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コメディシリーズ

発送マニア


 注意※発送物規定は、2010年1月21日までのものです。





挿絵(By みてみん)




 床居正ゆかいただしは発送マニアだった。


 ここに一冊の大学ノートがあったとしよう。そして恋人のオリザに梱包して送るとしよう。

 彼は考えるわけだ……。



 ……



 大学ノートは一冊。フリーマーケットで5円で購入した計量器によると、130g。

 プチプチで包むと150gをオーバーし、重さで送料が変わってしまう『定形外郵便』では、「150gまで200円」から「250gまで240円」へと、料金が高くなってしまう、何てことだ……!


 俺は、歩道橋から見下ろせる国道を眺め、ため息をついていた。

 ショルダーのバッグを肩から提げて、何回も使用し少し傷んだ茶封筒に入ったノートを抱いて、考えごとをやめなかった。

 苦悩は続いている。どの発送方法で送ろうか……。


 俺はまた、ふう、とため息をひとつ漏らして肩を張っていた。

 そもそも定形外郵便――普通郵便で送ろうとするのが間違いだったんだ、と思い直す。

 送ろうとしているノートは、俺が学校で授業中に、黒板に書かれたことを写し溜めたもの。代替品は、ない。

 万が一荷物が行方不明になっても、破れたり水に濡れたりしても、損害賠償は一切出ない。

 もし万が一なんてあったら終わりだ、ノートは元には返って来ない。待っているオリザも悲しむだろう、俺はそんな顔を見たくはない。させるものか! そこの思いは強かった。


 なら、書留を付けたらどうか。速達もついでに付けておいたら。いやしかし。

 簡易書留は送料とは別にプラス300円、速達も同じくしてプラス270円(250gまで)。荷物の送料240円にプラス300円とプラス270円で即ち合計――810円だとう!?


 高い、高すぎる。

 チロルなチョコが何個買えると思っているんだ、おかしいだろう?

 俺はこのおかしさを証明したくて通行人にアンケートをとってみたいと思った。しないけれど。


 それなら一般小包(ゆうパック)で送った方がまだ安くて済むのではないのか、ええと、思い出せ……縦、横、高さの合計が60cm以内で納まりそうだから60サイズで、発送先までの距離で送料が変わるときたから、オリザのいる所までだと、ええと……。


 何!

 同県内でも600円もするのか! 局やコンビニなどに持ち込んで割引がきいても500円。500円、だと……!?


 俺の脳裏に『500円』、そして次に『エクスパック500』が思い浮かんだ。


 エクスパック500――EXPACK500(定形小包)は、全国一律500円、運賃分の補償があり、配達記録が付き追跡が出来て何と速達扱いだ。

 2~5日は到着までに日数がかかる普通郵便に対し、このエクスパック500は早ければ明日、遅くともその翌日には着くだろう。翌日お届けが可能なゆうパック同様、何てスピーディなんだ。だが500円。500円……。


 金額を気にしていると、またまた俺の脳裏に別の案が浮上する。


 そう、あまり知られてないが団体企業向けの、エクスパックの子分とも呼んでいた『ポスパケット』、送料全国一律400円の存在だった。

 ポスパケット(簡易小包)は1kgまでしか扱えないが、ノート一冊くらいには充分だった。厚さ3.5cmまでだが全然パスできる。何も広辞苑を送るわけではないのだからな、さてどうだろうか。


 専用A4厚紙封筒を先に購入しておかなければならないエクスパック500に比べて、ポスパケットは梱包を自分で行わなければならないし、宛名シールをもらって来たい所でもある。用意が必要だ、でも?


 俺はチラリと左手の安物腕時計を見た。夕方4時だ、郵便局は何時まで開いているんだ? 辿り着いた頃には窓口がもう閉まっているかもしれない、そうしたら明日に出直しか、それでは困る。


 俺はこのノートを親愛なるオリザに今すぐにでも届けたいのだ!


 俺のこぶしが唸る。


 すると、歩道橋から離れて歩いていた俺の意気揚々とした姿の横を、一台の荷台トラックが通過して行った。

『シロイヌトマト』の宅配便の積荷トラックだった。全国にその名を轟かせている。

 俺はハッと、目が覚めたように思い出していた。


「そうだ。トマトメール便があったじゃないか!」


 俺は鼻息荒くして叫んでしまった。

 トマトメール便。A4サイズ厚さ1cmまでなら送料80円、大きくなり厚くなるほど高くなり、上限はB4サイズ厚さ2cmまでだ。補償は付かないが配達記録は付く。郵便よりは記録が付くだけまだマシに思える。このノートなら80円で、余裕でOKだ。


 しかも確かコンビニでも取り扱っていたはずだ、24時間、いつでも好きな時に持って行ける。

「いや待て、でも……」

 一抹の不安がよぎる。記録は付くが、絶対に届くとは限らないのだ。郵便と同じで、家に不在の場合は持ち帰らず受取箱に投函だ。もし盗まれでもしたらどうする、オリザの所へは届かない、オリザを悲しませてしまう……ああ、オリザ。


 ここはやはり……少々の値は張ってでも、記録補償付き基本翌日お届けで日時指定可の『一般小包(ゆうパック)』か、日時指定は出来ないが速達で記録が付くエクスパック500の方なのか、もう少しケチってワンランク下の『ポスパケット』で挑むのか。


 それともトチ狂って投げやりに普通郵便。プラス簡易書留プラス速達。何なら一般書留にして配達証明まで付けておこうか、一体どれだけ高くなるんだ、もはや調べたくもない。


(一体どれを選べば……俺はどうすれば……ああオリザ……)


 俺は天を仰いだ。

 ノートを持つ手が震える、泣くな、堪えろ、泣いて涙なんか落としてしまってノートに付着して、それを見て感づいたオリザが俺を笑うかもしれない。そんなのは恥ずかしい、あってはならないことなのだ。

(オリザ……)

 オリザの、美しい容姿が目に浮かんでいる。アフロディーテー、春の女神よ、例えるならばだ。


 しかし残酷にも、俺はまた別の発送手段、『ゆうメール』というものを思い出してしまった。

 重量制だが、普通郵便の小包発送よりも少し安く済むだろう。ただし、封をした一部を切り取るなどして中身が何であるかを見せなければならず、このノートが一体何であるかが局員にバレてしまう。俺のノートが明るみに。


 何てことだ……選択肢がまだあったなんて。

 どれだけ俺を苦しめる。


 俺は金網に掴まってノートを抱きかかえながら、その場に座り込んだ。答えを見失った俺には、何処へも行く所がない。帰れない。

 頭痛がする、心の臓が締め付けられるようだ、苦しい、もう何もかも考えたくはない……。


 俺が絶望的に塞ぎ込んでいると、それを払拭する陽気な声が突如した。

「何してんの床居くん」


 俺の背後に誰かが忍び寄って来ていたようで、ちっとも気がついていなかった。「君は……」振り返ると、セーラー服を着た同じクラスの小池英美が傘をさしてこっちを見ていた。

「そんな所でうずくまっててさ。何か、カラオケのVとかで出てきそうな色物男優みたいだったよ」

 小池英美は意見を述べて俺に傘をさし出していた。


「サンキュ……」


 俺は微かに笑いながら、手元のノートをオリザに送らなければいけないんだ、ということを話した。すると小池英美はあっさりと言う。


「ああ、なんだ。それならついでに渡しといてあげるよ。ちょうどこれからオリザのとこにお見舞いに行くんだし」


 そして俺からノートの入った茶封筒を受け取った。解決。

 俺は、「はあ、そうですか」と傘を返して、これから走って帰りますと合わせてお礼を言った。


「風邪ひかないでねえ~。じゃあね~」


 小池英美はウインクして去って行った。雨は小雨が暫くパラついている。


「あ」


 俺は重要なことに気がついた。オリザの住所を知らない。



 小池英美が居てよかったァァァアと、ホッと胸を撫で下ろして俺はスキップして帰って行った。

 うん。



《END》




 ご読了ありがとうございました。

 あとがきはブログです。発送物規定は、2010年1月21日現在のものです。

 2010年4月からエクスパックの販売は無くなり、新たに『レターパック350(500)』が統合という形でサービス開始されました。ポスパケットも350円と値下がり。今後また、変更などあると思います。ご注意を。

 郵便HPなどで、ご確認下さい。では。



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