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第12話 白い押し花

 王都の秋は静かに深まっていた。


 朝の空気は少しずつ冷たくなり、並木道の葉も赤や金色へと色を変えている。


 窓から差し込む陽射しも、夏の頃より柔らかかった。


 カイロスは自室の机に向かい、一冊の魔術理論書を開いていた。


 普段なら難なく読み進められる内容だ。


 だが今日は違った。


 同じ行を何度も目で追っている。


 気付けば視線は机の端へ向かっていた。


 そこには一通の手紙が置かれている。


 そして、その横には白い押し花。


 フィオラから届いた最初の手紙だった。


 返事を書いてから数日が過ぎている。


 王都での生活は以前と変わらない。


 朝から訓練をこなし、研究院で学び、報告書をまとめる。


 やるべきことはいくらでもあった。


 それでも。


 ふとした瞬間に思い出してしまう。


 川のせせらぎ。


 丘を渡る風。


 夏の夜に舞う蛍。


 そしてミーナの笑顔。


 王都へ戻ってきたはずなのに、フィオラはまだ胸の中に残っていた。


 午後。


 訓練を終えた帰り道だった。


 研究院の廊下を歩いていると、窓の外で一枚の葉が風に舞った。


 鮮やかな赤色だった。


 思わず足を止める。


 もしミーナなら、あの葉を見て何と言うだろう。


 押し花にしたいと言うかもしれない。


 あるいは花畑の色と比べるだろうか。


 そんなことを考えている自分に少し驚く。


「珍しいな」


 不意に後ろから声がした。


 振り返ると、ハーラルドが立っていた。


「何がですか」


「お前が景色を眺めているのがだ」


 カイロスは少しだけ言葉に詰まった。


 確かに昔の自分なら立ち止まらなかっただろう。


 ハーラルドは窓の外へ視線を向ける。


 風に揺れる木々。


 赤く染まった葉。


 澄み切った秋空。


「秋は嫌いじゃない」


 ぽつりと呟いた。


 カイロスは目を瞬かせる。


「そうなのですか」


「ああ」


 短い返事だった。


「静かだからな」


 それだけ言うと、ハーラルドは再び歩き始めた。


 黒いローブが廊下の向こうへ消えていく。


 カイロスはしばらくその背中を見送った。


 静かだから。


 その理由は少し分かる気がした。


 フィオラの夜も静かだった。


 川の音が聞こえて、風が木々を揺らして。


 何も急かされない時間が流れていた。


 部屋へ戻る。


 机の引き出しを開くと、手紙が丁寧にしまわれていた。


 隣には白い押し花。


 カイロスはそれを手に取る。


 このままでは傷んでしまうかもしれない。


 ふと思い立ち、本棚へ向かった。


 お気に入りの魔術書を取り出す。


 厚く丈夫な装丁の本だった。


 押し花を挟んでみる。


 だが、それだけでは少し心許ない。


 カイロスは机へ戻り、薄い紙を取り出した。


 押し花を丁寧に貼り付ける。


 器用とは言えない出来だった。


 それでも簡単なしおりにはなった。


 白い花が紙の上で静かに咲いている。


 それを本へ挟む。


 ページの隙間から白い花びらが少しだけ覗いた。


 悪くない。


 そう思った。


 それから数日。


 しおりはいつもカイロスの傍にあった。


 本を読む時。


 研究資料を調べる時。


 夜遅くまで勉強する時。


 気付けば自然と使っている。


 ある日、本を閉じた拍子にしおりが床へ落ちた。


 カイロスはすぐに拾い上げる。


 花が折れていないことを確かめる。


 そして小さく息を吐いた。


 自分でも少し可笑しかった。


 本より先に、しおりの方を心配していたのだから。


 夜。


 窓の外には白い月が浮かんでいた。


 王都の灯りが遠くで瞬いている。


 カイロスは本を閉じた。


 白い押し花のしおりがページの間から顔を覗かせている。


 遠いフィオラから届いた小さな花。


 それを見るだけで、不思議とあの村を思い出せた。


 川の音。


 夕暮れの風。


 夏の匂い。


 そして。


 手紙を書いているミーナの姿まで浮かんでくる気がする。


 カイロスは本を棚へ戻した。


 何気なく引き出しを開く。


 手紙はまだ一通しかない。


 けれど、その一通には妙な存在感があった。


 静かに引き出しを閉じる。


 ふと考える。


 次はどんな花が届くだろう。


 その考えに、自分自身が少しだけ可笑しくなった。


 窓の外では秋風が木々を揺らしている。


 遠いフィオラでも、同じ季節が流れているはずだった。


 カイロスは夜空を見上げる。


 冬はもう、すぐそこまで来ていた。


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