔の力があるのと同じだ。

 それに、あの着物は女主人が愛しい人を想って作った着物だよ。だから、きっと叶うはずだよ。

 あの女のお客様も着物も幸せになってくれると嬉しいね。




 さあ、今日は店を閉めようか。


 ここの店は必要ならば、あなたのすぐ近くにございます。近くて、遠いところにございます。

 是非、お越しください。きっと素敵な出会いがありますよ。

 それでは、失礼いたします。


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