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1.祈りはあなたのために

挿絵(By みてみん)





ちょうどあれは、霞がかった春のことだった。

停泊地に、どこからともなく花びらが散る。

甲板にひとり佇み、舞い落ちるそれを、ただ、見ていた。

すると。


「あなた、―――――――!」


ひとり、慌てたような若い男の声。

大股で、こちらへ向かってくる。

何か不備でもあったのだろうか。

胸元のロザリオを指先で弄りながら、ぼけっとしていた。

そのとき。


「っ、女性がこんなところに乗るなど!」

『………………、』


ぱっとわたしの手を掴んだ。

……掴んだ?

ゆるりと振り向くと、そこには焦った顔の男性がいる。

……見えている? 

わたしが?

まさか。

でも、これは。


周りから奇妙なものを見るような目で、見られている男性。

それはそうだ。

わたしは普通の人間には見えない。

この男性が気狂い扱いされる前に、どうにかしなければ。

そう思い、男性を見下ろ――、せ、なかった。

わたしより優に5センチは高いであろう背。

……巨人だ。


「何か答えたらどうです」


これは厄介だ。

こんな人間に会ったこともないし、人間がわたしのようなものを見れるなど、聞いたこともない。

どうしよう。

混乱する。

男性が、何かを言っている。

少しだけ苛立ったわたしは、


『お黙りなさい』


語気を荒めて言った。

案の定男性は顔を白黒させている。

この男性に、今ここで、自分が人間ではない、などと言ったら。

きっと驚くだろう。

見えない人間相手に喋っているだけで、相当変人扱いされかねないし、それがきっかけでこの艦を降りることになるのはあまりよくない。

せっかく、この長門の配属になったのだから。

少しだけ考えて、男性の手を自分の腕から外した。


『いいですか。黙ってお聞きなさい。今日の業務が終わりましたら、艦長室に参りなさい。そこで全て分かるでしょう』


それだけ言い置くと、男性に背を向けて走り去る。

彼が視界から消えたところで、甲板を足で一蹴り、艦長室へ向かった。






***




『はあぁ~……、なんなんですあの方は……』

『あらあら姉さま。どうなさったの?』


それから、船員の業務を監視する。

通常業務終了後、艦長室に行くと、妹の陸奥がいた。

にこにこ、いや、にやにやと笑いながらわたしを見る。


『わたしが見える方がいらっしゃるのです』

『それは幸運ね、姉さま』

『そうかしら、でも、はじめてだったし、それに、甲板で話しかけてくるものだから……』


陸奥はわたしを柔らかに抱きしめて、大丈夫と言ってくれた。


『そんな方がいるなんて、幸運よ。わたしなんかまだ誰も気づいてくれないしぃー……』

『陸奥にはわたしがいるじゃない』


コンコン、と、控えめにドアがノックされた。

開け、と念じるとひとりでにドアは開く。

その向こうには、緊張した面持ちの、今朝の男性がいた。


「失礼しま……誰もいない……?」

『ここにいます』


地面から十数センチ浮かび上がって向こうへ行く。


「失礼……、あなたは、なぜ」

『わたしの部屋へ、行きましょう』


振り返って陸奥を見ると、相変わらずにやにやしていた。


「あなたの部屋が、あるのですか」

『勿論です』


ちょうど夕食時なのだろう、廊下には人一人としていなかった。

少し歩いて一番奥の部屋のドアを開くと、男性を招き入れる。


「あの、……あなたは」

『わたしは、この艦に宿る、魂です。名前はご存知の通り、』


男性を椅子に座らせ、スカートをつまんで礼をする。

賓客にそうするように。


「なが、と……?」

『その通りです。普通、一般的には、わたしは見えません。しかし稀に見える方が、いらっしゃるのです』


あなたのようにと言えば、彼は顔を硬くする。


『今朝あなたはわたしに話しかけられましたが、ほかの方からはわたしは見えません。あなたは変な顔をされたでしょう』

「ああ、そうですね」


ふむ、と頷く。

順調なようだ。


『あなたがわたしのような存在を信じるも信じないも、勝手ですしかし、』

「……はい」

『わたしは魂。実体こそありませんがこの艦そのものです。わたしの意志によってこの船は自由に動かせます。戦うことも守ることも逃げることも、もちろん、沈むことも』

「………………」


彼は、神妙な顔で頷いた。


『けれどわたしには痛みがありあません。どれだけ傷を負っても、わたしの服が敗れたり、腕がもげたりすることはございません』

「そう、ですか」

『あなたのお名前をお聞きしていませんでした。お名前は』


彼は少しためらって、口を開いた。


山陽(さんよう)俊貴(としき)と申します。軍医少佐をしております」

『では、山陽さん。わたしが見えているあなたに、あなただけに、お願いしたいのです』

「なんでしょう」

『一人でも多くの兵が、生き残れるよう手を尽くしていただきたいのです。あなたの、力で』


山陽さんは、ふと目を細めた。


「お優しいのですね」

『いいえ。残酷なだけです。わたしのお願いは、手がもげようと足が切り離されようと、無様だろうと命を繋いでくれと、そういうことですから』


山陽さんは目を丸くした。

無様に生きるよりは、潔い最期をと考える軍人にとっては、信じられないことなのだろうか。


「理由をお聞きしても宜しいか」

『何が何でも生き残ることが、國へのご奉公だと、思うからです』

「それはどうして」


少しだけ、ためらった。

男性には理解できないのかもしれない。

人間には理解できないのかもしれない。

この、わたしの、考えは。

しかし伝えなければならないと思った。


『國のたからとは、この日本とは何かと考えたのです。それは戦車でも軍艦でも航空機でもない、人間だと思うのです。日本人が滅びない限り、日本は滅びません。何度転ぼうと、また這い上がれます。そのためには多くの方に生きて、命を繋いで欲しいのです。國のたからである、子供を、残して欲しい。ましてや勇敢な兵士さんのお子さまならば、どれだけ國のためになるでしょうか』

「なるほど」


(この人は、この考え方は日本にとって重要な存在だ。俺だけにしか見えないなんて理不尽だろうに)


『無理なお願いでしたらよいのです』

「いえ、手を尽くします。あなたのお心には、感服いたしました」

『ありがとうございます。……そろそろ祈りの時間ですので、ひとりにしていただけますか』

「祈り……、とは」

『それは、秘密です』





山陽さんを部屋から追い出し、祭壇の前にひざまづく。

聖書を読み上げ、祈りを捧げる。

わたしは日本のためではない。日本を愛しているがそれ以上に、主のためにと。

異端だと罵られるこの宗教観念は、キリスト教を信仰することは、彼の敵になるであろう国と同じだと、考えられてしまいそうだから。





お題配布サイト[確かに恋だった]様より頂きました。

タイトルは少し改変しております。

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