5.神のもとで禁忌を
スカートを膝あたりまで捲り上げ、足を持ち上げる。
身体中ががくがくと震えているがそんなことを気にしてはいられない。
こんなにわたしに恥……、いえ、恥ずかしい思いをさせたんですから。
それ相応の報いは受けていただきます。
「あー……、とりあえず足下ろしてくれないと言えるものも言えないなーとか……」
『……わかりました』
足をゆっくりと下ろすと、山陽さんはふと笑った。
ぼんやりとした室内で、それだけがわかる。
全神経が、彼に、集中する。
ほかの船員が何をしているのか、甲板では何が起こっているのか、空では何が起きたのか。
そんなことを、気にしていられないほど。
「俺は、……長門、さんが、す―――――――」
“総員!!!! 自室に戻り、船酔いに気をつけよ、ただし特にひどいものは医務室へ。その際一人では行かせるな。医官は全て医務室で待機せよ”
いきなりスピーカーから怒鳴り声が流れ込んできた。
船酔い?
意識を艦内の至るところに飛ばす。
それでも把握できない。
艦内での異常は見受けられない。
それならば何らかの外的要因があるはずだ。
壁をすり抜け、甲板まで飛ぶと。
外は―――――、大荒れだった。
『時化……! 台風でしたか……!』
大粒の雨が、甲板を、艦橋を、叩いていた。
艦は波と風とで時折揺れている。
すぐに医務室へ飛ぶと、軍医たちが吐き気を訴える者へ手当てをしていた。
『船酔いをするのにどうして海軍に……』
ぼそっと言うと、そこにいた山陽さんがわたしを見上げて睨みつけた。
なんですかその顔。
『揺れを最小限に抑えなければいけませんね……』
ひとりそう呟いて、自室へ戻った。
そこの明かりは消されていた。
ついさっきまで二人きりだった、この部屋。
もう……、どうすればいいのだろう。
生まれてから今まで二十数年間、人間と関わったことが、ない。
まして特別を作ったことなど、一度もあるはずがない。
この身はすべて主と國のためにと、思って、生きてきたのだから。
『寝ましょう……』
ふぅ、と重いため息をついて、ベッド(設計者がわたしのために特別に用意してくれた)に横たわった。
***
『ふぁあ……』
小さく伸びをして、ベッドから起き上がろうとした。
が、何故かできない。
『…………?』
辺りをきょろきょろと見回す。
と、自分のお腹あたりになにかあたたかいものがあることに気づいた。
ゆっくりと視線をそちらに向けると。
『いやぁぁぁぁぁあぁああああぁぁぁああああああっ!!!!!』
「ん……、なん……」
寝起きの掠れた声の、髪を下ろした、海軍服の、山陽さんが、いた。
頭が妙に冴えている。
「誤解だ!」
『こっちに来ないでください、穢らわしい』
「誤解だって言ってるでしょう嫌だもう蹴らないでぐはッ……!」
とりあえず骨は折らないようにした。
『何か言いたいことはございますか』
「…………誤解です。長門さんが寝ぼけて俺を引っ張ったんです」
『そんな言い訳が通じるとでも』
「事実です。長門さん大丈夫かと思って職務が終わったあとに訪ねてみたら、ベッドの上でむくれてて。どうしたんですかとお尋ねしましたところ渾身の力で引っ張られまして、私は抵抗しましたが顔と左腿に蹴りを入れられて落ちそうになったところをこの中に入れられました」
ほら、今あなた顔と左腿蹴ってないのにこんなに青アザあるんですよと見せてくれt……って太腿!?
見せなくていいです。
『……いや……あの、………………スミマセンデシタ』
ぎゅうぎゅうとスカートを握りしめて片言で謝ると、山陽さんはふと目を細めて躊躇いがちに手を伸ばした。
そっと髪を一房掴まれる。
「昨日わかったんだが、……あなたには暖かさが、ないんですね」
『う……』
それが心情的なものだと勝手に解釈して黙り込んでしまう。
人と関わったことがないんだからしょうがないじゃないかという文句は、この際置いておく。
だけど、山陽さんの言葉には、避難の色はまったくなかった。
むしろ、悲哀の色が強かった。
「やっと分かりました」
『え……っ』
緩い力で腕を引かれた。
熱が伝わる。
「己を鉄の塊だと言っている意味が。あなたの本質は戦艦で、武器で、……それは鉄だから……、こんなに冷たいんだ」
ぎゅう、と抱き込まれて、その力の弱さに気づく。
彼にしてみれば渾身なのだろうが。
なんて、弱い。
それでも、ないはずの心臓が暴れまわっているかのような感覚に陥る。
『さんよう、さん……』
「鉄は熱伝導する、から、……俺が、分けてあげる」
そっと、優しく、壊れ物を扱うように、彼の背に腕を回した。
首元に、肩口に、柔らかい熱が伝わる。
「あなたがすきです」
ああ。
足元から、崩れ落ちるような、感触。
それは悲しいからとか、苦しいからじゃなくて。
「すきです。あなたが退役するまで傍に居ます」
『退役するまで……?』
撃沈するまで、ではなく?
少しだけ顔を上げて見つめると、彼は強い光がこもった眼差しで、わたしを見た。
「俺たちはあなたを沈ませない」
なんて、人だ。
そう、思った。
『わたしは…………』
言葉が、詰まった。
言葉では、言い表せないほどの、衝動。
わたしたちに涙はないが、人間ならばきっと涙を流していただろう。
『わたし、は……』
そっと、身体を離した。
胸の前で、手を組む。
『このように、冷たいです……、し、……人間の女性、と、同じ、ようなことは……できません…………』
俯いて唇を噛み締めた。
次に顔を上げると、目尻を赤らめた山陽さんが、目に映る。
『こんなわたしが、…………あ、あなたを、その、…………すきで……いいんでしょうか……』
ぎゅっと手を握り締めると、上から優しい声と体温が降ってきた。
「勿論」
そっと肌が触れ合う。
視線を絡ませたまま。
唇が離れ、山陽さんを見上げると、口元を手で抑えている。
『なんですか……』
「いや、ごめ、こっち見ないで」
壁に詰め寄ると、口を覆っていた手を外す。
と。
『真っ赤……』
目元まで真っ赤だった。
「あなただってそんなに変わりませんよ」
むくれて言う山陽さんに、抱きついた。
わぁ、と声を上げた瞬間、ごつっという音がした。
山陽さんが壁に頭をぶつけたらしい。
「長門、さん、痛いっす……」
『これ、外してください』
自分の胸を指す。
山陽さんは躊躇いがちに指を伸ばした。
「これでいいんですか」
首からするりとロザリオを外す。
大きな手の中で光るそれに、目を細めた。
今まで、わたしを縛ってきたもの。
わたしの生きる意味だったもの。
わたしにとってのお守りだった。
『あなたにあげます。……肌身離さず、つけておいてください』
「ありがとうございます?」
照れたように笑う山陽さんをそっと抱きしめた後、祭壇をひっくり返した。
「何してるんですか」
『恥ずかしいでしょう』
山陽さんのもとに戻ると、髪を一房梳かれ、柔らかく唇を落とされた。
『……!』
「ああ、神さまに見られるって?」
『うるさいです。わたしは人間の女性ではありませんからできませんよ』
「なにを?」
にやにやと笑いながら見てくる山陽さんの唇に、人差し指を当てた。
きょとんとして見上げる彼に顔を近づけた。
『こういうことです』
そっと山陽さんを見ると、彼ははにかんだような笑顔でわたしを包んだ。
Happy End?
ここまで読んでくださってありがとうございました。
長門の戦闘、そして処分はまたの機会に。