飛んで火に入る夏の虫
「ハフ、ハフ、ハフ、美味え、奥さん美味えよ、これで肉が入ってたらもっと良かったんだけどな」
俺は久しぶりに食ったカレーライスを頬張りながら、キッチンの片隅に縛りあげ猿轡を噛ませて転がしてる、中年の夫婦の片方に声をかけた。
「しかしアンタらも間抜けだよな、こんなご時世に、此処らへん一帯に匂いを撒き散らすカレーを作ってるなんてよ。
まぁその匂いに気がついて押し込んだ俺が言うのもなんだけど、もう少し気をつけた方が良いぜ」
去年の7月5日に大災害が起きるってデマが蔓延した。
まぁその大災害は杞憂に終わったんだけど。
それで大災害が起こるって事を心配してた奴も信じてなかった奴もホッとした翌日、南大西洋に未発見だった巨大な隕石が落下したらしい。
らしいってのは、地球の正反対の場所に落ちた巨大な隕石による未曾有の被害は、日本も無関係では無かったからだ。
日本全土を凄まじい衝撃波が吹き抜けた直後、100メートル以上はある大津波が日本の沿岸部を襲う。
沿岸部を襲った大津波は、そのまま平野部の全ての物を洗い流しながら内陸の山々の裾野まで到達した。
その後はスマホやパソコンを含めてテレビもラジオも役に立たず、デマが飛び交い皆が皆疑心暗鬼になる。
結果、食料の大半を輸入に頼っていた日本は直ぐに弱肉強食の世界に移行。
俺はクレー射撃や狩猟を趣味にしてたんで、3丁の散弾銃と大量の散弾を持っていたお陰で今まで生きて来れた。
まぁ、食料などを備蓄してた奴らを襲っての事だけどな。
そうやって放浪してたら、此の家からカレーの匂いが漂い出てるのに気がついてお邪魔してるって訳。
大鍋いっぱいに作られていたカレーの大半を平らげ、キッチンの隣の部屋に大量に備蓄されていた缶詰やレトルト食品でリュックサックを満たして、お暇する事にした。
俺以外の奴が匂いに導かれて押し入って来る可能性があるからな。
俺を睨みつけて「ウー、ウー」唸ってる2人に、「サイナラ」って声をかけて外に出た。
油断してた訳じゃない、訳じゃないんだけど、家の外に出た途端、頭に衝撃を受ける。
殴った奴の方へ散弾銃の銃口を向けようとしたら、反対側からも殴られ倒れた。
後は袋叩きにされる。
所持していた散弾銃は全て取り上げられ縛られた。
俺を袋叩きにした奴らの1人が家の中に足を踏み入れながら中の2人に声を掛ける。
「大丈夫ですか? スマンね、助けに来るのが遅れて」
『クソ! コイツら家族で潜んでいたんじゃ無くて、複数人のグループだったのか……』
家の中の奴らが解放されたらしく話し声が聞こえて来た。
「2〜3発殴られましたけど大丈夫です。
それより、せっかく作ったカレーなのに、大半をアイツに食われてしまったのが悔しい」
「材料はまだあるんだ、また作れば良いさ。
ソーラーパネルとIHコンロがあるのはお宅だけだから調理を頼んでいるけど、今度から見張りと護衛を増やしますよ。
それより、飛んで火に入る夏の虫でお肉が向こうから飛び込んで来たから、今度は肉入りの本格的なカレーが作れますな」
「えぇ、あれだけのお肉なら皆が腹いっぱい食べられますよ」
「「「ハハハハハハハ」」」
『…………』