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2.秘密の告解

『主よ、……』


あの日もいつものように祈りを捧げていた。


「済まないが――、あ……」


乱暴にドアが開けられた先にいたのは、山陽さんだった。

数週間ぶりに顔を合わせたためか、どんな言葉をかけるか迷ってしまう。

咄嗟にベールを外して床に置いたけれど、山陽さんは瞠目して固まってしまった。

それはそうだろう。

強さの象徴、ビッグセブンの長門に宿る魂が、神に縋るキリスト教徒だと知られれば異端だと、言われる。

きっとそうだ。


「長門……さん、あの……」

『…………なにかご用事でしたか』


心なしか、突き放すような声が出た。


「えーっと……その、大変言いにくい、の、ですが……」


大の男が、しかも180センチを超えている大男が、もじもじとしている姿は実に面白くて可愛らしい印象を受けた。

なんだろう。

わたしのこの服装のことだろうか。

それとも別の――――?


「長門さん、って、キリスト教の方です、よね」

『……見ての、通りです』

「ああ、やっぱり……」


やっぱり、か。

諦めにも近い感覚で、肯定した。

山陽さんはふと顔を上げてわたしをみて、慌てて手を振った。


「ああ、いや、初めてみたとき修道服っぽいと思っていて……、いや、別にキリスト教を、非難しているわけではないんだ、だが少しだけ、耳に挟んだことがあって」

『耳に、挟んだこと……とは、一体』


わたしより少し背の高い山陽さんを見上げた。

オールバックにしていた髪が、下りている。

釣り目がちの眼が、困ったように細められている。


「告解、って、言うのかな、何かで読んだ気がするんだけど、罪を、告白……? というか、なんというか……よくわかってねぇんだけど」

『あぁ、ゆるしの秘跡、ですね。それが、どうされました』


山陽さんは顎に手を当てた。

そして困ったようにわたしを見て、


「それ、長門さんでもできるんですか」


ぼそりと呟いた。

わたしでもできるか……、と問われれば、できないことはないだろう。

建造されてからずっと手元にあったのはロザリオと聖書くらいだし。

修道女紛いの格好をしているし。

神へ忠誠と愛を誓っているし。

別に厨二病ではない。断じてメタ発言でもない(ことにしておく)。

しかし、人間と交流を持ってしまっていいのか。

山陽さんとこうやって話して……、何らかの感情を持ってしまったら。

一介の、身を神に捧げたキリスト教徒として許されるのか?

長門、という艦の魂としてはたしてやっていけるのか。

きっと無理だろう。

でも……、自分の中の良心が黙っていなかった。


『…………できないことはないかと思いますが、何かなさったんですか』

「いえ……、あの……」


口ごもる山陽さんに、無言で椅子を勧めた。

それに腰掛ける様子を見て、なぜか胸がざわつく。

ほの暗いランプで照らし出された表情が、昼間とはまるで違っていた。


『包み隠さずおっしゃってください。なんでも。わたしは……、正式な修道女ではありませんが、あなたのお話を聞くことはできます』


三陽さんは少しだけうつむいて話し始めた。


「今日、自分が少し苦手な……、なんというか偉ぶった上官が医務室に来られたんです。腹痛だと言われまして。自分はそのとき少々苛立っておりまして……、そこで、言ってしまったんです」


まさか、上官の気に障るようなことを言ってしまったのだろうか。

この艦を降りなければならないような事態なのだろうか。

そうでなければ、わたしのところになど来るはずはない。

重大なことなのだろう。

神妙に頷くと、


「上官はわかめが嫌いなのですが、…………腹痛はわかめを食べればよくなると」

『お待ちください』


脱力してしまった。

いや、都合のいい空耳かも知れない。

しかし今は告解の途中、遮ってはならないのだから。


『……いえ、最後まで聴きましょう。それで、どうされましたか』

「いえ……、罪悪感が半端なくて。食事はちゃんと平らげましたが不安で不安で」


そんなことでクビになったりはしないでしょうし、きちんと食事ができたのならそこまで不安ではないのでしょう。

と思ったけれど口には出さない。


「上官は許してくれるでしょうか」

『ええと……、上官は知りませんが、神と精霊の御名において、あなたを許します』


たしか、こんな台詞を言って、十字を切っていたはず。


「なんだかすっきりした気がする」

『お役に立てたのなら光栄です。……覚えておいてください。このことを誰にも言ってはいけませんよ』

「はい」


ほの暗い部屋の中、二人きりで、秘密を交わす。

なんて、幸せなんだろうと気狂いじみたことを思ってしまった。

人間と交流して幸せだなんて。

いつかはこの私を残してほかの艦に移ってしまうのに、どうして執着する必要がある?

ひとり残されて前よりもっと孤独を味わうくらいなら、いっそここで切り離した方が、私のためだ。


『……もう、ここには来ない方が良いでしょう』

「何故?」


眉を顰めて、わたしを見上げる。

そんな顔をしないで欲しい。


『わたしは、人間ではありません。あなたが関わっていい存在でもないでしょう』

「俺が見る限りあなたは人の形をしているし、別に関わったからといって悪影響はないはずだ」


真っ直ぐな瞳に、ただ圧倒される。


『いいえ。最初に言ったとおり、わたしの所存によってこの艦の存亡は決まります。あなたと関わることによってわたしが不快感をあらわしこの世から消えたいと思えば、この艦は自爆を起こし沈みます』

「……っ!」


息を呑む音が、静寂の中にこだました。


『あなたと関わることによって、わたしに乗るすべての兵が、死ぬかも知れないんです』


だからもう、関わらないで。

わたしと。

目で、そう告げると、山陽さんはふと力なく笑った。


「そう、だったの、か。やっと意味がわかった。……困らせて、すみませんでした」


それを言うと、ドアの前でわたしに敬礼をして、出て行った。

靴音が、廊下に響く。

どこにいるのか、どこへ向かっているのかは、手に取るように分かった。


彼が自室に着いたらしい気配がする。

途端に罪悪感と後悔とが押し寄せてくる。

あんなこと言わなきゃよかった。

長門としてではなく、ひとりの……、なんと言えばいいんだろうか、人間紛いとして。

ごめんなさい、と心の中で小さく謝った。




次は、3.その愛はマリアに似て

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