拗れていく
見るとエリック様のご学友だった。
「そんな事言うなよ、お前。不敬だぞ。きっとローズ様ご自身のあだ名を耳にされたんだよ。だからエリック様と一緒に居て恥をかかせたくない一心なんだよきっと。いじらしいじゃないか。」
クククと笑いながらもう1人の学友が言う。
手足がじわじわと冷えていくのを感じる。
「確かに!婚約者のために恥ずかしくとも学園の御令嬢のような格好するなんて、令嬢の鏡です!健気だなあ。なあ?エリック。」
エリック様に話を振る。
聞きたくない。
今すぐ奥に引っ込みたいが足が氷のように固まって動かない。
エリック様は面白そうに鼻を鳴らした。
「やめてやれよ。俺は似合うと思ってるんだから。」
エリック様が言うと皆ドッと湧いたように笑った。
さすが!
これぞ理想の婚約者!
と口々に言いながら。
その瞬間弾けたように前に出ていた。
三人はハッとしたようにこちらを見た。
「お見苦しいものをお見せして申し訳ございません。」
そう言ってカーテシーをしてまた奥に引っ込んだ。
よかった。みっともなく走り去るなんて事にならなくて。
ずっと側で泣きそうな顔をしていた店員のお嬢さんが追いかけてくる。
奥の部屋にまた入り
「着替えを手伝ってくれるかしら?」
と彼女に頼む。
「本当……本当なんです!本当に何度もエリック様はお店に通ってくださって……!ローズ様に似合う服を皆で相談しながら吟味して……!同級生みたいに街を歩いてみたいからって……!」
とうとうポロポロと泣き出した。
彼女の言っていることは本当だろう。
そこに悪意がある事を気付かなかったのは私もそうだ。
笑顔で誘われて嬉しかった。
「いいのよ。泣かないで。私は気にしていないわ。ありがとう。」
こんな風に泣けたらよかったのだろうか。
でも私は泣けなかった。
年増ゆえだろう。
着替えて出ていくと馬車を残してエリック様はもういなかった。
先程の友人と帰ったのだろう。
とうとう店主まで出てきて謝罪された。
騒がせたのはこちらの方だと言うのに。
そんなに今の私は惨めだったろうか。
こちらも謝罪をし、馬車に乗り込む。
ぼんやり流れる景色を見ながら噂を思いだす。
あの噂には一つ間違いがある。
エリック様との婚約は王命ではない。
しかし王家肝入りの婚約だ。
簡単に解消はできない。
その時ようやく自分のエゴで彼と婚約した事を恥じた。
その後学園内だけの噂だったはずが社交界でも噂されるようになったのは、とある夜会がきっかけだった。
私が22歳エリック様が17歳の時にグリーンバート侯爵家とは違う派閥のパーティーの招待状が届いた。
この国ではこのところ王家や4大公爵家以外が催すパーティーでは派閥が違うと招待状すら届かなくなっていた。
昔は招待状くらいは届いていたそうだが、ただ派閥が違うと断るのが常となっていた。
しかしラムスター公爵家とグリーンバート侯爵家が婚約して5年。
ようやく公爵家の派閥の侯爵家から招待状が届いたのだ。
これはいい傾向だったのだけれども……
「もちろんエリック様にも招待状は届いてるのよね……」
今までは派閥が違えば誘われるお茶会も違っていた。
エリック様は噂の伯爵令嬢と参加していることも知っていた。
噂の伯爵令嬢はエリック様と同じ派閥だ。
そうして私は今回エリック様の婚約者として招待されている。
当然今回はエリック様は私をエスコートする事になるだろう。
あの仕立て屋の一件の次のお茶会ではエリック様も私も何事もなかったかのようにいつも通りのお茶会が行われた。
ただ私の方が居た堪れなかった。
子供じみた悪戯だとは思うが、そこまで嫌われているのだと自覚したのだ。
エスコートしていただけるのかしら……
次のお茶会が近かった。
そこで直接聞いてみる事にした。
「今度行われるオラータン侯爵家の夜会なのですが……。」
「ん?ああ…そうだな。ドレスでも送っておくよ。」
横を向いたまま言われた。
少しホッとする。
よかった。
噂の伯爵令嬢と参加できない事にそこまで憤りはないようだった。
と、そう思ったのは勘違いだったか。
当日、エリック様が私を迎えに来ることはなかった。