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夢話堂  作者: 若葉 美咲
4/10

三人目 晴れの日に

 いい天気ですね。

 でも、人によっては悪い天気かもしれませんが。

 おや。何故、そのような顔をなさるのですか?

 ああ。こんなに晴れているのに悪い天気だなんて確かにおかしいかもしれませんね。でも、そうおっしゃる貴方も何故だかとても苦しそうに見えますよ。

 外は日差しがきついでしょうから、どうぞ中にお入りください、若いお方。


 大分、顔色が良くなったように見えますが調子はどうですか?

 落ち着いたようで何よりです。


 さて、貴方はどうしてここにいらっしゃるのですか?

 自覚がないと言ったお顔をなさいますね。

 ここが何処なのか、あなた自身が何者なのかも分かっていないご様子。それでは帰り道も分かりますまい。

 無理に思い出そうと焦っても仕方ありません。どうぞごゆるりとお寛ぎ下さい。慌てることはございませんから。

 それに残念ながらこの店は沢山の人が一度にやって来るような場所ではないので、ゆっくりお話が出来ますよ。お客様が嫌でなければの話ですが。

 おや、お付き合い下さるのですか? ありがとうございます。


 ここは夢話堂。

 物が集まって来る店です。それと同じようにまた、多くの人がここに足を運ぶのですよ。

 みな意味があってここに訪れるのです。決して人だけの意志で来られる店ではありません。道具が人を呼ぶ場合もあります。

 あなたがこちらに迷い込んだのもまた、必然だったのかもしれません。もしかしたら、道具に呼ばれたのかもしれませんよ?


 奥方様への贈り物をですか。それならこの店は丁度良いかもしれません。

 どんな奥方様なのですか? 優しくて気立てが良くて花がよく似合う人とは。羨ましい限りですよ。幸せ者ですね。

 おや、お客様、どうしましたか。何故そんな苦しそうな顔をなさるのです? 喧嘩でもしてしまったのですか?

 一緒に買い物に出かけたはずなのにいつの間にかあなた一人がここに来てしまっていた、と。

 ……それは、不安でしょう。でも、素敵な奥方様なのですからきっと貴方のことなら何でも分かって下さいますよ。

 ただ、待つことは退屈でしょう? こちらの商品でも眺めてはいかがです?

 こんな時、私ならどうするか、ですか。そうですね、私ならこんな時は奥方様に記念になるようなものを贈りますね。素敵な物を贈ればきっと喜んでくれますし、何より奥方様の大事な物になると思います。

 責任もって私が届けましょう。

 自分で手渡したいのは分かりますが、それは———、案外難しいことなのですよ、お客様。


 さあ、こちらです。どうぞ、心行くまで選んでください。

 そちらは帯留めです。金魚の形でしょう。それは本当に泳ぎますよ。冗談なんかではございません。

 犬の置物です。家を守る者として大切にしてやればいろんな災いから守ってくれます。厄を払う効果があります。

 花の掛け軸ですね。ここまで色とりどりなものは他にそんなにありませんよ。

 ああ、それは子供のミニカーセットですね。信号とか、本格的なものが付いていて、かなり人気なんですよ。

 お客様? お客様、しっかりしてください。大丈夫ですか? 具合があまりよろしくないようなので、奥で横になった方が良いかもかもしれません。今、使いの者を呼びますから。

 ああ、そんな悲しい顔はなさらないで下さい。こちらまで胸が痛くなります。分かりました。このまま、奥方様への贈り物を選びましょう。

 花の掛け軸ですね。素敵な物だと思いますよ。飾っておけますし、あなた自身もいつでも見守っていられますから。

 お代は結構です。どうぞ、私に任せておいてください。しっかり届けますから。


 お客様? どうしたのです、急に固まってしまって。

 あ……。

 そちらの燈篭が気になりますか?

 それは死者の魂を送る為に川に流されるものです。

 ええ。死者が迷わないように生者の優しい願いを込めて流されるもの。死者が自分が何者なのか忘ないように、道に迷わないように、寂しくないように、と。

 こちらには綺麗な花模様までついております。きっと大切なお方への物なのでしょう。とても手の込んでいる……。


 お客様、顔色が酷いですよ、本当に大丈夫ですか?

 日の光が辛いのですね。今、雨戸を閉めましょう。


 日の光は誰もが好きという訳ではございませんからね。

 どうですか? 少しは楽になられましたか?

 いや、難しいことかもしれませんね、貴方にとっては。

 思い出されたようですね。

 涙を袖で拭いたら赤くなってしまいますよ。こちらの手ぬぐいでそっと抑えて下さい。

 はい、私は最初から気づいておりました。でも、貴方があまりにも哀しい顔をしていましたから言い出せなかったのです。

 そうです。貴方は晴れたあの日、妻と買い物に出かけるんですよ。楽しい買い物になるはずだったんです。

 辛いとは思いますが、貴方は思い出さなければなりません。

 青い空、信号、横断歩道、そして、通りゃんせの無機質な音楽。叫ぶ人々の声とブレーキ音。金切声、全てを包む、暑い日差し。

 ええ、あなたはその時。

 愛する人を護り、あなたはたった一人であちらへいかなければならないのです。

 手荒な思い出させ方をしてしまい、申し訳ありません。それが、貴方がここにいらっしゃった理由だと思いましたので。


 ここ?

 ここは全ての中間地点。近いといえば何よりも近く、遠いといえば何よりも遠い店でございますよ。


 ああ、もう逝かれますか。

 いえ、お代は本当に結構です。お客様に対して無礼を働きましたから。

 こちらの掛け軸は必ずお届けします。


 あ、お待ちください。

 そちらの道は暗いでしょう。

 隆元、火を。

「はい」

 とうぞ、迷わぬように明かりを持って行ってください。この燈篭の想いに包まれながら、良い夢を……

 お気をつけて。


「火が消えてしまいましたな。もう一度付けますか? 」

 いや、もういらないよ。明かりを持って行ったようだから。

 どうやら、その燈篭は彼のもののようだ。後で川に流しに行こうか、隆元。

「はい、かしこまりました」

 窓を開けてもらえるかい?

「はい」


 綺麗な光だね。

 暖かい色だ。

「もう、迷わないとよいですな」

 ああ、そうだね。


 美しくも儚い色。あれは燈篭の光ですかね、それとも、魂の……。

 いえ、何でもありません。

 このことは、今宵限りの幻なのですから。


 さて、隆元。

 私は仕事で少し出てくるよ、留守を頼むよ。

「はい、かしこまりました。どうぞ、お気をつけて」

 ああ、分かっているよ。少なくともこちらの掛け軸を持ってゆくまでは。


 え? 何故、私があのお客様がお亡くなりになっていたのが分かったか、ですか。

 それは、この燈篭が教えてくれたんですよ。あのお客様の元へ行きたいのだと。

 信じられないという顔をしていらっしゃいますよ。

 信じるか信じないかはあなた次第ですよ。


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