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2:死に触れて

ベアトリスが私に告白した、些細な破壊癖。


彼女は綺麗なものや大事なものが壊れるのを見ると、とても興奮するのだと言った。


子供時代の性衝動というのは未発達で、未分化だ。どんな嗜好の子供がいても不思議じゃない。それが成長するにつれて、他人の価値観と自分の価値観とのギャップに触れ、自分と社会とのバランスが保たれる程度に抑制されたりする。


要するに、まだ発展途上の彼女の人格が形作られていくのはこれからで、その手助けをするべきなのは彼女がこれから出会う大人たちなのだから、彼女がどんなにおかしなことを考え、行動したりしても、精神を病んでいるだとか、だめな子供だとかいうべきではないということだ。


それでも、彼女は少なくとも変わった子供だと言わざるを得なかった。


私がそのことを強く感じたのは、私がグウェネヴィア家に逗留して8日目の昼だった。



私はすっかりベアトリスになつかれたようで、彼女はたびたび私の部屋に現れては私を散歩に誘った。彼女が病弱なことは聞いていたので、使用人に確かめたところ、体に障らない程度なら運動はむしろさせるべきだということであった。


一日一回、アフタヌーンティを済ませた後に庭を散歩するのが毎日の恒例となっていた。その日もベアトリスは稽古を終え、ぱたぱたと私の部屋に駆けてきた。


私は使用人に声をかけてから、ベアトリスとともに庭に出た。ここに初めて来た日と比べると少し肌寒くなっていた。


「寒くなったね」


私がそういうとベアトリスは、ほう、と息を手に吹きかけて、にっこりと笑った。


「私寒いのは苦手だけど、息が白くなるのは大好き」


そう言ってベアトリスは庭の植え込み沿いを小走りで進んでいった。走ると危ないよ、と声をかけると、平気よ、と緩やかな曲がり角の向こうに消えていった。私すぐにその角を曲がって、追いつこうとした。


その時だった。ベアトリスが「あっ」と声を上げた。


グウェネヴィア家の令嬢に怪我でもさせたら責任問題だ。私は反射的に急いで彼女を追った。ベアトリスは曲がり角の向こうで立ち止まって、植え込みの陰に落ちている「何か」を見つめていた。


「どうした?」


「あれ…」


鳥の死骸だった。ワタリガラスだ。このあたりでは珍しくない。ベアトリスはしゃがみこんで、筋肉の露出してしまった死骸をまじまじと見た。


「どこかで撃たれたのがここで息絶えたんだろう。猟銃用の弾痕だ。ここらは猟区だし、レイブンは害鳥として狩猟許可鳥獣だからね」


「…死んでる?」


「ああ。今朝がたにここに落ちたんだろう。狩猟鳥獣とはいえ、一撃で仕留められなくて苦しんだろうと思うよ。かわいそうに」


「ふうん…」


ベアトリスはその死骸を見つめたまま動かなかった。その横顔をしばらく見ていた私ははっと我に返って、私は遠くにいた庭師らしき男性に伝えようと、その場を離れた。ベアトリスには一応声をかけたが、聞こえていないようだった。


2分ほどして、私が庭師を連れて戻ったとき、私たちはひどく驚かされた。


ベアトリスがその死骸の横に寝そべって、もう動かないカラスの体を至近距離から見つめていたからだ。


「お嬢様!汚いですよ。どんな病気をもっているか…」


庭師が慌てて彼女を引き起こした。ドレスとコートが土でどろどろになっていた。引き離されても、彼女の視線はカラスの死体にくぎ付けだった。庭師が袋に死体を入れて、私に一瞥してから去っていくまで、ベアトリスの目はずっと瞬きすらせずに死体を追いかけていた。


「ベアトリス?」


私が声をかけると、びっくりしたようにこちらを見た。大きな瞳がぱちくりと瞬いて、私を見つめた。


「大丈夫か?もう入ろう。ずいぶん汚れてるよ」


「…フレッド…。私…」


「動物のあんな死体を見るのは初めて?」


ベアトリスはかくっと頷いた。


「そうか…それは辛かったな。かわいそうだったけど、君が見つけてあげなかったらずっとあのままだったかもしれない。よかったよ。いっしょに冥福を祈ろう」


ベアトリスはまた頷いて、目を閉じてからうつむいた。私もそれに倣った。


「ねえ、フレッド」


屋敷に向かう途中、ベアトリスは私の前を歩きながら、前を向いたまま私に言った。


「命ってとっても綺麗ね」


私はそうだな、と答えた。生き物の死を目の当たりにして、彼女の情操になにか良い影響を与えたのかもしれないと思った。


思い返せば、彼女の未来にかかわる何かが彼女に芽生えたのは、この頃なのかもしれない。


綺麗なものを壊すのが好きだという、ベアトリスの告白を私はおぼろげに忘れていたのだ。



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