目覚め
ぼんやりと見慣れない天井が見えた。
ええっと。
何だか長い夢を見てた気がする。
いいえ……夢ではないわね。
夢ならどれだけ良かったかしら。
今見た夢は現実にあった事だ。
あまり思い出さないようにしてたと言うのに。
動こうとして頭がズキリと痛んだ。
痛む頭に手をやると包帯が巻かれているのがわかった。
まだ頭が働かない。
お水が飲みたいわ。
ゆっくり起きあがろうとする。
すると「ローズ様!良かったお目覚めになったのですね!」
侍女が寄ってきた。
喋ろうとして上手く声が出なかった。
喉がカラカラな事に気付く。
「お水を飲まれますか。」
起き上がるのを手伝ってくれ水を渡してくれた。
「この包帯は……」
やっと侍女に向かって声を出した時だった。
ノックの音がして扉が開くと公爵夫妻とエリック様が入ってきた。
皆硬い表情をしている。
「目が覚めたのだね。良かった……。」
良かったと言いながらも公爵様は浮かない顔をしている。
そして侍女に目をやる。
「先ほど起きるのをお手伝いし、お水をお飲みになられました。そして頭の包帯に気付かれたようで包帯の事を聞かれました。その時にご主人様が入ってこられました。」
侍女が報告するとコクリと一つ頷くとこちらに来てベッドサイドに座った。
「ローズ。君は私の執務室で装飾品の壺にぶつかって転倒し、頭を打ったんだ。そしてその時頭を切ってしまった。深い傷ではなかったが……。」
「私達の事はわかるわね?!」
たまらなくなったように公爵様の言葉を遮って後ろから夫人が言った。
「ええ……もちろんです。アゼリア夫人。」
返事をした途端アゼリア夫人は後方にいたエリック様の腕を掴みグイッと自分の前に出した。
「これはエリックよ!わかるわよね!」
夫人は今にも泣き出しそうだ。
随分取り乱しているように見える。
いつも悠然と構えている夫人らしくない。
そして口から出る言葉は名前の確認。
全く意図が読めない。
「アゼリア夫人……一体……」
どうされたのでしょうか。
そう続けようとした途端、アゼリア夫人は絶望したような顔をしたかと思うと、わっと顔を両手で覆い泣き出した。
思わず面食らった。
アゼリア夫人の肩をを公爵様が優しく抱いた。
しかしそんな公爵様も涙目だ。
ゴクリと唾を飲む音がした。
見るとエリック様が無表情でベッドの方に歩いてきた。
ハッとする。
そうだった。
最後の記憶はエリック様の激昂した顔だったわ。
表情のないままエリック様は私のそばまで来た。
思わず緊張して体がこわばる。
そんな私を見て一瞬泣きそうな顔をした。
しかしそれも一瞬。瞬きすれば見逃していただろう。
「大丈夫だ。そんなに怖がらなくていい。」
エリック様は優しく笑うとベッドサイドに静かに座る。
私はまだ夢でも見ているのかしら……
怒っていると思えば優しく微笑まれたわ……
「ローズ落ち着いて聞いてほしい。」
ジッと私の目を見つめエリック様が言う。
エリック様の緊張が伝わってくる。
思わず私も唾を飲んだ。
「ローズ。信じられないかもしれないが、俺はエリックなんだ。」
「……え?」
思わず声が出た。
こんな大真面目に何を言い出したのか。
あの……
言おうとして口を開く。
「いや、そうだよな。信じられないよな。でも本当なんだ。」
声が出る前に遮られた。
「そしてローズ……驚かないでくれ……。」
私の目を逸らす事なく見つめるエリック様の顔はこわばっている。
「君は……君は……実は…23歳なんだ。」
やっぱり夢なのよ。
エリック様はエリック様で、私は23歳。
至極当然の事言われたはずなのに、変な前置きがあるせいでとんでもなく奇天烈な事を言われたように感じる不思議。
きっと私はぽかんと間抜けな顔をしている事だろう。
その間抜け顔をエリック様は真剣な顔で見つめている。
公爵夫妻に目を移す。
もしかしてエリック様の後ろで2人して笑っているのではないかと思ったのだ。
しかし笑うどころかアゼリア夫人の泣き声は大きくなり、公爵様がしっかり抱き締めていた。
この夢ちゃんと覚めるのかしら……
「すまない!混乱させる気はなかったんだ。すまない……」
エリック様はそう言うと私の手をぎゅっと握った。
ええ?
目を丸くしてエリック様を見る。
「あ……そうだったな……。怖いよな……すまない…」
言葉に詰まったように言うとエリック様はそっと私の手を離した。
驚いただけです。エリック様に手を握られた事は初めてなので。
そう言いたいけれどすっかり雰囲気に飲まれてしまい、言い出せない。
エリック様はグッ唇を引き結ぶと
「ローズ。食べられそうなら食事を用意しよう。父上、母上。ローズは目覚めたばかりだ。医者を呼んで様子を見よう。」
テキパキと指示を出した。
「ローズ。」
エリック様は最後にこちらを向き直ると、
「後でまた来るよ。」
そう言って柔らかく微笑んだ。
この夢はやく覚めないかしら。
嫌いな私に微笑ませるなんて、夢とはいえ申し訳ない気持ちになっていた。