王子頑張れ超頑張れ
彼女に出会ったのは俺がまだ齢9になる誕生日の祝いにこの国にやってきたのがきっかけだった。
9歳にして国で最も強大な魔力を持て余した俺はこの年にしては大人びた感性を持っていたと思う。
媚び諂うもの、香水臭い女、そのどれもが俺を不快にするには足りるものだった。
「ふん、魔法か」
俺の魔力は他の人間より多かった、だがそれだけだ、それだけで俺は多くの人間に疎まれ媚びられうんざりだ。
本当はこの誕生日会も父王がこの国との和平の証として俺一人をここにやったに過ぎない。
しかもこの国の第一王女は魔力無しの出来損ないらしいしそんな奴とは会いたくもなかった。
「王子」
「王子」
「王子」
王子王子王子、五月蠅い、どいつもこいつも私利私欲の為に近づいてくる奴らばかりだ、それは正しいか正しくないのかであるなら正しいのだろう、だが俺には耐えられない。
鳥籠の中など死んでもごめんだ。
「こんばんわヨハン様」
ダンスホールから抜け出しテラスで考え事をしていたら突然話しかけられた、確か彼女は――
「イリス姫」
黒き髪に見ていると吸い込まれそうな黒き瞳、黒と言うのはあまりいいものとはされていないが彼女の黒は月に仄かに照らされどこか神秘的だった、。
この国の第一王女で魔法が使えない皇族にあるまじき少女、俺の周りの者が彼女を中傷していたからよく知っている、と言ってもどうせ噂だろう、魔法が使えないなど俺にとってはありえないことだった。
「今日はあなたの誕生日会なのに浮かない表情ですね?」
まぁ皇族同士の会話と言えどもまだたった9歳と4歳の拙い会話なのでこんなものだろうと思っていたが、4歳という年の割に大人びた表情の彼女、そこで俺は気づいた。
「イリス姫、翻訳魔法をかけていないのですか?」
疑問、当然だ、この国と帝国では話す言語が違う、それゆえに翻訳魔法がこういった場には必須なのだ。
「お恥ずかしい話ですが私は魔法がほとんど使えません、なので貴方の国の言語を習得しました」
事も無げに言う少女、9歳の俺でもその才能に驚く、それ以上に驚くこともあった。
「魔法が使えない?」
では貴方が父親にすら侮蔑されているとは本当のことなのか?噂も全て?
「はい」
「大変じゃないのか?」
誰も助けてくれずあるのは第一王女と言う地位だけ、それすらもこれから生まれる御子に奪われそうというのは本当のことなのか?
「はい」
「どうして?」
「魔法が全てなわけじゃありませんから、翻訳魔法がなくとも意志は疎通できる、火がほしかったら焚けばいい、水が欲しかったら汲めばいい、そう思いません?」
それは簡単に見えて難しいことだ、でも確かに、確かにそれは…
「それは、それは考えたことなかったな…」
バカバカしくなった、眼前の少女にとって地位も魔法もあってもなくても同じなのだ、魔法を疎ましく思っていた自分が馬鹿らしくなった。
「どうかしましたか?」
心配そうにこちらを見つめる少女に俺はつい言ってしまった。
「結婚してくれ」
「……ロリコン?」
その後色々とあったが俺はイリス・イスフィリアを愛している、絶対だれにも渡さない。
「イリス…」
ソファの上で黒い髪が広がる。
「やめてよぉ…」
6年前の彼女とは思えない弱弱しい姿、どうして、誰がこんな風に彼女を?
「違う、こんなの違う」
「……」
全てを諦めた瞳、弱弱しく張り付いた偽の微笑、すべてが違う。
「あの頃の君はどこに行ってしまったんだ?あの時のイリスは…」
「……」
頭のいい彼女はすぐにそれを分って気まずそうに眼をこちらに向けない、目を合わせようとしない彼女にイラつき乱暴に顔をこちらに振り向かせる、目に涙を浮かべながら彼女はこう言った。
「あんなの、妄想だったよ、魔法はやっぱり、すごいや、勝てないよあんなの、無理だよ、どう頑張ってもアイリに勝てない、これじゃああなたにも見捨てられる…いやだ、見捨てられたくないよぉ」
ついに彼女は泣きだし嗚咽が部屋に満ちる、俺は――俺は許せなかった、自分が認めたくなかった彼女が変わってしまったことが、だから俺は。
「そうか……」
なぜあんなことをしてしまったのだろうか、慰めてやるべきだったのに、俺はどうして――
俺はソファから立ち上がり部屋から出た、まだ彼女の嗚咽は上がっていたが衝動のままに外に出た、そして暗い部屋に彼女を一人残した。
本当は王子が好きでしたよ回