↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
港町と猫の喫茶店  作者: 紡里


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
1/1

夏の終わりの赤信号

 少し寂れた漁港だった。

 かつてはマグロ漁船で賑わい、一攫千金(いっかくせんきん)を狙って移り住む者もいた。


 今はその古い雰囲気を活かし、昭和レトロを前面に押し出して観光客を呼び込もうとしている。


 祖父母の開いた喫茶店は、厚切りのピザトーストや緑色のクリームソーダがショーウィンドーを飾っていた。


「にゃーん」

 裕美の足元に、馴染みになった野良猫がすり寄ってきた。

 そっと背中を撫でてから、裕美は喫茶店の扉を開けた。

『いつもならしゃがみこんでしばらく撫でてくれるのに』と不満げに、猫はその背中を眺めていた。


「おばあちゃん。今日、帰るから」

 夏休みの最終日だ。

 三日前にも、一週間前にも、同じセリフを言った。


 けれど裕美はバス停で何台もバスを見送り、祖母か常連客が連れ帰るということを繰り返している。


 小学五年生というのも、難しい年頃ではあった。

 まだ子どもなのに、ふとした瞬間に、大人びて見えることがある。


 一学期の半ばから学校へ通えなくなった。

 けれど、「行かないと将来が真っ暗」という知識があるせいで、行かなければと焦っているのだろう。


 大人からすれば、どうしたって力のない子どもでしかない。


 健康志向の母親の影響で、クリームソーダを好まない孫のために、レモンクリームソーダを作り、カウンターに置いた。

「裕美のひいおじいちゃんはね、文字が読めなかったんだよ」


 裕美はストローを紙の袋から出そうとして、手を止めた。

「やっぱり学校に行かないと」という説教が始まるのかと、身体を硬くする。


「漁師には必要ないって船に乗せられて、学校に行けなかったんだって」

 それなら、次のセリフは「恵まれているんだから、学校に行きなさい」だろうか。


「文字は読めなくても凄腕の漁師で、こんなにいい場所に家を建てた。

 すごいだろう?」


 裕美はストローを刺して、少し飲んだ。パチパチと口の中で炭酸が弾ける。


「学校に行ってみんなと同じ生活ができた方が、生きていきやすいのは確かだよ。

 だけど、頑張って行って死にたくなるなら、行かないで生きていた方がいい――と、おばあちゃんは思うんだ」


 裕美は黙って、柄の長いスプーンで丸いアイスを突いた。なぜか表面がシャリシャリして、特別な感じがする。


「帰ってもいいし、帰らなくてもいいよ」

 カラン、コロン。

 カウベルが鳴り、客が入ってきた。


「ただし、動画で勉強はしなさいな」

 おばあちゃんはそう言いながら、お冷やとおしぼりをトレイに載せた。


 おじいちゃんは、黙って珈琲を入れ始めた。

 まだ、注文を取っていないのに。


 いつの間にか入ってきたさっきの猫が、カウンターの中に入り込み、みゃうみゃうと鳴いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。