4.異世界の日常
「アレン様、こっちに来てください!」
庭の片隅で、クラリスが両手いっぱいに小さな花を抱えていた。
「こんなに集めてどうするの?」
「花冠を作るのです。女の子は皆、これをかぶってお姫様になるのですよ!」
誇らしげに言うクラリスに、苦笑を浮かべる。
(子供は無邪気でかわいいな……相手をしてやるか)
「じゃあ……手伝ってあげる」
そう言って花を編み込むと、クラリスは驚いた顔で手元を見つめた。
「すごい……! アレン様、まるで魔法みたい」
「ただの指先の力加減だよ。ほら、できた」
差し出された花冠を、クラリスは目を輝かせて受け取る。
おそるおそる頭にのせ、両手で押さえながら嬉しそうに笑った。
「どうですか?」
「……似合ってるよ。まるで本当にお姫様みたいだ」
その言葉に、クラリスの頬がほんのり赤く染まる。
「ありがとうございます、アレン様。大切にしますね」
クラリスは大事そうに冠を抱え、スカートの裾を持ち上げてぺこりとお辞儀をする。
その仕草に、アレンも思わず小さく笑った。
笑顔を隠すように俯いたその瞬間、俺の視界に文字が走った。
【創造ポイント:+1】
「……え?」
俺は思わず声を漏らした。
クラリスは不思議そうに首をかしげる。
「アレン様?」
「いや、なんでもない」
自分を鑑定してみると、創造ポイントが1増えている。
(クラリスが関係しているのか?)
俺はそっとクラリスに鑑定を使った。
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【クラリス】
年齢:6歳
身長:112cm
体重:19kg
スリーサイズ:B64/W49/H66
誕生日:春の月・第2週・4日目
血液型:O型
職業:使用人の娘
学歴:未就学
魔力量:34/34
攻撃力:9
防御力:7
俊敏:12
魅力:15
好感度:13/100
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「……っ!」
(まさか……この“好感度”ってやつが、そのまま俺の創造ポイントに繋がってるのか?)
クラリスの小さな笑顔。
俺に向けられた好意が、数値化されて俺の力になっている――?
「アレン様?」
不思議そうに覗き込んでくるクラリスに、俺は慌てて笑顔を作った。
「なんでもない。クラリスが可愛いって思っただけだよ」
「……っ! そ、そんな……」
クラリスの顔がさらに真っ赤になる。
【創造ポイント:+1】
(……この仕組み、もし本当なら……俺はこの世界で、どれだけでも強くなれるかもしれない)
「アレン様、それそろエリナ様とのお茶のお時間ですよ!」
クラリスに、ティータイムの時間が近づいていると告げられ、俺たちは家に帰った。
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「お母様、アレンです」
ノックをしてそう言うと、扉の向こうから母の「入りなさい」という声が聞こえてきた。
「クラリスと遊んでいたのね」
母は、柔らかな微笑を浮かべて俺を迎え入れてくれた。
「うん。花冠を作ったんだ。……クラリス、すごく喜んでた」
「ふふ、あの子はあなたと過ごすのが本当に好きなのよ。アレン、優しいから」
母の声音はいつも穏やかで、胸の奥がじんわりと温かくなる。
そんなやり取りのあと、エリナはふと真剣な眼差しをこちらに向けた。
「でもね、アレン。あなたはこの家の嫡男。いずれはお父様――ガルドの跡を継ぐ立場です。誰に対しても優しくあれることは美徳だけれど、時に毅然とした態度も必要になります。立場が人を導くこともあるのです」
俺は小さく頷きながらも、内心では別のことを考えていた。
(……鑑定。母に使ってみたら、どんなふうに見えるんだ?)
意識を向けると、視界に文字が浮かび上がる。
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【エリナ・ヴァルトシュタイン】
年齢:26歳
身長:167cm
体重:57kg
スリーサイズ:B100(H)/W61/H92
誕生日:春の月・第3週・5日目
血液型:A型
職業:騎士爵夫人
学歴:王都学園卒
魔力量:148/148
攻撃力:27
防御力:31
俊敏:22
魅力:86
好感度:0
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(……スリーサイズにカップ数まで!? いやいや、母さんで試すもんじゃないだろ……)
思わず頭を振り、視線を逸らす。
だが同時に、この鑑定の力の実用性を改めて理解した。
母はティータイムにいろいろなことを教えてくれる。
転生前に教わったことを含めると、この世界や俺の状況はこんな感じだ。
俺たちが住んでいるのはセリオン王国。
肥沃な土地と交易路を押さえる中規模の王国で、貴族たちは領地を守り、教会の権威を支えに生きている。
俺の生まれたヴァルトシュタイン家は、辺境の男爵家に仕える騎士爵家だ。
辺境といってもこの世界の基準ではど田舎というわけではなく、王都から距離が離れていて隣国との国境に近く、流通は活発なようだ。
騎士爵は世襲制ではないが、ここ10代は、どの当主も武功を立てて騎士爵を叙されている。
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母との会話を終え、自室で本を開いて少し時間を過ごすと、夕餉の時刻になった。
父と母、そして俺とクラリスも同席しての食卓は、華やかというより質実剛健。
騎士爵家らしく肉と黒パンが中心で、豪奢さはないが滋養に満ちている。
食後、父が席を立ち、低く言った。
「アレン、外へ出るぞ」
「はい、父上」
父の大きな背中に導かれるように、俺も屋敷の裏手にある訓練場へと足を運ぶ。
夜気の冷たさの中、父は木剣を手に立つ。
月明かりを背に受ける姿は、昼間よりも一層大きく見える。
(……そうだ、今なら“鑑定”がある。父の強さを確かめてみよう)
俺は意識を集中させ、父を見つめた。
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【ガルド・バルトシュタイン】
年齢:34歳
身長:186cm
体重:89kg
誕生日:秋の月・第2週・5日目
血液型:A型
職業:騎士
学歴:グラナート騎士学校 卒業
魔力量:72/72
攻撃力:118
防御力:103
俊敏:77
魅力:41
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(……すげぇ。攻撃力も防御力も桁違い。俺の数値なんて子供扱いされて当然だな)
父は木剣を軽く振り回し、こちらを見据える。
「構えろ、アレン」
俺は木剣を握り、正面から向き合う。
「いくぞ!」
振り下ろされた一撃は重い。
横に飛び退こうとした瞬間、木剣の腹で肩を押さえつけられた。
「遅い」
「くっ……!」
すぐに構え直すが、再び木剣が容赦なく襲いかかる。
俺は考え、避け、力を受け流そうとするが、ことごとく力で押し込まれた。
やがて木剣をはじかれ、尻もちをつく。
父は腕を組み、低く言った。
「悪くはない。だが小細工に逃げるな」
「……え?」
「この世界で生き残るのは、結局“力”だ。技も知恵も必要だが、最後に物を言うのは剣を振り抜く腕力と、それを支える体だ」
父は砂を蹴り上げ、俺の前に立った。
「アレン、明日からは毎朝、素振り百回だ。食後は腕立てと腹筋。剣は考える前に振れるようにならんと使い物にならん」
「ひゃ、百回……?」
「当然だ。グラナートの騎士学校に入れば、その十倍は課される。今から鍛えておけ」
脳筋そのものの言葉だ。
だけど、その声には重みがあった。
戦場を生き延びてきた人間だけが持つ、確かな現実。
俺は痛む腕をさすりながら、砂だらけの顔を上げる。
「……わかったよ、父上」
「よし。それでいい」
父の口元がわずかに綻ぶ。
それは笑顔とは言えないけれど、俺にとっては十分だった。
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その夜。
布団に潜り込み、俺は天井を見上げた。
(父上は……本当に強い。あの攻撃力と防御力の数値差、子供の体ではどうしようもない)
拳を握りしめる。
(でも、だからこそ道が見えた。体を鍛え、力を蓄えること。それに加えて、俺には“創造ポイント”と“鑑定”がある。魔法と肉体強化を極めれば……きっと、最強になれるはずだ)
思考の熱を抱いたまま、まぶたがゆっくりと重くなっていった。
(必ず、この世界で最強になる……)
眠気に飲まれながら、俺はそう固く心に誓った。




