ep.1 その日はツキが悪かった
鬱蒼として、陽が所々射す雑木林の中を、少女はどんどん進んでいく。
白いワンピースは泥汚れがべっとりとついており、後ろで二つにくくった黒髪はすっかりボサボサ、黄色のサンダルはワンピースと同じく泥がこびり付いて、そこそこ大きいチョコ菓子の入っている箱はぐしゃぐしゃになっていた。
湿った土に、湿った空気、草木の青臭い匂いは、この雑木林がまだ雨に濡れて間もないことを知らせている。
「ままったらひどい!分からずや!」
少女は怒声をあげながら歩く速度を上げる。
少女、もとい天野朔子が何故こんなにも機嫌を損ねているのかというと、一時間前の出来事が原因だった。
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『朔子ー、手に持ってるお菓子何?』
『ママちがうよ、さくこのじゃないもん』
『おばあちゃんといっしょにおかしたべようとおもって……』
朔子の手が、高級そうなパッケージのチョコ菓子の箱を握っている。
朔子が今いるのは母親の実家だった。朔子の言い分は何らおかしくないが─
母親は少し思案してから、チョコに手を伸ばす。
『嘘でしょ、今目ェ泳いでたよ』
『昨日も言い訳してオヤツ食べて昼御飯食べれなくなってたじゃんか、ほら渡しなさい』
朔子は顔を顰め、母親の脇を素早くすり抜けて行った。
母親は目を丸くする。
『ちょっと待ってってば!』
母親が朔子を追いかけるが、曲がり角を曲がった途端に姿が見えなくなった。
曲がり角にあるキッチンを覗くと、実母が煮物を煮ている傍らチョコを食べていた。
『朔子ちゃんなら勝手口から出てったよ?』
母親は肩を落とした。
『本当にチョコ渡したかっただけなんだ……』
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自身の善意を疑われた事に対して朔子はカッとなり家出をした。これが全ての経緯だった。
「ままのいじわる、あくま、おに」
じわっと出てきた涙を拭いながらひたすら歩いていると、遠くの草むらから白い棒が突き出しているのが見えた。
「何あれ!木のぼうかなっ」
すぐさま駆け寄ると、朔子はがっくり肩を落とした。
「木のぼうじゃないじゃん」
白くほっそりとした棒は筋張っていて、先端に黒く短く、斜めに切った筒のような物が付いている。
朔子がそろそろと手を伸ばすと、棒が草むらに引っ込む。それと同時に棒が突き出していた草むらも、ガサガサ!と揺れ、朔子は目を丸くした。
「なんかうごいてる?!」
好奇心が疼き、たまらず朔子は草むらに身体を入突っ込ませる。
背の高い草を分け入って進んでいくと、小さい空間がぽつんとあった。スポットライトのように陽が地面を照らし、周囲の草むらは一層暗く見える。
朔子は「わぁっ!」と悲鳴を上げた。
白い馬が空間の中央に横たわっていたのだ。
陽で照らされシルクのように艷めく馬体、そして額の黄金に輝く一本角と地面に散らばるライラック色のたてがみ、身体の周囲を囲う、オーロラのような、絹布のような金色の光がただの馬では無いと視界と本能に伝えてくる。
腹には木の枝が突き刺さり地面に大きい血溜まりを作っていた。
朔子は思わず唾を飲んだ。
幼い身にもこれが異常事態だとわかる。
ゆっくりと歩み寄って、馬に恐る恐る手を伸ばしたその時───、
「触るな……」
刃物のように鋭い声が朔子の手を止めた。
「えっ、今のこえは?」
朔子が声の主を探すが、近くには馬しかいない。
「あなたがしゃべったの?」
馬の澄んだ青い目が朔子を捉える。
「触るな、帰れ」
大の男でも怯む冷たい声。だが朔子は気遣わしげに馬を見る。
「でも、ケガしてるよ……?おいしゃさんよぶ?だいじょうぶ?」
「無用、だ。時期に……治る……」
馬は変わらず突っぱねるが、その声は弱々しい。
朔子は腹に刺さっている木の枝と未だ広がり続ける血溜まりを見て、ある提案をした。
「えだどうするの?すごく血でてるよ?」
「抜きたいが、抜けん……、いいから帰れ……」
馬は目を細め苦しそうに声を絞り出す。
出血多量で意識が朦朧としているのか、身体はぴくりとも動かなかった。
「しんじゃうよ……?!」
見かねた朔子が慌てて両手で木の枝を掴み、思いっきり引っこ抜いた。
「ぐぬぅ〜〜〜、フンッ!」
「ッ〜〜〜!グゥウウ!」
どっと脂汗が馬の体から吹き出し、四肢を暴れさせ、白くほっそりした足はたちまち泥だらけになる。
「わあああ、ごめんなさい!そんなにいたかった!?」
「ぬいた方がいいのかなと思ってぬいちゃったけどダメだったかな?!ごめん!」
朔子は半ばパニックになりながら、血のついた木の枝を力いっぱい茂みの中に投げ捨てる。
ようやく落ち着いた馬が、口を開く。
「はァ…、はァッ……すまない、こんなことさせて……」
「さっきかえれっていったのに!」
朔子がその豹変っぷりに驚く。
「君が害を与える人間かどうか分からなかったものでね……警戒してたんだ、すまん」
「全く……条約を破って月に近づいてきたロケットを除去しようとして地球に落ちるとは思わなかったね」
言っていることの意味が分からず、朔子は首を傾げる。
「……?」
「いやはや……月に到達せずに爆発するとは、読めなかったなぁ、ツキが悪かった……はははっ!」
馬は脂汗を垂らしながらヤケクソ気味に笑った。
朔子はますます首を傾げる。
「いや、こちらの話だよ、うん」
「なんかわかんないけど……チョコたべる?」
朔子が手のひらに、チョコを数粒乗せて馬の口元に持っていく。
「さっきはごめんね……いたかったよね……」
「いや、構わないさ。入ってるのはフルーツソースか?美味いな」
「ママが言うには、ちょっといいやつなんだって」
遠くから、朔子を呼ぶ母親の声が聞こえてくる。
馬はすっくと立ち上がる。
もうさっぱり、あの痛ましい傷は消えていた。
「あれ、いつの間になおってる、えー!」
「私の魔法だよ、そういえば恩人の名前を聞いてなかったね」
「あまのさくこ!10さいだよ」
馬が僅かに微笑む。
どんどん母親の声が近くなってゆく。
「私はそろそろ行かなきゃ。さくこ、最後に一つだけ聞いていいかな」
「どうして私を助けてくれたんだい、そのまま見捨てて置くこともできたはずだ」
「ケガしてたらそりゃたすけるよー!それに……キラキラ〜ってきんいろにひかってるのがね、キレイだっだから……ひとめぼれ?みたいな」
照れくさそうに答える朔子に馬は目を丸くする。
「そうなのか……君は魔力の動きが魔法を使わないでも見えるのか、人間としては、珍しい……」
馬が目を輝かせながら呟く。
馬が朔子の頬に擦り寄る。
「君の気持ちはよく分かったよ、さくこ」
「もし……もし5年後もその気持ちが変わらなかったら我が国、ムーンバレーに来ないか?」
朔子は怪訝な顔をする。
「え!ホントに?!いいの?!」
「君だったら是非とも歓迎するよ」
朔子が目を輝かせながら頷く。
「何か楽しそう!うん、遊びに行く!」
「そうかい、是非とも来て欲しいな。楽しいところだから」
そう言うと、馬は地面を後ろ足で蹴って、宙に浮く。背中にはうっすら青い天使のような羽が見える。
「わ、すごーい!羽生えた!」
「さくこ!私に会った事、誰にも言わないでおくれよ!」
そう言い残し、馬は空へ駆けて行った。
「わぁ……」
「朔子!ここにいたのね!探してたのよ!」
後ろから母親が思いっきり抱きついてきて、朔子は驚きの声をあげた。
「わぁ!まま!なんでここがわかったの?」
「近所の池田さんがね、あなたが雑木林に入ってくとこ見てたのよ。ごめんなさいね、朔子を疑ったりなんかして」
「あなたの好きなチョコいっぱい買ってきたの!今日はいっぱい食べちゃいましょうか!」
そう言うやいなや、朔子が母親に抱きつく。
「ほんとうにいいのーっ!?よっ、ままのさんだんばら!」
「それを言うなら太っ腹でしょ!もー!」
朔子と母親はお互い笑いながら、夕日の照らすあぜ道を手を繋ぎながら歩いていった。
こんな長い小説初めて書いた




