3.その愛はマリアに似て
どうしよう。
あれから本当にわたしと目も合わせてくれない。
『はあ……。ああ言ってしまったのは間違いだったかもしれませんね……』
艦長室でそう呟くと、どこから現れたのか陸奥がわたしの腰をホールドしていた。
『姉さま、何悩んでるの?』
『悩んでなんかいませんよ』
陸奥は手をすすす、と上にあげてくる。
まさか。
悪い予感が頭をよぎる。
『陸奥、ちょ、ま、やめ、あはははは……っ!!』
陸奥の指が脇腹や背をくすぐる。
『ちょ、やめ、そこは駄目、ぃや、あはははははは……っ、はぁ、あ、やめてぇ……!』
『姉さま声が。外に声が漏れますよ』
そう言うと、ぱっと手を離した。
地面に尻餅をつく寸前で浮き上がると、彼女はにやにやしながら私を見下ろしていた。
『あなたがやめればいい話でしょう、が……っ』
『やめましたー。何か悩んでいるような素振りでしたよ、姉さま。そうでしょう?』
『いえ、あの、悩んでは……』
目をそっとそらすと、陸奥は指を蠢かせた。
『正直に仰って……?』
その瞳に、怪しい光が灯る。
命の危険を感じた。
『い、いや、あの、正直に話しますので……!』
『良い子ね、姉さま』
『あなたに言われたくはありません』
こほん、と小さく咳払いをして、話し始める。
『わたしが見える方にゆるしの秘跡紛いなことを頼まれて、少しお話したんですが……、私とはもう関わらない方がよいと申したのです』
『まあ……、それはどうして?』
『だって……、わたしと関わりを持ってもなんの利益もないし、一年かそこらでほかの艦に回されてしまうんですもの』
陸奥は呆れた顔でため息をついた。
なんですかその反応は。
『姉さまったら、わがままなのね』
『違います。それに、わたしは主を愛しているのです。ほかの男性なんか……』
陸奥はくすくすと笑った。
『神様を愛するのと、人間を愛するのは違うわ。姉さまはその方が好きなのね』
『この艦に乗ってくれている方はみんな好きです。当たり前でしょう?』
陸奥はわたしの頭をそっと抱えた。
躊躇いがちに手を動かす。
さらさらした自分の髪が頬に当たった。
『姉さまは人間が好きなのね』
『ええ。大好きです』
『みんな好きなのね』
『もちろんです。形は違えど、天の下では皆兄弟ですから』
陸奥は、わたしを抱きしめた。
冷たさが肌に伝導する。
『姉さまがそれでいいなら、いいわ。わたしは……』
『いついかなる場合でも、後悔しない選択を、している、つもりです』
それは、いつかは嘘になるかもしれないけれど。
胸の奥底に蓋をして、喉元まででかかった言葉を飲み込んだ。
『陸奥……、明日の演習、頑張りましょうね』
『ええ』
陸奥はスカートの裾をつまむと優雅に一礼して、ふわりと消えた。
さて……、これからどうしましょう。
心の中で重いため息をつく。
艦長室の向こうに、確かに彼がいる気配がする。
なんで?
艦長室に用事でもあるのかしら?
今日は誰も何もミスをしていないし……、そんな必要はないと思うのだけれど。
ドアからいつもどおりに出れば、顔を合わせることは必至だ。
それに、わたしたちの声が室外まで漏れていれば、今のことは筒抜け。
今更どんな顔をすればいいかわからない。
『嫌ね……、強く在りたいのに弱くなってる気が……』
ぽつりと呟くと、壁をすり抜けた。
艦内宿泊組がいる横を通り過ぎる。
年相応に笑う様子を見て……、彼らはやっぱりぬくもりをもった人間だということを、思い知る。
わたしみたいな、人間じゃない、鉄の塊のことは知らなくていい、知らない方がいい。
自室の、十字架に向かって跪き、手を組む。
目はきつく閉じて。
いつもどおり、祈ろう。
『大丈夫……、今までも、ひとりで生きてきた。そしてこれからもよ。十分でしょう長門。有事の際に彼らとともに戦い、国を守り、この国へ連れて帰ることができるなら。大義を全うしなければならないなら、それ以外のことは考えない。考えては駄目。……大丈夫、わたしならうまくやれるわ』
それが愛だと、気づくことすら憚られていた。
次回、4.敬虔な誘惑者




