12.指名依頼
ある昼下がりの王都冒険者ギルド。
依頼掲示板の前は人の流れが一段落し、窓口も少し静けさを取り戻していた。
「……ねぇ、昨日の記録、見た?」
受付嬢のひとりが声を潜める。
「ゴブリンの巣をひとりで殲滅した子がいるんだって。しかも、まだ六歳の学生よ」
「六歳で!? それに、ほら、この納品明細。上位種の素材も混ざってるし……なにより、全部が状態いいのよ。血抜きまで済んでるなんて聞いたことない」
隣の職員が信じられないという顔で囁き返す。
「普通の収納袋じゃあり得ないだろうな」
年配の事務員が帳簿をめくりながら口を挟む。
「おそらくは固有の収納魔法……それも相当なものだ」
その時、別の職員が足早に休憩室へ入ってきた。
「ギルド長がお越しです!」
一斉にざわめきが走り、皆が立ち上がる。
重厚な扉が開き、背の高い壮年の男――王都支部を統べるギルド長が姿を現した。
「……アレン・バルトシュタインの件か」
鋭い視線で一同を見渡すと、机上の報告書を手に取る。
「六歳の子供が群れを殲滅し、上位種を含む素材を完璧な鮮度で持ち帰る……ふむ」
低く呟き、眉をひそめる。
そこへ、一歩前に出たのはマリーナだった。受付窓口を任される若き女性職員だ。
「ギルド長、あの子は……とても素直で、礼儀正しい子です。危なげもなく依頼をこなしていました。ただ……あまりに突出しているので、目をつけられるのではと心配で」
ギルド長はマリーナを一瞥し、わずかに表情を和らげた。
「……お前がそう言うなら、実際にそうなのだろう。だが、あの力はやがて大人たちの欲に晒される。商人も、貴族も、黙ってはいまい」
「……はい」
マリーナは唇を噛みしめる。
脳裏に浮かぶのは、小さな体で一生懸命に敬語を使い、自分に「ありがとうございました」と頭を下げた少年の姿だった。
ギルド長は報告書を閉じ、窓の外へ視線を向ける。
「見守るしかあるまい。……だが覚えておけ、あの少年はただの学生冒険者では終わらん。いずれ、王都にその名が響き渡ることになる」
その言葉に、職員たちは重々しく頷いた。
マリーナは胸に手を当て、静かに祈るように思った。
――どうか、あの子が潰されることなく、自分の力を伸ばせますように。
⸻
そしてまた別の日の王都冒険者ギルド・応接室。
重厚な扉が開き、堂々たる体格の男が入ってきた。
王都最大の商会「金獅子商会」を束ねる正会頭、バルド・エストラーダである。
「ギルド長、頼みがあって来た」
深い声が響き渡り、椅子に座ると同時に豊かな髭を撫でる。
「王宮より直々の注文だ。《アイスホーンラビット》の肉を晩餐会に出すことになった。だが……ご存じのとおり鮮度が命。角を折った瞬間から劣化が始まり、数時間で食用にはならん」
ギルド長が眉をひそめる。
「なるほど……確かに保存が最大の問題だ。冷却魔法を使っても半日が限界。これまでは王都近郊で討伐したものを即座に調理するしかなかった」
そこへ控えていたベテラン職員が、おずおずと口を開いた。
「……でしたら、例の少年はいかがでしょうか」
「少年?」とバルドが怪訝そうに眉を上げる。
職員は頷いた。
「先日、ゴブリン討伐の報酬納品に来た六歳の新米冒険者がいました。収納魔法を使ったのですが……あれは普通ではありません。取り出した素材は刃こぼれ一つなく、切りたての肉のように鮮度を保っていました」
ギルド長も腕を組んでうなずいた。
「アレン・バルトシュタイン……確か、そう名乗っていたな」
マリーナが驚いたように顔を上げる。
「……アレン君ですか?」
ギルド長は彼女に目を向けた。
「そうだ。君も受付で何度か対応しているはずだ。あの子の収納なら、この難題を解決できるかもしれん」
マリーナは一瞬言葉に詰まり、唇を噛んだ。
「……ですが、まだ六歳の子供です。貴族や王宮が絡む依頼に巻き込むのは、あまりにも重すぎるのでは……」
バルドは豪快に笑い声をあげた。
「はっはっは! 年齢など関係あるものか。結果さえ出せば誰も文句は言わん!」
ギルド長は机を軽く叩き、まとめに入った。
「強制はせん。あくまで本人の意思次第だ。ただ、指名依頼を出すことにしよう」。
⸻
「アレン・バルトシュタイン君だな」
重厚な扉を開けると、そこにはギルド長とマリーナ、そして豪奢な服に身を包んだ壮年の男が待っていた。
ギルド長の隣に座るその人物は、圧のある眼光を放ちながら俺を見据えてくる。
「はい、俺がアレンです」
思わず背筋を伸ばして答える。
ギルド長が紹介した。
「こちらは王都最大の商会《金獅子商会》の会頭、バルド・エストラーダ殿だ。今回の依頼主だ」
「ほう……本当に子供ではないか」
バルドが低く笑う。
「だが噂は聞いたぞ。収納魔法で素材を鮮度そのままに納めたとか。この依頼、受けてくれるか?」
俺は渡された依頼票をじっくり読んでうなずいた。
「……ぜひ、やらせてください」
マリーナが心配そうに一歩前に出る。
「アレン君、本当に大丈夫ですか? 今回の対象は《アイスホーンラビット》。普通のラビットより俊敏で、氷魔法まで使います。討伐はそう簡単では……」
「やってみます」
俺は短く答えた。
父との訓練で身につけた剣の基礎、そして魔法。これまで積み重ねてきたものを試すときだ。
⸻
次の休みの日、王都近郊の雪原へ向かった。
雪が舞い、すごく寒い……
(この辺りにいるはずだな……)
剣を抜き、周囲を警戒する。
その瞬間、白銀の影が飛び出した。額には透明な氷の角――《アイスホーンラビット》だ。
白銀の影が飛び出す。額に氷の角を生やした《アイスホーンラビット》が、鋭い冷気をまとって突進してきた。
「キュゥッ!」
冷気が一気に広がり、雪片が舞い上がる。
俺は剣を構えつつも、心の中でつぶやいた。
(ファイアボールじゃ肉が焼けちまう……。なら――創るしかない!)
胸の奥で熱い感覚がはじける。
電撃のイメージを俺の頭の中から引きずり出す。
【創造ポイントを5消費して雷魔法〈サンダーボルト〉を創造しました】
(これを使ってみよう!)
パチパチと空気が裂け、雷光がほとばしった。
一筋の稲妻が兎の群れを貫き、氷角を粉砕する。
「ギュウゥッ!?」
悲鳴をあげた《アイスホーンラビット》たちは一瞬で痙攣し、雪に倒れ伏した。
焦げ目はほとんどなく、肉の鮮度も保たれている。
(よし……思ったとおり! これなら状態のいい素材が残せる!)
俺はすぐに駆け寄り、剣で止めを刺すと収納魔法を発動した。
「収納!」
光が広がり、討伐した兎たちが次々と魔法空間へ吸い込まれていく。
⸻
そして戻ってきた、王都冒険者ギルド 応接室。
「収納――解除」
テーブルに並んだのは、氷角が透き通り、肉がまだ生温かいほど新鮮な《アイスホーンラビット》の死体。
商会長バルドは思わず声を上げた。
「……これは……まるで狩った直後のようだ!」
マリーナも横で頷く。
「鮮度をここまで保って納品された例は、私の記憶にはありません……」
バルドは感嘆しつつ俺を見た。
「アレン・バルトシュタイン殿、見事な成果だ。おかげで王宮の依頼にも胸を張って応えられる」
ギルド長も満足げに腕を組む。
「六歳にしては上出来どころじゃねえ。……いや、こりゃ本当に末恐ろしいな」
【創造ポイント:+3】
俺は少し気恥ずかしくなって、椅子の上で背筋を正した。
「……えっと、よかったです。次もがんばります」